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プロローグ 『予定外の転生』

「イザナ……今日は遅くなるからね」

それが、俺が聞いた母親の最後の言葉だった。


振り返ってみれば、俺の人生は最初からどん底だった。

親に見捨てられ、頼れる場所もなく、十二のガキが一人で生きていけるはずもない。

それでも俺は、寒さに震えながら路地裏に寝転がり、空腹を誤魔化しながら生活していた。


……十二歳でホームレス? 笑えるだろ?


 


それから、数ヶ月が過ぎた。


「あぁ!? てめえ、なに見てんだコラァ!」

今日もまた、路地裏で喧嘩を売られる。


「テメェ、根性入れ直してやるわッ!!」

売られた喧嘩は、もちろん買う。

この世界じゃ、路上で舐められたら終わりだ。


俺の親父は元ヤン、母親は元スケバン。

そんな血を引いて生まれりゃ、そりゃグレる。

実際、小学生になる頃には、学校を仕切ってたガキをボコボコにしていた。


そしてホームレスになっても、そのまんまグレた。

グレて、グレて、グレ倒した。


……だが。


俺の人生は、ここから全て狂っちまう。




隣町の暴走族を、一人でシメて裏路地を抜けた帰り道のことだ。


突然、俺は拉致された。


ナイフ持ちなんざ相手にならねぇ。いつもの俺ならそうだった。

だがあの日は、疲労困憊で足もフラついてた。……抵抗すらできなかった。


そこから先は一瞬だ。

海外で人身売買にかけられるが、素行が悪いって理由で、「エクリプス」とかいう暗殺組織に放り込まれた。


地獄だった。


毎日死ぬほど訓練。

時には中東の戦場にまで駆り出された。

「暗殺組織なんて漫画の世界だろ」って昔はそう思ってた。

けど実際は、政府要人だろうが、裏で邪魔な奴だろうが、需要は腐るほどあるらしい。


俺の同期は五十人。

七年が経ち、生き残ったのは……俺と、野村リカっていう若い姉ちゃん、たった二人だけ。


そうか。俺も、もう十九歳なのか。

 



今、俺たちは久々に東京へ来ている。もちろん任務の都合だ。


隣を歩くリカが、街灯の下でふと横を向く。

栗色の髪をひとつに束ね、黒いスーツに身を包んでいるというのに、その顔立ちはまるで女優のように整っている。

もし殺しの世界なんかに関わっていなければ、普通に彼氏のひとりやふたりいてもおかしくないだろう。

 

「地元は久しぶりですね。アジア人は戦闘力が低いって差別されて、大変でしたよね、先輩」


「……ああ。同期もほとんど死んで、第509期で残ってるのは俺とお前だけだ」


「あはは……。唐突ですけど、先輩ってもし魔法が使えたら、どんな魔法が欲しいですか?」


突拍子もない質問に、思わず眉をひそめる。現実離れしすぎていて、返事に困ったが。


「……なんだ急に。まぁ、使えるなら……回復魔法だな。任務続きで体がガタついてるから、肩こりでも治して、常に任務に行ける状態にしておきたい」


「へぇー……なんか意外ですね。私はお皿洗いの魔法が欲しいです。一般人になったら結婚して、主婦になって、普通の暮らしがしたいので」


普通の暮らしか……俺たちには縁がないと思っていたが、やっぱり憧れはあるし、もうすぐ二十歳だ。そろそろ自分の人生は自分で決めてもいいだろう。

人は腐るほど殺してきた。その分の報酬で、一生遊んで暮らせるだけの金はある。……その金が綺麗か汚いかは、まあ言うまでもないな。


「おい、リカ」


「なんですか、先輩」


「……俺さ。今日の任務でこの組織を辞めることにした。殺しの仕事はこれで最後にして、本気でハワイかどっかの島で、パンピーとして暮らしたい」


「パンピー?」


「一般人って意味だよ」


「へぇ……。じゃあ私も今日で辞めます! パンピーになって、ハワイに家を買って……先輩と二人きりで、美味しいもの食べて、本を読んで、のんびり過ごしたいです!」


冗談めかしてるのはわかってる。けど一瞬だけ、そんな日常を思い描いてしまった自分にドキリとする。


「おいおい、俺と二人きりってどういう意味だよ……。それに俺もお前も辞めたら、対特殊テロ暗殺部隊はエドガーさん一人だけになっちまうぞ」


「あはは! だったらエドガーさんもパンピーになればいいじゃないですか」


「おまえなぁ……」


呆れ顔でリカを見ていると、目的地が視界に入ってきた。

ビルが立ち並ぶビジネス街は、夜の闇に包まれ、無数の灯りが宝石のように瞬いている。

その中心にそびえる超高層ビル、通称・東京新宿エリーゼ。政府と国営企業が合同で使う会議ビルだ。今夜、ターゲットが極秘会談に臨む予定になっている。


「じゃあ、行ってくる」


俺が振り返ると、リカが車の鍵についた丸いキーリングを指先でくるくる回しこくりと頷いた。

そのまま東京新宿エリーゼから二百メートルほど離れた、高層ビルへと向かい、裏口から侵入する。

エレベーターは当然使えない……足がつく。だから非常階段を使い、屋上まで最速で駆け上がった。


『イザナ、聞こえるか? 目標、二十階の会議室に入った。十五分後に席に着く』


インカム越しに届くのは、対特殊テロ暗殺部隊の隊長・エドガーの低い声だ。


俺は今、ビルの屋上に伏せている。

黒いコートのフードを深く被り、夜風と一体になるように動かない。周囲は月明かりを反射するガラスの壁に囲まれている。


ターゲットが現れるまで、まだ時間がある。念のため、ターゲットの再確認でもしておくか。


俺は胸元のポケットから、折り畳まれた紙切れを取り出した。


裏霧次郎(うらぎり じろう)……52歳、内務保安局・対外工作部。元陸軍憲兵隊。治安機関……20年以上、海外の工作網を牛耳ってきた司令塔……」


指先がトリガーに触れる。わずかに重みを感じた。


「総理大臣の暗殺計画を直接指揮している。こいつが生きている限り、計画は止まらない――か……」


紙を二つ折りに戻し、そっとポケットにしまう。手に残るのは、長距離用のカスタムスナイパーライフルだ。バイポッドが屋上の縁に沈み込み、銃身は静かに二十階の会議室へと伸びている。


「周囲の状況、確認」


低く呟き、肺の奥まで冷たい夜気を吸い込んだ。視界の端で、都会の明かりが淡く揺れている。


『……対象が動き出した。予定より早い、イザナ、準備はどうだ?』


「全く問題ない」


返答と同時に、頬をスコープに押し付け、指先の力をほんのわずかに抜き、標的の到着を待つ。


『……イザナ、標的が会議室に入った』


「了解」


照準の先、ガラス越しに揺れる人影。

その奥で、暗殺対象が椅子に腰を下ろす瞬間、視界を横切った。

指先が、ほんのわずかに引き金を絞る。


一点集中。狙った時には、すでに当てている。


銃口に閃光が咲き、衝撃が肩に響く。

弾丸は夜気を裂き、会議室のガラスを貫通。わずかな穴を残して、そのまま標的の額を撃ち抜いた。


『……ヒット確認。脱出に移れ』


エドガーの声はいつもの通り、感情を欠いた平板な調子だ。

俺はボルトを引き、吐き出された薬きょうを手のひらで受け止める。そのままポケットへ放り込み、バイポッドを畳んで銃を分解。いつも通りの慣れた手順だ。


夜風がフードを揺らす。俺は足音を殺し、屋上の出口へ向かった。

非常階段を二段飛ばしで降りる。途中の踊り場で銃を専用ケースに収め、階下の非常口を抜けた瞬間、冷えた夜気と街のざわめきが一気に押し寄せてくる。


路地の先に黒塗りのSUV。艶消しの塗装に低い車高、市販車に偽装してはいるが、中身は部隊仕様に俺が改造した。

運転席にはリカ。無造作に束ねた栗色の髪が、フロントライトの光に縁取られている。


俺はドアに手をかけ、後部座席へ滑り込んだ。


「終わったぞ。……いつも悪いな、車を頼む」


コートとジャケットをまとめて脱ぎかけた瞬間、運転席のリカが前のめりに崩れ落ちているのが目に入った。


「おい……リカ!?」


慌てて助手席に身を乗り出す。

腹部が大きく裂け、シャツの下で黒ずんだ血が広がっている。

その顔をこちらに向ける……だが、半開きの瞳は瞬きをせず、瞳孔は開き切っていた。


……もう、そこに彼女がいないのは明白だった。


「……くそ、やられたのか……!」


そのとき、鼻を刺す匂いがした。

リカのコートの胸ポケットから、かすかに漂う火薬の臭い。


嫌な予感が背筋を這い上がる。


――これは……罠だ。

今から車を出ても、間に合わない……!!


「チッ……くそったれがァァァッ!!!」

 

耳が焼けるような音と共に、衝撃波が全身を叩きつける。

車体は爆ぜて四散。鉄の破片が夜空を舞い、炎に包まれた俺の身体は無様に路面を転がる。


熱と煙の中、頬を伝う感覚に気づく。

指先を触れると、生ぬるい液体がだらだらと滴り落ちていた。

自分の血か、それともリカの血か、それすら判別つかない。


視界が反転し、アスファルトの冷たさが頬に押しつけられる。

世界はぐにゃりと歪み、肺は空気を拒むように縮こまる。


『イザナ!? 大丈夫か! イザナ! イザナァァァッ!!』


インカム越しのエドガーの怒声。

だがその声も、耳鳴りの渦に溶けていく。


視界の端から色が剥がれ落ち、世界がモノクロに変わった。

指先の感覚は消え、握っていたはずの拳から力が抜けていく。

胸の奥で鼓動が、一つ……二つ……間隔を置いて響く。

やがて、それすら遠のいていった。


――ああ、落ちていく。……リカ……すまない。お前だけは、幸せになってほしかった……。


全身から力が抜け、俺の意識は、闇に引きずり込まれるように、静かに消えていった。



 


「は? ここは……どこだよ」


気がつけば、俺は闇の中にいた。

周囲には星のような光が散りばめられ、地面も空も区別のない不思議な空間。

だが直感でわかった。これは、死後の世界ってやつだ。


「あっ……神楽(かぐら)イザナさん、ですよね?」


唐突に背後から声がした。振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。

年齢は二十代前半くらい。

淡い水色の髪に澄んだ青い瞳、耳の端は長く伸び、頭には天使の輪。

現実離れしたその姿が、この場所が死後の世界であることを再度認識させられる。


「ああ、そうだが」


俺がそう答えると、その天使はにこっと微笑んだ……が、すぐに悲しい顔に変わった。


「えっと……イザナさん、あなたは……お亡くなりになりました……」


彼女は途中まで理由を言いかけて、言葉を飲み込んだ。

無惨な死に様を思い出させるのは酷だと、判断したのだろう。


「いいよ、わかってる。俺は……爆死したんだろ?」


天使はこくりとうなずき、悲しげだった表情をほんの少しだけ和らげると、静かに口を開いた。


「その……説明が下手で申し訳ないんですが……イザナさんには、その……もう一度、別の世界で生きるチャンスがあるんです……」


「は、はぁ?」


なんだか頼りなさそうな天使だな。


「とりあえず、異世界転生ってやつか?」


「……はい……」


なるほど。つまり異世界でもう一度だけ生きられるってことか。

それなら、生前夢見てたハワイでスローライフ……。

……てか、異世界にハワイなんてないよな?


ただ、それでも疑問は残る。


「ちょっと質問させてくれ。異世界転生といえばチートスキルで無双だろ? 俺にもチートスキルって貰えるのか?」


「え、ええ……神界の決まりでして。転生者には一つだけ、強大なスキルや伝説級の装備、莫大な資産、その他の願い……そのどれか一つの願いを叶えることができます」


天使の左手がかすかに光り、ブォン、と音を立てて一冊の本が現れた。

見たこともない文字が刻まれた表紙、おそらく魔導書のようだ。


「……ただなぁ。俺はパンピーとして生きたいんだよ」


「パンピー、ですか? 特に何かを成し遂げなければならない決まりはありません。スキルを持ちながら家庭を作り、普通に幸せに暮らしている方も少なくありませんよ」


ドラクエとかゲーム世界なら勇者が魔王を倒すのが定番だが……俺の場合、別にそんな目的はないってわけか。


「では、転生先の種族や見た目について、ご希望はございますか?」


おお! キャラメイクってやつか。

だが、十九年付き合ってきたこの体だ。別の種族になって体調が合わないとか、エルフになったのはいいが空も飛べず馬鹿にされて追放とか……ありそうで怖い。


「い……いや、俺はこの体のままでいいよ」


「承知しました。では転生先の世界についてご説明します。魔法や能力、魔物が存在する以外は地球とほとんど変わりません。生物や科学の知識も、そのまま通用します」


「魔法……か。俺も使えるのか?」


「はい。使用可能です。……イザナ様の魔法適性は……おや? 生命魔法のようですね。これは珍しい」


「生命魔法……要は回復魔法みたいなもんか?」


「その認識で問題ありません。魔法の属性は炎・水・風・土・雷・光・闇、そしてその他に分類されます。大半の魔法使いは、この七属性のいずれかを生まれながらに宿しています」


雷の方がカッコいいんだよな……。俺もいつか雷とか操れるようになったりしないのか?

そんなことを考えていると、天使が僅かに笑った。


「はい。初級魔法ならどの属性も使用可能です。ただし転生先の世界では、ほとんどの人が魔法の素養に乏しく、二属性以上を使える者はごく稀です」


は? 俺の心の声を読まれてるのか……まあいいか。

ふーむ、生命魔法にチート能力か。どうせなら鑑定スキルとか聖剣とか……殺しに役立つスキルも欲しい――いやいや、いけない!

俺はスローライフがしたいんだ。殺しなんて、もう前の世界で終わりにしたはずだ……!


そんな俺の葛藤をよそに、天使は魔導書をペラペラめくり、さらさらと何かを書き込んでいる。


「お、おい……まさか今、俺の心の声を聞いて、もうチートスキルを付与したんじゃないだろうな!?」


「す、すみません! 鑑定スキルをご所望だと早合点してしまって……つい『観察眼』を付与してしまいましたぁ……イザナさんの転生は……本当は予定に無かったんです! でも、急に決まってしまって……し、しかももう時間もなくて……! あぁ、またやってしまいましたぁ……!」


天使がバタバタと慌てふためく。

……俺はどうやら予定外で転生することになって、しかもチートスキルまでこのドジっ子天使に勝手に付与されたってわけか。


「で、観察眼って……チートスキルなのか?」


「い、いえっ! 一般的な能力です! 宝石商や骨董商なんかが持っているスキルで……ただ、その……今回は最高ランクで付与しましたので! 異世界でスローライフするには全然問題ないかと!」


「……はぁ」

思わずため息が漏れる。


「ま、まぁいい。とりあえず俺は生命魔法と観察眼で、好きに生きればいいんだな?」


天使はコクリコクリと小刻みに頷いた。


……うん、悪くない。一般人にしてはちょっと物知りなおじさんポジで、のんびりスローライフを送ればいいか。

 

「で、では……転生魔法をかけますね。ゆっくり、目を閉じてください……」


俺は言われるままに目を閉じた。最後に見た天使の顔は、目を丸くして慌てていて……正直、少し不安になる。


「……あ、その前に! 魔法って、どうやったら使えるんだ?」


「えっ、ええっと……! ま、魔法は……あの、その……引き寄せの法則みたいなものです! 火の仕組みも風の仕組みも、前の世界と同じですから……イメージして、“できる”と思い込むこと! そうすれば習得が早いはずです!」


要は炎魔法なら酸化反応を、風魔法なら空気の圧縮の仕組みをイメージできればいいってことか。


「おうっ、わかった! ありがとな! じゃあ――天使の仕事も頑張れよ」


俺はにかっと笑った。

その瞬間、光が全身を包み込み、意識は闇に溶けていった。

 

その場には天使だけが残された。

「元アサシンが……生命魔法使い、ですか。何とも皮肉なものですね……」


彼女は小さくため息をつき、手元の魔導書をペラペラとめくる。

その途中、黒く塗りつぶされた一枚のページに気づいて、顔を青ざめさせた。

「あ、あれ? ば、バッドステータス……? わ、私ったら……デバフを解除するの、忘れてましたぁ! どどど、どうしましょう! こ、これから消すのは神界の掟に反しますぅ!」


慌てふためきながら裏面を確認した瞬間、彼女の動きは凍りつく。

「……っ。こ、これは……。なるほど……これほどの呪縛は、私には触れることすら許されない……」


かすれた声で読み上げる。

「神々に愛された彼の祝福の名は……」




――不滅の呪い。

殺し屋だった生命魔法使いが、スローライフ(?)を楽しみながら歩む冒険譚です。

どうぞ、よろしくお願いします。

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