49 兄弟
自宅に帰るとエントランスにはジルベールがおり、その後ろにはエクトルの姿がある。
クロエを送りに来たディオンの顔を見て、ニコッと笑みを浮かべるその様子はとても可愛らしい。
「ただいま戻りました。ジル、エクトルも」
「おかえりなさい、姉さま」
「はい、クロエ様」
彼らは各々返事をして、ディオンにも視線を向ける。
「ディオンさんもご苦労様でした」
「お兄さまじゃあね」
相変わらずつんとした態度のジルベールと、その後ろでニコニコしているエクトルは対照的であり、一見するとあわない二人のように見えるが、あれでいてあの二人は割と仲がいい。
エクトルはクローディットの件が落ち着いたもののこのままというのは彼の精神衛生上よくない上に、彼自身が家から出たがっていたのもあり、セシュリエ公爵家に事務官見習いとしてやってくることになった。
婚約も結んでいるし結婚すれば親戚筋になるということで、リクール辺境伯たちも渋ることはなかった。
むしろ爵位継承者ではない男の子は、こうして外で経験を積ませて貴族の屋敷で勤めることはまったく珍しくなくむしろ普通のことなので、この状況に落ち着いたことは必然ともいえるだろう。
そしてその選択は、彼らにとって良い選択だったのだろうと思えるぐらいエクトルはのびのびとしている。
まだまだ仕事では慣れない部分も多い様子だが、ジルベールが案外よく面倒を見ているのでクロエとしては安心だった。
「僕、ずいぶん久しぶりにお兄さまの顔を見た気がするよ」
「なんですか。兄の顔を見たらお家に帰りたくなったんですか? ホームシックなんて子供ですね」
「ジルベール様はお姉さまの顔を毎日見てますもんね、寂しくなくていいですね」
「っ、俺は別に姉さまが今日もきちんとしてる確認してるだけですけど?」
「ふふっ、やだな怒んないでよ。ほら、行きましょ。まだ途中だったんだし」
「……いいですよ。コテンパンにしますから」
「えー? ちょっとぐらい容赦してよね」
エクトルはジルベールの手を取って部屋に戻ろうと導く。
どうやらゲームの最中だったようで、彼らは話を切り替えて、二人そろって子供らしく駆け足で戻っていく。
軽口をたたいて親しげな様子はなんとも愛らしくて、可愛い友情だなとクロエは微笑ましく思ったが、ディオンは難しい顔をしていて「躾のなっていない弟ですまない」と静かに謝った。
きっとエクトルの軽口のことを言っているのだと思う。
「……いいえ。いいんじゃないですかね。……それにあれは、礼儀正しく出来ないからああなっているのではなく、単純に二人ともが気さくに接したいからああなっているだけですよ」
仕事の日にはきちんとエクトルだって敬語を使っているしそうそうジルベールを揶揄ったりはしないのだ。
だから問題ないと言ったのだがディオンはあまり納得がいっていないらしい。
「だからと言って踏み込みすぎるのも……しかし俺がここで過干渉になるのも違うだろうしな」
「……そうですね」
「しかし、あんまりべったりな弟だったものだから、よそへ行っていると気になってしまって……」
「ははっ……難しいことです」
「まったくだ」
エクトルの親みたいな顔をして、すでにいなくなってしまった彼らのことを思うディオンにクロエは思いついたままに彼に返す。
「でも、困っていたらきっと頼ってきますよ。そうしたら助けてあげたらいいと思うわ」
「きちんと頼ってくれるだろうか」
「ええ、きっと。ずっと守っていたのだもの」
「……ああ」
クロエの言葉に彼はすこし逡巡してから返事をして、その不安を飲み込んだ。
今まで側にいた分、離れがたいのは彼も同じで、しかし相手のためを思って手をはなす。
それは必要なことだろうけれど、きっと寂しいことだろうと思うのでクロエは、彼の手を取って「大丈夫ですよ」と笑みを浮かべたのだった。