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 彼の思い出話を聞いてクロエは思わず赤面した。


 彼がその幼い日の思い出を大切にしているといっても昔のクロエの言動はどう考えても屁理屈をこねた子供の言動にしか思えない。


 ……それになにより覚えていません。多少、生意気な子供だった自覚はありますが、まさかそんな……。


 彼の状況や抱えている物をまったく理解せずに、彼に対してそんなの意味はないなんて押し付けるのはあまりに幼稚で、なんとも無責任な行為だっただろう。


「……」

「だから俺は、あんたに、これ以上ないぐらいにもう幼い時に助けてもらった。あんたがいたから今の俺があるし、環境に押しつぶされなくて済んだんだ」


 口元に手を当ててなんとか恥じらっていることに気がつかれないようにしていたけれど、ディオンは思いを伝えるために必死にクロエのことを見つめている。


「俺の母はどうしようもない人だ。まるで自分と俺の区別がついていなくて、昔も今も変わらず第一夫人のフロランス母さまよりも自分が優れていると示すために躍起になってる」

「……酷く敵対視しているのね、リクール辺境伯夫人のことを」

「ああ。しかし辺境伯も辺境伯夫人もなだめすかして、落ち着かせることしか頭にない」

「彼らは、私が嫁に入れば落ち着くとそう考えているのよね」

「その通りだ。ただ、それをしてもきっと一時しのぎだ。今までにも彼女を落ち着かせるために第一夫人の子として俺を戸籍に登録したし跡取りにもして満足させてやろうとした」


 流れるように、彼の深い事情に話は進み、クロエは自分の頬を手で押さえて顔の熱をなんとか引かせて話を続ける。


「それでも一向に満足しないし、きっとこれからも変わらない。エクトルはそんな彼女に怯えている……」


 たしかにそれで解決するような簡単な話ではないだろうし、根本的な解決にはなっていない。


 その場しのぎで家族たちは必死に対応しようとしても、第二夫人クローディットは変わらない。


「じゃあ、あんたはどうするかってことも考えたことがある。きっとあんたは……うぬぼれかもしれないが、俺も俺が気にかけているエクトルも救い出す方法を考える、と思うんだ」

「救い出す方法ですか」

「ああ。でもそれって、あんたの自由を拘束することになるんじゃないか。あんたが求めていないものを手に入れさせて、それはクロエの生き方を変えることだ」


 ……生き方、ですか。


 彼の思考は、クロエが想像している迷惑をかけたくないという気持ち以上のものらしい。

 

 たしかに今のクロエが彼らに対して救いの手を差し伸べる場合に必要になる事項は、きっと多大な責任や強い地位なのだろう。


 それらがあれば、確実にクロエはディオンを手に入れることはできる。


 けれども、それと同時に縛られることになる。


 自由に今まで通りの生活することは難しくて、幼い頃に彼が憧れた奔放で人のさじ加減など気にせずに自分の価値観で生きてくことから外れるのではないか。


 そんなことを彼は言っているのだろうと思う。


「それを俺は看過できないし、俺が持つべき負担だ。俺は自分のことはこれでも問題ないと思っているし、今のままでもやっていける。ただエクトルは違って、俺は彼を守りたいと思ってしまって見捨てることはできない」

「そうですね」

「でも時間をかければ、代替わりをして彼にとっては遅すぎるかもしれないが自分の力で母を切り離すことができる。それなのにあんたに頼ることは甘えでしかない」


 自分を落ち着けるように深く呼吸をしながらディオンは話を続けた。


 その理論に破綻はないし、彼の覚悟はとてもよく伝わってきた。


 一人の人間として、彼のする主張を間違っているとも、意固地になっているとも思えない。


「……なるほど、あなたはとても真剣にこのことに向き合って考えていたのですね」

「納得できそうか? あの時は思わず言い逃げして悪かった。ただあれで嫌われることができたとも思っていたんだが」

「ははっ、そんなことでは嫌いになんてなりません。ただ、すべて説明してほしかったとは思いますけどね」

「も、申し訳ありません」

「いいえ……」


 しかし彼の意見は間違っていないし、クロエは納得するべきなのかもしれない。


 彼の思い出話を聞いて、その愛情の根源がクロエが自由に生きていることにあるのならばなおさら。


 見守りつつも身を引くこと、それが彼にとっても、彼が大切におもうクロエにとっても最善のことだ。


「……でも」


 だから否定をすることは、それ以上に踏み込むことで、彼をただ助けたいわけではないクロエのただのエゴだ。


「納得はまだできません」

「…………そう言うか、やっぱり」

「ええ。そう予感していたから逃げたのではありませんか、ディオン」

「そ、そんなうぬぼれたことを考えていたなんて、言いたくないんですがっ」

「少しは、自分を肯定してみては如何かしら。私、あなたのことが好きですよ」

「…………あ、ありえないっ」


 顔を覆ってどうにも堪えられないみたいに、呟く彼に、クロエはやっぱり手放したくはないと思う。


 しかし、そう簡単にうまくやれるとも思えない事態なのは事実だろう。


「ありえますよ。あなたはとても強くて芯のある人です。……ただ、あなたのリクエストに応えた上で、すべてをうまくやるにはまだ情報も足りませんね」

「う、うまくやるって?」

「ですから、あなたの懸念を回避しつつ、彼女を排除する方法ですよ。ディオン、あなたが責任を負うことが正当なことだとしても、私はそれまで待っていたらもう熟女ですからね」

「なっ、そんなことをせずに俺意外と━━━━」

「あなたがいいのよ。私は。あなただって私以外のファンになるべきだと言われても無理でしょう」

「む、無理ですっ」

「会わせてくださいあなたの母に」

「正気か?」

「正気ですよ」


 クロエは笑みを浮かべて返す。まずは相手を知らないことにはどうするべきかという判断は難しいだろう。


 できることなどないかもしれないし、どれかをあきらめる選択肢をとる必要があるかもしれない。


 しかし同時に、彼では見えていなかったものでも別の角度から向き合ってみれば見えてくることがある可能性も無いとは言い切れない。


 諦めるのは全部やりつくした後でいいはずだ。



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