34 違和感
入室してすぐにクロエは違和感に気がついた。
配備されている兵士の量が妙に多いこと、それになんだか風の流れというかそういう些細な部分で以前訪れた時とは違うことが察せられる。
……物理的に違うところというと、タペストリーですかね。位置が変わっている。
その微妙な違いに気がつくと、妙に気持ちが高ぶって何か起こるのだろうと期待感が増した。
席に案内されて、ベルナールやアリエルと近い位置に座る。エルヴィールからは少し離れているが言葉は交わせるぐらいの距離感だった。
食事が運ばれてくる前に食前酒が配られてエルヴィールが席を立つ。彼女の隣には、ぷっくりとした腕を組んでふんぞり返ったオードランの姿がある。
「皆さま本日は、よく来てくださいました。わたくしこの日をとても楽しみにしていましたのよ。今日は宮廷料理人の趣向を凝らした料理に舌鼓を打ち、交流を深め、実りのある晩餐会にいたしましょう。それでは我が国の安寧とさらなる発展を祈念して」
エルヴィールは宝石をあしらった美しいドレスを着ていて、髪結いや化粧に至るまですべて完璧に整えられており、とても王太子妃にふさわしい姿だった。
クロエもグラスを持ち上げて乾杯をして、晩餐会は始まった。
「そうだわ、皆様はもうご覧になったと思いますけれど、この城の大ホールに新しい絵画が増えていますのよ」
彼女は淑やかな笑みを浮かべて自身の近くにいる上座の貴族たちに問いかけた。
誰でも入りやすい話題に多くの人が城のホールを思い返す。料理も運ばれてきて、開催の流れは普通の晩餐会だ。
「もちろんです。季節に合わせた冬の森に佇む牡鹿の姿、私はあの絵を見てすぐに思いましたな。これは我々の高潔さを体現する姿を表したたものなのだと」
「素晴らしいものでしたわ。入ってすぐに気がつきましたもの。それだけ目を引く絵画でした」
エルヴィールの話題に乗って彼らは、その絵のことをほめたたえ、クロエも件の絵画のことを思いだす。たしかに精巧でみごとな芸術品だった。
「あら嬉しい。実はあの絵画を選んだのはわたくしですのよ。それに素晴らしい慧眼をお持ちだわ。画家が意図したものをぴたりと言い当てるなんて素晴らしいセンスをお持ちですのね」
「なんと、嬉しい限りです。しかしひけらかしたようで恥ずかしい」
「そんなことはないでしょう。素晴らしいことです」
エルヴィールに持ち上げられた貴族はまんざらでもない様子で、会話は進んでいく。
その様子を見ていて、クロエはやっとこの場にいる人々の共通点について気がついた。
エルヴィールに敬意を払い、とても親しく話す姿に、ポンと手を打ちたくなるような気持ちにすらなった。
けれどもそんなことをまったく知らないエルヴィールの隣にいる青年は前菜を平らげてから、したり顔で口を開いた。
「たしかに冬の森は美しくけれども厳しくて、絵画の題材にするにはもってこいだと思うけれど……エルヴィールが選んだと聞くとなんだかそれって意味が違って聞こえてきてしまうような気がしますけど?」
「……どういう意味かしら?」
訳知り顔で言う彼に、周りの貴族たちは黙って、エルヴィールも少し間を置いてからゆっくりと問いかけた。
その言葉に彼はすぐに返す。
「だって、まるで願望みたいじゃないですか。お義姉さまのご実家では冬の森でも魔獣がうじゃうじゃといて、とても美しいなんて言えたもんじゃない」
「……」
「……」
「それこそ牡鹿なんていたら、すぐに魔獣にガブリ、食べられて骨も残らない。だからそんな絵にひかれたんじゃないですか?」
彼の言葉に、和やかな晩餐会なのだと考えていた貴族たちは目を見開いて黙り込む。
しかしちらほらと、彼とエルヴィールを見定めるように視線を送っている者も見受けられた。
「そうだとしても、オードラン第二王子、あなたはこの場でわざわざそんなことを言う必要があると思うのかしら。わたくしたちは協力して然るべき同じ一族、それともそんなことも理解できないのかしら。お可哀想に」
エルヴィールは、彼の言葉に比較的大きな声で、周りの人間にも聞こえやすいように返す。
すると下座で会話を始めていた貴族たちも注目して、彼らへと視線が集まる。
「意味? 意味ぐらい分かりますっ、まったくなんて嫌味な言い方をするんですかね。いくら図星がつかれたからって、腹立たしい。どうせこの場にいる多くの人たちだって思ってますよ。あなたの実家のパラディール公爵家は魔獣だらけでこの冬も王都へはやってこない!」
「……」
「そんな国のお荷物な公爵家の娘が僕と同じ一族? 笑わせないでほしいですよ。将来の王妃だからって偉くなった気になるのもいい加減にしてもらっていいですかぁ?」
彼はどうやらエルヴィールの言葉にカチンときた様子で、煽るように続ける。
「あなたが嫁入りしてからこちらでも魔獣の出現が増えている、これはどう考えたって、あなたみたいな田舎貴族が王家にやってきて魔獣がその血に引き寄せられているに違いないと思うんですよね、僕はっ!」
「引き寄せるですって?」
「そうですよ。魔獣を生み出す邪悪な匂いが染みついているに決まっています。あーあ、お兄さまはよくこんな人をそばにおいておけるなっ! 国の有限な人的資源を割いて、魔獣狩りを国に背負わせて」
彼はおどけてまるで調子に乗った少年のようにエルヴィールに言う。
「パラディール公爵家全員、僕らに頼ってないと生きられない寄生虫、その寄生虫が王族に入りこんできてるんですから、害虫は駆除しないといけませんよねぇ?!」
また聞くに堪えないような言葉を躊躇なく言う彼に、エルヴィールは黙っている。
この場には彼を止める権利がある、彼より高位の存在がいない。
そのおかげで彼がこの場に出て本性を現わしたのだろうが、そのせいで彼を止められない。
……でもそれは、今までのジレンマですね。今は……。