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30 告白




 それからクロエとディオンは街の中を散策して、とてもくだらない身にならないようなことをとめどなく話をしたり、疲れては適当に休んでまた歩いた。

 

 たっぷりとあったはずの時間はあっという間に過ぎ去っていったように感じて、日が傾き空がオレンジ色に染まる。


 風が冷たくなって体が冷える。温かい格好をしていてもこうして長時間外にいると少し堪える寒さで、けれども冴えるようで心地いいような気もする。


 なんだかその夕焼けは物悲しくて、こんな日には楽師の奏でる悲恋の曲が似合いそうなそんなシチュエーションだった。


 通りの少し離れたところに馬車が到着し、御者が丁寧に扉を開けて、この時間を惜しいと思いつつも、帰宅するために馬車へと乗り込もうとした。


「あ、あの、クロエ。最後に話をしておきたいことがあるんだ」


 呼びかけられてクロエは振り返り、御者は気を使ってすぐに扉を閉めてなにも気にしていないというように下がる。


 ……ここに来るまでにあんなに話をしたのに……ああ、もしかして最初になにか落ち込んでいるような様子だった原因……かしら?


 そうだとするならば、今やっと話す気持ちになったという可能性もあるだろうし、もう少しぐらい一緒にいたって問題ないだろうとクロエは思った。


「なら、どこかカフェテリアにでも入って話をしますか? それとも噴水のあたりで休憩でもするかしら」


 そう問いかけたが、小さく首を振ってディオンはゆっくりとクロエのことを見下ろした。


 彼は息を吸って、ふっと吐き出してから目を細めて、荷物を持ち直して言った。


「今日までありがとう。とても楽しい日々だったし。俺はこれからもずっとあんたのことを応援している一ファンとして、遠くからあんたの幸せを願ってるから」

「……」

「婚約の話、白紙にしてもらいたい。もともと男よけにという話だっただろ。それがだんだんと周りも動いて現実味のある話になっていって正直焦ってたんだ」

「……どうしてですか」


 らしくもなく、平然と取り乱すことなく言った彼に、クロエは思わず問いかける。


 そう問いかけられることを予測していたみたいに彼は、小さくうなずいてから、続けた。


「俺、跡取りとして問題がないことは事実なんだが、第二夫人の子供なんだ。魔力は幸い少なくないし魔法もある、でも第一夫人の弟もいて、それって酷い不安要素だろ」


 先ほどまではクロエにゆかりのある品を集めるという奇行を行っていた変人なのに、まるで今ではとても良識のある男性のような顔をしてそう言う。


 一般的に見ればそれはたしかに不安要素であり跡取り問題に発展する可能性もある、しかし……。


「それがなんですか? だから私と結婚しないと? 私がそれを気にしてあなたを切り捨てると?」


 クロエは腹が立って返した。


 あんなにクロエのことを推しているだの、ファンだの、好きだなんだと言っておいて、まったくわかっていないと思った。


 ただ、ディオンはクロエの固い声に動揺して「そういうわけじゃない」と付け加えて、続く声は少し震えていた。


「もちろん許容してくれる場合もあると思う。でも、俺の母は、母さんは何というか困った人なんだ。波があって数年いい時期もあればずっと問題を起こし続けるときもあったりして、リクール辺境伯も辺境伯夫人もとても頭を悩ませているが、正直対処の仕様がない」

「……」

「離婚の材料になることはしていないが、精神的に不安定で人に当たることが多い。リクール辺境伯も、辺境伯夫人も跡取りができない不安からと焦って嫁にとって、そのあとに自分たちの子供ができてしまって彼女を精神的に不安定にした負い目がある」


 それはとても複雑な事情である。


 たしかに即座に判断できて、そんなことなど気にしないと言えるほど、二人の間には熱い愛情があるだろうとは言えない。

 

 そもそも愛情もなければ、……例えばエルヴィールのようにアレクサンドルの隣に唯一無二の価値を感じているということでもない。


 だからクロエはすぐにディオンに言葉を返せない。


 クロエは、彼を即座に損益を計算して答えを出せるような条件で選んでいるわけでもない。でも大恋愛をしているわけでもない。


「だから俺の家はずっとこのままで、そんな人がいる男をわざわざ選んで結婚する必要ないじゃないか、クロエ」


 彼もクロエのその状況を知っていて提案するように言う。


「クロエが選ぼうと思えばたくさん人間の中から、いい条件のあんたのことを愛してくれる男を見つけられるはずだ。俺はそういう人たちにまったく及ばないし、やっぱり俺はあんたの隣にいるのにふさわしくない」


 夕暮れに照らされて、彼の上手な笑みに虫唾が走った。


「って、わけで。俺は一ファンとしてまた陰ながらあんたの活躍を聞いて喜んでいるから」


 言い切ると彼は、あらぬことにくるりと振り返る。


 クロエは彼の言葉が終わるのを待っていたというのに、自分は言うだけ言って、それから数歩歩いてから駆け出した。


「あっ……」


 すると帰路を急ぐ人波に飲まれて彼はすぐに見えなくなってしまう。


「……そんなの、言い逃げじゃないですか」


 つぶやいて、クロエは咄嗟に伸ばしていた手を下げた。


 すぐさま彼の言葉をさえぎってなにかを言っていたら違ったのか。けれども咄嗟に言うだけの薄っぺらい言葉で彼の覚悟を覆せたかどうかわからない。


 結婚の話を白紙に戻すと言ったのは、彼が自分の状況をそれだけ大きな問題としてとらえていて、それを他人に知られるというのはリスクでしかない。なのに覚悟を決めて彼は話した。


 だからクロエに対する誠意を貫いていった彼の言葉には、適当な慰めも薄っぺらな言葉もきっと届かなかったと思う。


 しかしいなくなって、声が届かなくなってやっとクロエは、それでもすぐにでも答えを出しておきたかったと思った。 

 

 そのくらい、ちょっと変わったあの人のことを大切に思っていたのに。


 ……今更、情けないですね。


 そう思って自嘲気味に笑う。それから踏ん切りがつかずにしばらくその場にとどまって、日が落ちてからクロエは屋敷に帰りついたのだった。





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