6 混乱 短編を読んだ方はこちらからどうぞ。
早速とばかりに、ディオンとクロエのお見合いの席はガゼボに設けられ、秋の花々が彩る庭園にさすがはマスカール公爵家だなとついつい感心してしまう。
もちろんクロエの実家のカントリーハウスの庭園だって負けていないが、他人の家の方が目新しい物が多くて見ていて飽きないのは事実だろう。
「……」
「……」
しかし目の前には話をするべき相手がいて、クロエは花々を少し見まわしてから彼に視線を向けた。
目は合わないし、椅子に座った切りピクリともしなくなった様子が不可解で、紅茶を飲んで観察する。
手を伸ばしたらどうなるだろうという疑問が浮かんだが、唐突にスキンシップを図るというのは少々突飛な行動過ぎるだろうと思って、しばらくそうしていた。
しかしあまりに彼が何のアクションも起こさないので、なにか声をかけてみようかと話題を考えた時、突然堰を切ったみたいに口を開いた。
「っ、ご、ごめんなさい。無理だ。やっぱりむりだ、顔を突き合せて話なんかできるわけもないっ!」
彼は、視線を伏せて頬を紅潮させて必死になって訴える。
まるで熱病に侵されているかのように尋常ではない様子だ。
「無礼なことは重々承知しているが、さすがに、心の準備ができて無さすぎる、お、俺が何年前から、クロエ様のことを応援していると思ってるんだあの二人っ!」
「……何年前からですか?」
「十年前からでっ」
「一途なタイプなのね」
「滅相もありませんっ……ああもう、ああ、本当にもう。っ、どうしろってんだ。退屈させるのなんてわかり切ってることだろ~っ」
どうしようもなく緊張して、気持ちの整理がつかない状況でもクロエの疑問には答えるらしく、ディオンは十年前からクロエのファンらしい。
そもそもファンとは、例えばすばらしい作家を熱心に応援する人であったり、将又舞台女優のどこの公演にも参加して最前列で彼女を思う人のような人種であるだろう。
世に作品を出している人間ならばその作品を見てこの人の作品を見てもっと見たいからと活躍を願うファンというのはつきものだ。
しかし、クロエは少しばかり有名ではあるがなにか活動をしているわけではないただの騎士だ。
それのファンとはそれなりに酔狂な人物で、更に十年も前からとなると大分一途だ。
変わり者ではあるのだろう。この混乱ようはアリエルとベルナールのせいだとしても、ほんの少し接しただけでこんなふうな印象を受けた人など初めてだった。
「ほんっとうに申し訳ありません。急に登場した変な男に時間を使わせて、俺は、いやその、嬉しいです、だから、でもクロエ様にとって無駄が、せめてもてなすぐらいは自分でしたかったと思うが、嬉しいですが、思い出を胸にお暇する方向で」
混乱が最高潮に達すると彼はなにが言いたいのかわからないようなことを言い始めて、よくわからない笑みを浮かべ始める。
風呂上がりでのぼせ上っているように真っ赤で水を飲ませないと倒れてしまいそうですらある。
「急に良く知りもしない男のこんな気持ちの悪い告白受けてくれて、助かります。もう二度と顔を見せないよう配慮するし、奇妙な夢とでも思ってくれ。というかともかく俺はここで」
片手をあげて、軽く挨拶して帰宅する人みたいにそんな仕草をしたが、ディオンの指先は小刻みに震えていて、椅子を引こうとして地面に引っかかりガタンと大きな音をたてて机が揺れた。
「……」
その様子にクロエも共に席を立つ。
それからディオンに手を差し伸べた。
このまま放っておいたらひっくり返って怪我をしそうだ。
……それにまだまだ全然あなたのことを知れてませんもの。
「っ、恐れ多いです」
と言いつつ拒絶するつもりはないようで、ディオンはクロエの手を取った。その手は酷く冷たくて、彼の緊張が伝わってくる。
「……」
「さ、最近冷え込むから助かります」
「対して今は寒くもありませんよ」
「そ、そのとおりだな」
「っ、はは。ねぇ、ディオン、敬語は必要ありません。せっかくですから話しやすい言葉で話しましょう? それに顔を合わせると緊張してしまうというのなら……」
そう言って彼の手を引く。
「少し歩きましょう、お互いを見なければいいじゃない。私のことはほかの誰かとでも思って?」
「っ、は、おう」
ディオンが納得したのでクロエは、視線を給仕してくれていたマスカール公爵家の使用人の方へと向ける。
「いいかしら?」
「はい、もちろんでございますよ」
庭園を散策する許可を得たところでガゼボから出て歩き出した。