37 戦闘
……なんにしてもこれは、またずいぶんと、わかりやすいタイミングですね。
クロエはそんなふうに思いながらも腰の後ろのナイフを振りかぶって投げつける。
風の魔法で推進力をつけたので速度を増してそれらは魔獣の喉を切り裂き、血をまき散らす。
「ギャインッ!」
情けない鳴き声を上げて倒れる魔獣だったが、倒れた同胞のことなど気にせずに魔獣は咆哮をあげて王族たちに向って言った
王族の守護騎士たちはそこでやっと剣を抜いた。
彼らは対人戦については想定しているが、魔獣への対応はプロとは言えない。
「ベルナール、アリエル、魔力の多い王族がいる以上魔獣は彼らに集中します。しかし、弱そうな女性や怯えて足腰の立たなくなっているような人がいれば狙うぐらいの知能はあります。できるだけ固まって移動し、魔法を使えるものを外にして壁際によってください」
「わ、わかった!」
「皆さま、奥の暖炉の方に!」
クロエが早口で用件を伝えると、彼らも即座に動き出す。
どうやら、放たれた魔獣は風の系統の魔法を使うらしくやけに早く、王族を取り囲む。
剣を抜いた騎士たちと睨み合い、四足歩行の彼らは口からだらだらと唾液を垂らして、その真っ赤な瞳を煌々と光らせて最高のごちそうを目の前にして興奮している状態だった。
そして飢餓状態なのか、かなり視野が狭いようだ。一直線に王族たちの方へと向かった。
彼らの気迫に押されて騎士たちは睨みを利かせて神経を研ぎ澄ます。
しかし必然的に、守護騎士は国王陛下や王妃殿下の方に偏りがちになる。彼らと向き合って話をしていたエルヴィールは分断されていてその周りの守りは薄い。
「エルヴィールッどうにかこちらに!」
「同行者を必ず連れて非難を!」
「行くぞ、走れ! 走れ!」
「っ、まって」
「ひいっ」
「どうしてこんな場所に魔獣なんているんだ!」
混乱した人々の声に状況は目まぐるしく移り変わる。
くまなく視線を移動させるクロエの背後から、魔獣がとびかかり王族とまではいかなくても上級貴族の魔力を持ったクロエも彼らにとって飛び切りのごちそうだ。
しかし振り向きざまに、切れ味のいい短剣で切り裂くと、ゴワゴワの毛並みがぱかりと開き勢いを失って、カーペットの上にドシャリと崩れ落ちた。
……まぁ、しかし一番にやるべきことは……。
考えつつもその魔獣の死骸を蹴りあげて、魔法を使いながらエルヴィールの周りを囲んでいる魔獣の元へと飛ばす。
血液をまき散らしながら仲間に衝突された魔獣は視線を逸らし、エルヴィールの守護騎士はこの好機を逃すまいと剣を振り上げる。
クロエも援護するために、駆け寄って魔獣の使う魔法を同じだけの魔法でさばきながらもすぐさま距離を詰めて、横なぎに振り払えば魔獣は顔面に切り傷を負う。
しかし向かってくるその姿はまさしく獣であり、人ではこうもいかない。
……勇ましいことですね。
そんなふうに思いながらもクロエはやぶれかぶれに襲ってくる魔獣の顎を蹴り上げて、ナイフを飛ばしてケリをつける。
「っ、クロエ!」
エルヴィールの声が聞こえて、今度はクロエが彼女と目を合わせて自慢げに笑みを浮かべる。
クロエに狙いを定めて襲い掛かってくる魔獣たちを巻くよう地面をけって跳躍し、見失っているうちに空中から剣を突きつけ串刺しにする。
硬い肉を切り裂く重たい感触は手に伝わって重たく力を込めて方向をかえると、ごりっとした骨とは違う魔獣の内部の魔石に触れて、奇声をあげて魔獣は絶命する。
……体を動かしてから来て正解でしたね。
急に運動するというのは良くないので、事前の準備をしてきた自分をほめてやりたいぐらい体はすんなりと動く。
魔獣の散らす血液が薔薇の花びらみたいで風に乗って美しい。
深い森の中ではこうもいかないことが多いので、珍しい体験にクロエも少し気分が高揚する。
しかし、魔獣たちはクロエに敵わないと思うと狙いをすぐに変えて国王陛下たちの方へと集中し、エルヴィールはすぐにクロエの方へと駆け寄った。
「っ、あ、あなた凄いわね」
「そんなことはいいですから、決着をつけた方がいいと思うんです。エルヴィール。きっとまだ近くにいるはずでしょう? 彼の直属の部下か、彼につながる人間が」
「! ……そうだわ。そうよね。ここまでのことをしたのですもの、責任を取らせなくちゃわたくし気が済みませんわっ!」
促せばすぐに彼女はこの事態を巻き起こしたであろう彼への怒りをあらわにして、怯える様子もなくずんずんと進んでいく。
すぐにそんなふうに切り替えられる彼女だって十分にすごい。
もしクロエが力を持たない人間だったとしたら、そんなことができていたとは思えないし、うまくいって欲しいと願う。
それからクロエは剣を振って血を落とし、大きく息を吸って、国王陛下たちの元へと向かう。守護騎士も彼らなりに健闘し、王族に一切の傷をつけることなく魔獣たちの数は減っていた。
賢く逃げ出そうとする魔獣には、ナイフで対応して、とどめを刺し次第に喧噪も混乱も落ち着いていったのだった。