3 事実
最終的に彼は黙った。
クロエがまったく反応を示さなくなって無視し続けているとそれでも必死になって話していた彼は、すっかり黙りこくって、ジトっとした目でクロエを睨みつけるだけになった。
「……吐き出せて満足しましたか?」
そう問いかけると彼はまた、口を開きそうになったので、釘を刺した。
「また、一方的に説教をしているつもりになるのでしたら、黙りますよ。話をしても無駄ですもの」
「……おっ、お前は、お前の悪い所を俺がわざわざ指摘してやっているのに」
「……」
どうやらこりていない様子だったのでクロエはもう目をつむって、やっとため息をついた。
「そんな態度を取っているから、おい、聞いてるのか? ……どうしてそう頑固なんだよ」
「……」
「…………っ~、わかった! お前の言い分も聞いてやるから」
トリスタンはやっと譲歩してそう口にする。そしてクロエの手を取ろうとそろりと触れた。
その手を払いのけて、やっとクロエは彼に対して返答をすることにした。
「やっと、私と話をする気になりましたか」
払いのけられた手を自分の手で抑えて、彼はまるで被害者のようにクロエを見つめる。
ともかくクロエを悪者にしたいらしい彼に、好戦的な笑みを浮かべてクロエは続けた。
「まぁ、話をすると言っても私から言いたいことは、対して多くありませんわ、トリスタン」
「な、なんだよ」
「……その前にあなたの主張は……つまるところ、比較的に見てアリエルよりも私があなたを愛していないことは明白だということですよね」
「ああ、その通りだよく、わかっているじゃないか」
彼の長ったらしい話を総括して言えば彼は表情を明るくして、口角をあげてうんうんとうなずく。
その表情はなんだか妙に苛立たしいものに見える。
「女性たるもの、ああして男を愛してこそだ。今のお前のように俺の婚約者という地位に胡坐をかいている様では到底、愛するに値しないんだよ」
愛してほしくはないのか、そんな意味を伴った言葉でありクロエは彼の出した例のうちの一つを口にした。
「あなたの言う愛というのは、例えばアリエルがベルナールにたくさんの愛情のこもった手作りの品の贈り物をしているようなこと?」
「ああ、そういったものでどれだけ愛しているか、伝えるのも大切なことだ」
彼はやっとクロエが自分の意見に賛同してくれたと思ったのか笑みを深める。
しかし、クロエはその彼の態度に、彼と同じように笑った。
……やっぱりなにもわかっていないで言っているのね、本当に。
「ふ、ははっ」
声を漏らして、肩を揺らす。
クロエのつややかな黒髪が揺れてさらりと肩から少し落ちる。
「な、なにを笑い事じゃないんだ」
「あら、いいえ。笑い事ですよ」
「真剣な話なんだ、なにが可笑しいんだよ!」
クロエのその反応は彼にとって望ましいものではなかったらしく、すぐに表情を変えてトリスタンは眉間にしわを寄せた。
……なにがおかしいですって?
なにがというか、全部ですよ、全部。
「だって、あなたの話、まったく的を射ていないのですもの。可笑しいわ」
「なんだと!?」
混乱する彼に、笑みを浮かべたまま続けて言った。
「そもそも、アリエルはたしかにベルナールに贈り物をたくさんしているけれど、それは、ベルナールがアリエルにしている支援のほんの十分の一にも満たない物を返しているのですよ?」
「……は?」
「ですから、トリスタン。あなたアリエルがベルナールに心底惚れこんでああしていると考えているのでしょうけれど、それは大きな間違いですよ」
呆けた顔をする彼に、今度はクロエが教えてあげる様な気持ちになっていた。
「きちんと彼らがどんなふうな関係を結んでいるか見ている者ならわかっているはずです。アリエルはベルナールに心底惚れこまれて、様々な実家への支援や本人への多大なる配慮の結果、些細なお返しをしているだけです」
「そ、そんなはず、そんなことは言ってなかった!」
「いいえ、言っていましたよ。彼からたくさんの物を貰っているから返していて、愛されているから愛していると言っていたでしょう。あれ言葉通りの意味ですよ」
彼女とは昔からの付き合いがある。
彼女は、誰か一人のために無条件でその身をささげる質でもなければ、力を持たないただの女性ではないことなど経歴を知っていれば、多くの人はわかっているはずだ。
努力の末に手に入れた魔法で本来ならば、より多くの人を救って助ける魔法使いを目指していた。
しかし家の事情があって、ひとところに収まる決意をしていいと思える人を見つけた。
それだけのことなのだ。




