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【連載版】比較的に見て愛するに値しない、ということで。  作者: ぽんぽこ狸


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42/51

41 涙



 ジルベールは姉が振られたことについて重く受け止めていた。


 彼女はジルベールにとって少々厄介な人物ではあるし、面倒くさいし、目の上のたんこぶのような人間だがそれでも悪い人ではないということは確かだ。


 それにせっかく恋話も乗ってやったし、デートの日なんて服も見てあげたのに、まさか家の事情を理由に断ってくるだなんてなんて中途半端な男だと思う。


 しかしかと思えば屋敷に子連れでやってきてその弟と来たら、クロエのお相手であるディオンにべったりで、なんとも言えない気持ちになった。


 そんな彼が庭園を散策しているのが見えて、ジルベールは侍女の隙をうかがって、バルコニーの窓をバーンと開け放つ。


  それから塀を乗り越えて魔法具を使って風を起こして、石畳の上に着地した。外は、それなりに寒かったし、雪が降ってきそうなぐらいだったが、出てくる前に上着を羽織ったので大丈夫だ。


 上の方では侍女たちの騒いでいる声が聞こえるが、じんと足が痛んで流石に姉のようにはいかないかと思いつつも走って、件のエクトルとかいう弟の元に向かった。


 きっと彼なら、両親も姉も詳しく話してくれない事情とやらについて知っているかもしれないと思って、ずかずかと近寄って行って声をかけた。


「おい! リクール辺境伯子息」

「! ……っ」


 彼はジルベールが声をかけると驚いて自分のそばにいた侍女の陰に隠れようと手を伸ばす。


 その仕草にジルベールはなんだかカチンと来て、鋭い視線を向けた。


「まともに挨拶もできないなんて、とんだお子様ですね! もしかして、あなたみたいな人の面倒を見なくてはいけないからディオン殿は姉さまのことを遠ざけたんですかね」

 

 腕を組んで彼に問いかけると、エクトルは顔を真っ赤にして怒ってすぐに侍女の後ろから顔を出して一歩ジルベールの方へとよった。


「な、なんなんだ急にっ、そんな理由なんかじゃないよ。僕だって、クロエ様がお兄さまと結婚してくれたらって思ってるのに、急にやってきて君は事情も知らずにひどいよっ」


 彼はジルベールを非難して、彼の様子にジルベールは悪知恵を働かせて喋らせてしまおうと考えた。


「本当にそうなんですか? 俺にはあなたみたいなお子様が引っ付いているのが厄介事だったのだなとすぐに察しましたけど?」

「なっ違うよ。そ、そもそも僕は悪くないっ、だってあの人がいるからっ」

「あの人?」

「そうだ、あの人が━━━━」


 それから彼は、多分言ってはいけない事情をすべて、一から十まで話をして、ジルベールに訴えた。


 一方ジルベールの方は簡単に首を突っ込んでしまったがこれは絶対に後で両親に叱られると思った。


 ジルベールの元に到着した侍女たちは、粛々とガゼボにジルベールの分のお茶を用意して、きちんと貴族らしく座って話をするべきだと視線を向けてくる。


 その目線に耐えられずにテーブルについて涙を浮かべているエクトルと向き合う。


 本当は事情を聞けたからもう彼は用済みだったのだが、礼を欠いたことをした手前、これ以上悪くない彼のことをないがしろにして姉に迷惑をかける訳にも行かない。


 ジルベールは同世代の貴族たちに接するようにつんとした態度で言った。


「それで、エクトルは今、そうやって兄について回って怖い人から逃げ回っているんですね」


 失礼にならないようにと考えても口から出てくるのは皮肉っぽい言葉だった。


 ほかの貴族たちならば苦笑いをして流すところをエクトルは酷く傷ついたみたいな顔をしてジルベールに言った。


「逃げちゃいけないっていうの? あんな怖い人に僕みたいなのが敵うわけないのに、お父さまとお母さまだって守ってくれないのに!」


 たいした酷い言葉を言ったわけでもないのに、ジルベールを責める言葉に、ジルベールもなんだか腹が立って勢いに任せて返した。


「別に? 逃げたっていいと思いますけど、ただお兄さまにべったり一緒にいて、突然人が来ると侍女の後ろに隠れるなんてなんだか情けないなって思っただけですし?」

「だって、そうでもしないと安心できないんだから仕方だろっ、僕だってそりゃ恥ずかしいって思ってないわけじゃないけど、でも、僕が悪いわけじゃ━━━━」

「それに、それ。俺は、あなたが悪いなんて言ってませんけど?」


 彼の口癖らしい、自分は悪いわけじゃないという言葉をジルベールはすぐに指摘して、姉と同じ黒髪を後ろに払って、腕を組んだ。


「悪くなくたって、やらなきゃいけないことだってありますし、そりゃできないことの方が多いですけど。俺は、俺が悪いわけじゃないからって言って放置するのは、情けないなって思いますよ」

「っ……」

「だからいろんなことに挑戦してできるようになるんじゃないんですか。俺の姉はとても優秀な人ですし、あの人と良く比べられますよ。姉さまに比べて俺はどうかって」


 両親は言わないけれど親類も、友人たちだって比べてくることがある。ジルベールはたいして優秀じゃない。それなのに爵位継承者の地位をあたえてもらった。


 それを姉の優しさをたたえる材料にする人もいるし、姉がそうなればきっととても領地は繁栄して素晴らしい公爵になるだろうという人もいる。


 けれどそれがたとえ姉が悪人でジルベールに対して故意にそう言う話が行くようにしていたとしても、ジルベールは自分のできることを増やそうとすることをやめたりしない。


「でも、悪意のある人が俺のことを貶めたって俺はそれを理由に努力するのはやめませんし、あがきますよ。それが普通でしょう。それを何が僕は悪くないですか」

「っ、っ~」

「僕は悪くないって言い続けたら何かいいことが起こるんですか?」

「っ、……ひっ」

「お兄さまはお優しそうでしたから、甘えても許してくれるんでしょうが、そんなふうに…………って、え」

「ぅ……っ」


 ジルベールは声をひそめて涙を流し始めたエクトルに、表情が抜け落ちてしまうぐらい驚いた。


 こらえながらも泣く彼に、ジルベールはどうしたらいいのかわからない。


「…………」


 涙を拭っている様子を見ているとなんだか、自分はとてもデリカシーのないことをしてしまったのかもしれないと思う。


 だってこんなふうに同性の同じぐらいの年齢の相手が泣いているところなんて見たことがないのだ。


「っ、よく、しりもしないでっ、……っ、僕はこれでも頑張ろうとっ、した!」

「……そ、そうですか」

「っ、それでもうまくいかないし、っお母さままで何もしないでというしっ!」

「……」

 

 涙声で告げる彼の言葉に、ジルベールは気まずくて仕方ない気持ちになったけれど堪えて返す。


「お兄さまにだって迷惑なんてかけたくないだよっ、でも仕方ないって思うしか無いじゃん。僕がいなくなればいいって、君も言うの!?」


 問いかけられてジルベールはその必死さと、あまりに切羽詰まった様子に思わず返した。


「そんなこと言ってないじゃないですか、俺」

「言ってるも同然じゃんっ、僕だってっ……っ~」


 目をつむると大粒の涙が零れ落ちて、ジルベールはハンカチを取り出して彼に渡した。


 同性にこんなことをするのは恥ずかしいと思うけれども、泣かせたのは自分で、どうにも心がもやもやして仕方がない。


「配慮のないことを言ったのは謝ります。……でも俺は、自分の不遇を自分は悪くないからっていって諦めることは好きじゃありません」

「……あ、ありがと」

「……別に! ……どういたしまして」


 涙をぬぐってお礼を言う彼に、ジルベールはやっぱり変な気持ちになってつっけんどんな返答をした後にすぐに優しく返した。

 

 こんなのは自分じゃないというような気持ちもあるのに、彼から目を話すことができない。


 しかしそんなのはきっと罪悪感とあと……きっとその大きな目がくりくりしていて女の子みたいだから優しくしてやりたくなった男心だと何とか決着をつける。


 しかし、涙をぬぐってからはぁっとため息をついてエクトルは言った。


「それにしてもデリカシーないのは確かにその通りだね」


 その言葉にジルベールは今度こそカチンと来て「突然泣き出すのもいかがなものだと思いますが?」と煽って返すと見事に口論になった。



 エクトルは何回か泣き出したが、最終的に涙が治まるとジルベールに言った。


「なんだか、吐き出せてスッキリしたような気がする」


 その言葉にジルベールはあんなに感情をあらわにして言い合いを続けていたのだから当然だろうと思う。


 そして、なにか皮肉を返そうとしてから、でもこれ以上泣かれて困るし? と少し偉そうなことを上から目線で考えてから返す。


「まぁ、暇なときぐらいだったら話を聞いてやってもいいですよ」

「……」

「なんか言ってくださいよ」


 ジルベールの言葉に黙った彼に、またなにかカチンとくるようなことを言ってくるのかと警戒して視線を向けた。


 しかし今度のエクトルは違って潤んだ瞳を細めて「うん」と小さな返事をした。


 その素直さをもう少し早く見せていればこんなに口論は長引かなかっただろうし、もっと早くそうしろと言いたかったけれど口にはせずに、帰宅する彼を見送ったのだった。




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思春期の拗らせた男子の女子みたいな言い合いがウケる。
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