7 興味
石畳の上をクロエのブーツが歩く音が響く、手を放してしばらく先を進むと後ろから控えめな革靴の足音が続いた。
こうして歩きながら話すことは、先ほどよりも花を近くで愛でることが出来て気分が上がる。
華やかな秋薔薇の香りが鼻腔をくすぐってとても心地がいい。
それから適当に問いかけた。
「……あなたって、マスカール公爵家のパーティーやこのあたりの貴族が交流するときには割と顔を出していましたね」
「ま、まあ、それなりにと言いますか、いや、言うか? だけど?」
「そういう場であなたはとても大人しかったですよね、それはアリエルたちに接していた態度とも私に対する態度とも違いますね……不思議だわ」
敬語のことを指摘したせいで自分の言葉遣いに疑問を持ち始めて、言葉遣いまで右往左往してる彼に、クロエは問いかけた。
これはファンという発言の次に気になっていたことだった。
するとしばらくして返事が返ってくる。
「身近な人に対する態度と、そ、尊敬している人に対する態度と、その他大勢に対するものは、違うってこと、だと思い、んだが」
ぎこちない言葉づかいで、少し指摘したことがかわいそうになってくるけれど、下手にかしこまられてもどうにも反応しづらく思うので話を続ける。
「そうですね。言われてみればその通りかもしれません。私も自分にはそういう面があると思いますから」
「だろ?」
すんなりと同意すると、後ろから聞こえる声は少し気軽な口調になって喜んでいることが感じ取れる。
しかしくるりと振り返ると、彼はまるで蛇に睨まれたカエルのように固まって、その場に立ち尽くした。
数歩歩いてから前に向き直ると駆け足の音が聞こえる。
「ところで、それならあの時にもいたのでしょう? ベルナールがアリエルの刺繍を自慢していた時」
「はいっ」
「あの時の私の発言はどう思ったのかしら」
何気なくそう問いかけたが、ふと無意識に自分がディオンをトリスタンと比べようとしていたことに気がついて、立ち止まった。
トリスタンのことはまったく自分の中ではなんの気にもしていない、魔獣の討伐なんかとまったく変わらないような日常のつもりでいたけれど、そんなことはなかったのかもしれない。
……自分なりに印象深かったのかしら?
しかしそうして後から思い返してみると、彼を振った時は爽快だった。
あのことに対する自分の感想はそれだけでいいはずだと、彼に対する問いかけは撤回しようと考えたが、ディオンはすぐに答えた。
「切れ味が鋭くて、眩暈がしそうなぐらいでした、んだ」
彼の言葉遣いは、方言を治そうとしている人みたいになっていて、思わずくすりと笑う。
……それになんですか。発言の感想を求めているのに切れ味って……まぁ確かに皮肉としてはよく利いていたけれど。
そしてやっとクロエはアリエルたちの言葉に同意できると思った。
彼のこの様子は比較のしようもないし、彼もクロエを比較しているようなそぶりがまったくない。
たったこれだけの会話では彼の十分の一だって理解はできていないと思う。でも、わかった部分をクロエはやっぱり好ましく思えた。
「あ、いや。申し訳ない、過激な言葉を使ってしまった、意味不明なことを俺は、ただ俺は、やっぱり憧れるっていう気持ちがあったということを伝えたいと思ったんです」
先ほどの言葉の中にあこがれる気持ちがあってそれを伝えたかったと言われても、それについてクロエはあまりピンと来ていない。
「だ、だから、やっぱりあんたを俺は応援してるしこれからも、生きていてほしいと思っていて、こんなおもいファン心を持っている人間のことはとりあえず忘れる方向で━━━━っ」
生きていてほしいなんて、病気でもないのに言う彼の言葉は無駄に壮大でなんだかわからない方向に向かいつつも会話のしめに入ろうとしているらしい。
そんなディオンに、クロエは振り返って彼の方に向かって歩く。
途端に黙って、庭園の花よろしく色鮮やかになるディオンに言った。
「婚約、考えてみたいと思うわ。ディオン」
「え」
「あなたという人に興味があるのよ。私。なんでも人間やってみるべきだと思いませんか?」
「はいっ」
問いかけると彼は反射的に返事をした。目線を伏せていてやっぱり目は合わない。濡れて束になったまつげが彼の瞳を隠しているところだけしか見えない。
でもなんというか、好き……とも言うような劇的なものではないし、恋に落ちるということをクロエはそもそもこんな短い時間ではありえないと思っている。
……だからなんというか、気に入ったという言葉がしっくり来るわね。
「あ、……つい、え? 婚約? 俺と? クロエ様が?」
「クロエでかまいませんわ。話を通してみましょうか」
混乱する彼は、信じられないというような顔をしていて、秋の風が強く吹いて、クロエの髪をさらって靡く。
日も傾いてきたころだ、あまり長く話をしていてもアリエルたちに悪いだろうしそれに……。
手を伸ばしてその手に触れた。
変わらず冷たい手は強張っていて、あまり体を冷やしてもよくないだろうと考えて、すぐに彼が納得してくれそうな言葉を言った。
「それに、アリエルが言った通り、もうすぐ王都に帰るのに社交の場に出ると男性ばかりが話しかけてきて、いろいろな方と話が出来なくて困っていますの。一時でも手を貸してくださらない?」
「それはもちろん、クロエっ…………の、た、助けになれるなら」
「ありがとう、じゃあ話は決まりましたね」
そんなふうに話を纏めて少しずる賢い行為だったかと思うが、また会うのが楽しみに思える相手がいることが、柄にもなく嬉しかった。




