36 仕掛け
オードランの後ろ姿はとても無様なもので、エルヴィールは汚されてしまったドレスをやれやれと見つめてからクロエに視線を送る。
自慢げに笑みを浮かべるその様子に、クロエはやり切った彼女に拍手を送ってやりたいような気持ちになった。
しかしそれだけでは仕掛けは終わらない。
彼女は汚れてしまったドレスを簡単に拭ってそれから立ち上がって、晩餐会の参加者たちの視線を集めたまま、とあるタペストリーの元まで向かった。
それはクロエが入ってきたときに移動していると思ったもので、よく見てみればその後ろの壁に妙な隙間ができている。
「なんだ?」
「……どうしたのかしら」
疑問の声をあげる彼らと共にクロエは首をかしげたが。
すぐに騎士がタペストリーを持ち上げて壁をむき出しにすると、壁の隙間は長方形になっていて、内側へと開いていく。
そこからは、国王陛下や王妃殿下、それからアレクサンドル王太子殿下が登場し、晩餐会の参加者たちはすぐに立ち上がって彼らに対する敬意を示す。
「お義父さま、お義母さま、見苦しい格好で申し訳ありません。しかしご覧いただきました通り、お二人がいない常態でのオードラン第二王子の言動はあまりにも幼稚で、心の広い貴族たちも思わず声をあげるほどですのよ」
「……その通りだな。エルヴィール」
「大切にするあまり、過保護に育て過ぎて……彼の人間性をわたくしたちは酷く歪めてしまったようです」
彼らはエルヴィールの言葉にとても落ち込んだ様子で答えて、今までのすべてを隠し扉の向こう側で聞いていたのだとわかる。
「怪我はしなかったかい? エルヴィール」
「まったくもって問題ございませんわ。アレクサンドル様」
「いくら、こういう作戦とはいえ、オードランが怒鳴りだした時は肝を冷やしたよ」
「なにをおっしゃいますか。わたくしは王太子妃ですものそれぐらいの度胸がなくてどうしますか」
手を取ってきちんと心配するアレクサンドルに、この様子ならばきっと彼女のこれからは明るいだろうと思う。
……それにしても、非常用の隠し通路に彼らを潜ませておくなんて大胆すぎると言いますか。思いついても普通はやらないことですね。
しかしだからこそ、オードランは安心して本性を現わした。
それをコテンパンにしつつも、それだけでは終わらせないのは大切なことだと思う。
いくら言ったって変わらない人はいるし、これで遠ざけることができるだろう。
それから彼らはそろって晩餐会の参加者の方へと向き直る。
「其方たちにはだまし討ちのようなことをしてしまったが、正しい知識を持ちエルヴィールのことを守り声をあげてくれたこと、感謝する。我々自身も、誰が我が一族にとって有害なのかしっかりと思い知る良い機会になった」
国王陛下は、集まっている貴族たちそれぞれに目線を送って言葉を紡ぐ。その言葉があるだけで、ずいぶんと安心感が違うもので、エルヴィールのために一丸となってオードランに対抗していたこの場にいる全員が安堵の表情を浮かべている。
しかしそのありがたい言葉の最中、遠くの方から小さな悲鳴が聞こえた気がした。
反射的に振り返り、クロエはその場にいる誰よりも早く剣を抜いていた。
ダイニングホールの大きな扉は途端に破壊されて轟音をあげながら木片となって飛び散った。
「きゃぁっ!」
入り口付近の下座にいた貴族が驚いて叫び、頭を守って蹲る。
「何事だ!?」
国王陛下が声をあげるときには既に、魔獣はすさまじい速度で固まっている王族たちに向かってその牙をむき出しにして、とびかかっていた。