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45 虚像




 クロエはそれから、準備に取り掛かって、王都から飛び出した。


 とても大変な作業が多く、特に冬の森の中を分け入って魔獣をしらみつぶしにするのはさすがに骨が折れた。けれど見習いの面倒を見てくれたからとセレスタンも伝手を当たって手伝いをよこしてくれた。


 彼には、自分にできないことをやってもらっているお礼として見習いの相手を続けていたのに、また恩を受ける形になってしまい、クロエは少し困った。


 しかしこれからも彼の見習いたちの稽古をつけることを約束して、事なきを得て、大きくて威圧的に見える素晴らしいマントをあつらえた。


 ブーツも新調して、とれたての魔獣の素材を使って様々なものを仕立てた。


 時間もかかったし、とても疲れたがその疲れはどこかすがすがしさを含んでいた。


 クロエは成り上がりの高級志向の貴族か、もしくは討伐隊長ぐらいしかしないような服装をして迎えを待った。


 ディオンは迎えに来てその姿を見た時に「かっこいいです」と言って後ずさって、足を踏み外してひっくり返ったが、彼に見届けてもらわなくては困るのできちんと助け起こして二人で馬車に乗った。


 向かうはリクール辺境伯家であり、最終目的を達成するのはもうすぐそこだった。




 クロエはにっこりとほほ笑んで、クローディットの前に座っていた。


 クロエの隣にはディオンがおり、彼にさえその作戦の全容を教えていないので彼女と同じように不安そうにクロエのことを見つめている。


「あの……あれからしばらく音沙汰がなかったものだから、てっきりあたしクロエ様に見捨てられたものだと思ったのだけれど」


 彼女は頬に手を添えて、恐る恐るうかがうように言った。

 

 たしかにそう思われるような行動だったとは思う。


 突然、王都から飛び出していったのだし、魔獣を狩る以外にもやることが多くてとても途中で今準備中ですのでと顔を出す時間はなかった。


 それに、じらしてから突然やってきた方が、動揺を誘えるだろうと思ったからだった。


 不安な状態にさせておけばそれだけ、彼女の気持ちも膨れ上がるし、優秀な爵位継承権者との結婚に飛びつかないところをみせつけられる。


「……それに、その……驚いてしまったわ。こんな時期に、新調されたのかしら?」


 おずおずと彼女はクロエの様子を窺うようにして問いかける。


 きちんとそれに触れてくれたことを嬉しく思いつつも、首元に手をかけてティペットを少し緩める。


 それは魔獣化したキツネの毛皮で作られた、見るだけでも温かくやわらかなことが伝わってくるような代物で、魔法の光をほんの少し纏っているので魔獣の毛皮だと誰が見ても理解することができる。


 玄関先で出迎えられた時には重たくて巨大な熊の毛皮を使った大きなマントを羽織っていたので、それらのことを纏めて問いかけていることは明白だった。


 しかしクロエは、少し首をかしげてわからないふりをしてから、わざと自分の指に視線を落として納得したような顔をしてクローディットに見せつけた。


「あら、これのことかしら? 目ざといですね。もちろん、そうですよ。装飾用に加工した魔石、属性からくる色の違いが面白いから小指から順につけていますの」

「…………」

「もちろん、自ら仕留めた一級品ですよ。とてもこの時期に普通の貴族では手に入らない物だから驚かせたかしら。優秀な私にぜひとお誘いがきて、パラディール公爵の森で狩りを楽しませてもらったわ」

「……そんな、高貴な遊戯に参加されたのね」

「ええ? まぁ、それほどのことでもありませんわ。なんだか恥ずかしいですね。王城での件があってから、知らないところで噂されることも多くて……」


 クロエは彼女に思い出させるために、オードランが王城に魔獣を放った時のことを口にする。


 その際のクロエの戦闘を見ていた多くの人が、クロエのことを長年の守護騎士よりもずっと剣術も魔法も優れていて、百年に一人の逸材だなんて話が流れたことはクロエにとっては恥ずかしい思い出だった。


 そんなふうに見えるほど出張ってしまって、のちのち守護騎士たちにも謝罪をしたぐらい。


 しかし、間抜けな噂は独り歩きしていき、きっと彼女の元まで届いている。


「ただ……誰がこの国の治安を守っていて、誰に地位を与えるべきなのか多くの人に理解していただけたことは嬉しいですよ」

「そ、そう言ったお話が着ているということかしら」

「ご想像にお任せします」


 クロエは嘘は言わずに、指輪を撫でて視線を向ける。クローディットは悪い想像にとらわれて、黙って自身の手を握って小さく俯いた。


 彼女はきっと、このクロエの品はないがわかりやすい行動にクロエがどういう立場の人間かを察することができたらしい。


 もちろんそんなものは虚像であるし、クロエの本性など見たままだ。ただの奔放な女で自由な騎士である。

 

 ただ、それだけじゃない圧倒的な力と自分で生きる力を持った素晴らしい剣豪。そう彼女に感じてほしくて仕掛けた多大な労力をかけた虚勢だった。


「そ、それでお話というのは……もしかして」

「あら、察してくださると思ったのだけれど」

「っ……」

「わかりませんか?」


 クロエは、クローディットにさらに追い打ちをかけて、くすくす笑う。


 彼女は段々と顔を青くさせて言って、悪い想像を膨らませていく。そして助けを求めるようにディオンのことを見る。


 しかし彼がクロエの邪魔をするはずもない、静かに置物のようになっている彼に見切りをつけて彼女は「わ、わからないわ」とクロエに縋るように言った。


 その言葉を聞いてクロエは仕方ないから言ってやるような顔をして口を開く。


「……私ね、あなたとは違うんですよ」

「あ、あたしと?」

「ええ、まったく、違うんです。」

「どういう━━━━」

「だから、私はこちら側なんですよ。クローディットさん、私は、誰でも選ぶことができる」

「……」

「地位を手に入れて、男性を迎え入れたっていい。言い寄ってくる高位の男性の中から好きな人を選んでもいい」


 クロエは、子供相手に伝えるようにゆっくりと話をしてやる。彼女は目を見開いて、クロエから目を離せずにいた。


「でも、あなたはこう言うかしら? ディオンはその男たちの誰と比べても見劣りしないような努力をさせてきた」


 彼女の言いそうな言葉を口にすると、彼女はコクリとうなずいてその姿はとても素直だった。


「跡取りの地位を絶対に逃さないし、私に選ばれてしかるべき?」

「そ、そうだわ。そう、思われるはず」

「あら、本当ですか、あなた一番重要な部分を見て見ぬふりしていませんか?」


 問いかけるとクローディットは口を閉ざして、目を泳がせる。


 他の多くの人間と比べた時に、ディオンが選ばれない理由をわかってはいるらしいかった。





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