33 晩餐会
知ってしまったからには、ディオンのことを家族に話さないまま婚約の話を進めることはできない。
それがクロエの出した結論だった。
父と母はそれを知ってとても難しい顔をしたし、よく相談してくれたとも言ってくれた。
しかし、やはり状況的に話を白紙に戻す方向に傾くことは容易に想像がつく。
ディオン自身もそれを望んでいて、当事者である彼の言葉を覆すだけの手札をクロエは持っていない。
けれども同時にどうしても思うのだ。彼はそれが無かったならば、そんなことを気にしなくて良い身の上だったならクロエの手をとったと思う。
ファンだと言いながらも渡した指輪を拒絶することはなかった、喜んでいたあの顔が、声が嘘だったなんてことは絶対にありえない。
クロエが結婚したいと思ったのは彼だ、ディオンという一人の男性だ。
でも結婚をして縁ができるのは彼だけではない。彼を取り巻くすべてものがクロエと繋がってクロエの家族ともつながることになる。
……でも、だからと言ってそれならディオンと結婚するのはやめるなんて……そんなことは……。
それを嫌だと思う気持ちがある。彼は彼だろう。一人だけの人間だ。
彼に比べてなにも問題のない相手がどこかにいるとしても、クロエがいいと思ったのはそんな見も知らぬ誰かなんかじゃないのに。
そんなことを悩んでいるうちに、エルヴィールから招待された晩餐会の日が近づく。
今の状況を理由にしてエルヴィールからの誘いをないがしろにするという選択肢はクロエの中にはない。
それに思うのだ。
……くしくも結婚に伴う血縁の厄介事ですね。偶然……いいえ、そうではないのでしょう。きっととてもその状況はありきたりなものなんです。それをエルヴィールは真っ向から今向き合ってる。
だからこそ見届けることに意義があるような気がした。
当日になって、あの日のオードランの様子やエルヴィールがなにをするかわからないほど危険だと言ったことから、クロエは入念に準備をした。
魔法具を持って、少し体を動かして万全の状態で向かうことにした。
受付を済ませて、準備が整うまでの間応接室にいると、続々と人が集まってくる。
未婚の女性貴族は同伴を伴って参加している場合が多く、一人でのこういった交流の場への参加は軽率な行為とみなされることも多い。
しかし、騎士としての称号を持っていて腰に剣を携えている時点でクロエの社交界での立場は男性と同じように、自立した一人の貴族として扱われる。
誰もクロエに対して侮るような視線を向けることはなく、軽く挨拶などをして時間を過ごすと、ベルナールとアリエルがやってきてクロエは思わず目を見開いた。
彼らもクロエに気がつくと笑みを浮かべて近寄ってくるが、少しあたりを見回して問いかけた。
「ごきげんよう。クロエ……ところでディオンの姿が見えないようだけれど」
その言葉にクロエはどう説明したものかと逡巡して間が開く。
するとベルナールもアリエルもすぐに事情を察したらしくクロエの返答を待たずに言った。
「……もしかして彼の事情について聞いたのかな」
「わたくしたちは詳しく聞かされていませんけれど、知られたくないこともあるでしょうから、説明はいりませんわ」
彼らはディオンに事情があることは理解しているらしくそれによってクロエがこの場に一人でいることをすぐに納得して気づかってくれる。
その優しさが今はとてもありがたくて小さく頷いて返す。
「ありがとうございます。アリエル、ベルナール。でもまだ、どうなるか決まっているわけではないから……すべてが終わったらきちんと報告しますね」
「うん。それでいいよ。それに、紹介したのは僕らだし、できることがあったらなんでも言って」
「そうですわ。投げやりに後はお二人でなんてことは言いませんもの。わたくしたちのエゴであなたに彼を紹介した。責任の半分以上はわたくしたちにある。手伝わせてくださいクロエ」
とても真剣に言う彼らに、頼もしいとは思うけれど、それほど責任があるともあまり思えない。
紹介してもらえて、それが悪かったと思うような人では決してなかった。感謝こそすれ、彼らのせいでと思うことなど一切ないのだ。
しかし手伝わせてほしいという言葉をここで否定する必要はないだろうと考えて、再度お礼を言う。それから話を逸らした。
「ありがとう。……それにしても、ここで会うとは思っていませんでした。大規模な晩餐会というわけではないでしょう? エルヴィールが個人的に催している物のようですし……」
集まっている人間は高位の貴族が多く、和やかに交流をしていて、クロエに一か八かと声を変えてくるような貴族もおらず、よくよく見れば見知った顔が多い気がした。
それに年齢層が若く、エルヴィールと歳の近いものが多い。
「そうだね。……でも僕はなんだか少し、意図が組めたかもしれないかな。父とともに王城に訪れることも多いから、かもね。ほら、オードラン第二王子殿下もいらっしゃる」
「けれど、アレクサンドル王太子殿下はいませんわ」
言われてみると、妙な人選だった。
応接室で偉そうにたたずんでいるオードランは不服そうにエルヴィールを見つめていて、彼女はゲストたちに少々忙しなく挨拶をしていて、その隣にはアレクサンドルの姿がない。
入室した時に話をしたが、急用で今日は不在ということだった。
本当に体調を崩したのであれば、特に深い意味はないのかもしれないが、先日のことを見た後ではクロエもこの状況が自然なものとは思えなかった。
それを不思議に思いつつも、準備は整いダイニングホールへと移動になったのだった。