44 わがまま
……物思いに浸りたい気分ということでしょうか。それなら、私も同じような気分ですが。
しかしそうも言っていられない。
解決するべきことはあるし、結論も固まっていないのだとクロエが思い直す前にエルヴィールはキッとこちらに視線を向けてむすっとした顔つきで言った。
「どうもこうもありませんわっ! わたくしが落ち込んでいるのにどうしてそう、もっと優しく接してくれないのかしら、あなたはっ、わた、わっ、わたくしのっ……わたくしのぅ」
突然顔をゆがめて、泣き出しそうになる彼女にクロエはさすがに様子がおかしいと思って、そっと手を伸ばして彼女の手に触れた。
「っ……わたくしの、友人でしょう」
「!」
「友人なのでしょう?」
クロエの手のひらをぎゅっと握って彼女は上目遣いで言った。
「……ずっとわたくしとあなたとは競い合う仲だと思っていたけれど、もう、違うのね。……いいのよ、わかったのよ。考えたわ」
「エルヴィール?」
「あなたと、わたくしは比べることなんてできないのよ。一時は同じ場所で目指していても、あなたはわたくしと同じじゃないもの。違うのだもの」
弱々しい声でそういうものだからクロエは、誰かになにか酷いことでも言われたのかと一瞬考える。
「わたくし、ここまで自分のために勝ち取ってきた。そうしたら手に入るものが何より欲しかったから。皆……少なくともあなたも絶対にそうだと思ってた」
しかし違うらしく彼女は自分の言葉で口にする。
「同じだと思ってた。だからあなたが劣っていくのが許せなかった。でもあなたは劣っていっていたんじゃありませんのよ」
握られた手を握り返して、クロエは彼女の言葉を聞いた。
「大事だって思っていたものが違ったんだわ。比べたって仕方がなかった、比べても答えは出なかった。あなたは勝っても負けてもなかった。……それが分かっただけですわ」
「……どうして、急に?」
彼女の言葉に、クロエは、もちろん同意だった。
やっと分かり合えない根幹を彼女が理解してくれた。
比べたって意味などない。クロエの望むものと彼女の望むものは違う。生き方も、何を嬉しいと思うかも、物事に対する向き合い方も全部違う。
でも、クロエは、エルヴィールのその部分が好きだ。
クロエと違って苛烈なところも、どこまでも上に向かうその熱い気持ちもクロエが持っていないからこそ一緒にいて楽しいと思う。
だから友人だと思っている。それは、常日頃から言ってきたことで今彼女がそれを理解したのが唐突すぎて驚いてしまった。
しかしエルヴィールはきちんと落ち着いて、小さくため息をついていった。
「あの時のあなたの行動を、全部終わってからわたくし考えたのよ。とても違和感があって」
「あの時、ですか?」
「そうですわ。あの時、あなたがホールで魔獣と相対した時」
言われてクロエも思いだす。
しかしクロエは特に変わったことはしていない、友人である彼女を優先して助けただけだ。
「……わたくしだったら確実に、お義父さまやお義母さまに恩を売っていた。わたくしがあなただったら絶対に一番に彼らを助けていた。でもあなたはわたくしを一番に助けた」
「それは……」
「友人だからなのでしょう。クロエ」
「……」
「だからあなたが、今日こうしてやってきてあの時の魔獣討伐の褒賞の話をしても。これを足掛かりにわたくしの隣になんてもう……わたくし言いませんわ。あなたがいなくてもわたくし一人でどこまでだってやって見せるわ」
芯の強い瞳がクロエのことを見ていて、少し寂しいような気がする。
でもきちんとクロエの行動を見て考えて、向き合ってくれた彼女の気持ちが嬉しい。
「あなたが、わたくしを追いかけてくれなくても、なんだってできるものっ!」
しかしジワリと涙がにじむその様子を見て、クロエは苦笑した。
やっぱり執着は強いらしく「そうですね。あなたは強いです」と一つ頷きながら肯定した。
「っ~…………だから、まぁ、友人として助けてくれたクロエにわたくしも、恩返しをしたいもの。なにかあったら、頼って……いいのよっ」
「いいんですか」
「ええ、もちろんっ! クロエ、あの時は助けてくださってありがとうございますわ。……わたくしもあなたの、友人として助けになりたい」
子供みたいにくしゃりと笑った彼女の笑顔に、なんだかクロエも妙に心が動かされたが、同時にアリエルとベルナールの言葉を思いだす。
彼らも同じように手を貸してくれると言っていた。
頼ってほしいと。
そうして彼らの手を借りればクロエはやっと、解決の道筋が見えた気がした。
それはもちろんディオンが言った、クロエの自由をなくすことはしたくないという言葉も無視せずにできることだ。
それにクロエは、やっぱり強大な力を持つ地位なんて欲しくはない。必要だとも思わない。そう思う自分の価値観を自分で否定はしたくない。
それに救われたという人がいてくれるのだから、そして彼にクロエも救われたのだからそうしていたい。
強く、その自分の気持ちを自覚してそれからエルヴィールに「なら、一つわがままを言っていいですか」と問いかけたのだった。