29 思い出
様子が違うと思っていたディオンだが、到着するとそんなことはなかったかのように振る舞った。
彼はクロエが興味を示したものや手に取ったものをすべて購入した。
リクール辺境伯家のタウンハウスに送って貰えるものは送り、露店などの店ではその場で買って、抱えていた。
「……重くないのですか」
「まったくだ。全然まったく」
「そうですか」
次から次に買うものだから彼の懐事情や、荷物の心配をしたクロエだったけれど当のディオンはとても楽しそうであり鼻歌でも歌いだしそうな様子だった。
「……♪~」
と思ったら鼻歌を歌い始めて、とてもゴキゲンな様子にクロエはさらに首を傾げた。
自分が欲しいと思ったものではなく、何故クロエが興味を示したものを購入し続けているのかはまったくもってわからない。
なので、石畳の下町の道を歩きながら少し視線を上に向けて彼に問いかける。
「実は私が手にしたものが、たまたまほしかったのですか?」
「? ……いいえ、違います」
「じゃあ、今日はそういうふうにして私を驚かせるというゲームの最中かしら?」
「ん? ……あ、なんだてっきりわかってるのかと」
「なにもわかっていませんよ、説明してくださらないと」
続けて問いかけるとやっと彼は、クロエがディオンの行動を疑問に思っているのだと気がつき、歩みを止めて、クロエの方を見やった。
その彼の楽しそうで、とても嬉しそうな笑みもジルベールに負けず劣らず純粋そうで、抱きしめてしまいたいような気持ちになる。
「これは、クロエゆかりの品を収集しているみたいなこと、というか、クロエのグッズみたいな。今後部屋に飾ってあんたが手に取ったことを思いだして幸せな気持ちになるというか」
「え?」
「いや、ただ、ただその思い出の品として楽しむだけだっ! あんたのことを好きだからと言っても、俺はあんたのことを連想的に思いだせれば十分な方なんだ、肖像画とかを飾って毎日あがめたりとかはしてないからっ!」
想像だにしていなかった返答に、クロエは面食らって目を見開いた。
すると彼は、まずいことだったかと認識して、なんとか自分自身の行動をフォローするために自分はそんな人間ではないとアピールする。
しかしそもそもそれらの、程度の違いは正直クロエにはわからない。
それにクロエが興味を示しただけで購入しているということは、まさかクロエが意図していないところでクロエゆかりの品を収集していたりするのだろうかと考えてしまう。
「……ちが、違うんだ。いや、俺はその、これはただなんというかだって忘れたくなくて、今日までのことを。これ以外にはこんなことはしてないっ。たまに騎士団が下ろしている魔獣の素材を買ってどれかがクロエが手を下したものかもしれないと思って大切に使っているぐらいのことでまったくっ、後ろ暗いことなんてしてないっ」
首を振って必死に否定するが、その行為も大概である。
悪いとは思わないが、そんな間接的すぎる品々を集めていると言われるとたしかに純粋だとしても好意が行き過ぎるのも考え物だなとクロエは思った。
「……後ろ暗くなくても、デートに来て自分の触れたもの全部買って帰られたら驚くでしょう。ファンだと知っていても、集めているなんて発想、咄嗟に出てきません」
「っ、ま、まったくですその、通りだ」
「それに、あなたがそうしたいというのなら、それらをどうにか処分しろとまでは言いませんが、当たり前のようにやることではないのでは?」
「は、はい」
指摘すると彼は、すぐさま肯定して目線を逸らしてまったくもって同じ年ごろの男性には見えない情けない姿だ。
がっくりと落ちた肩に、さらりと彼の髪が落ちて、昼間の太陽の下ではいつもよりも印象が違って見える。
……少し赤みがかった金髪だとは思っていましたけれど、日に当たると赤が強く発色して赤毛っぽくなりますね。
少し独特なカラーリングで、目を奪われて手を伸ばす。
ディオンは突然のことに驚いて目を見開いたまま固まったので、そのまま耳の後ろの項に触れて彼の髪はさらさらしていて柔らかかった。
「っ、」
「驚かせてごめんなさいね。……でも、思い出が欲しいというのなら方法が違うでしょう、ディオン」
「は、はい?」
「適当なお店にでも入りましょうか」
そう言ってクロエは自分の行動についてまったく触れずに彼の手を引いて、歩き出す。
そして適当な店に入って、彼に似合いそうかという指標だけで指輪を選んで、まったく同じものを二つ買った。
店を出て通りから外れて、適当な路地で、買った指輪の包装を開けて、彼の手の丁度いいサイズの指を選んで適当にはめた。
「……おおむね私の好みで、あなたに似合いそうなものを選びました。安物ですが、これで身に着けられる思い出ができたでしょう。だからそんな雑多なものを収取するのはやめて、今日はもう買わずに見て楽しみましょう」
そう言ってまた通りに出ようとクロエは考える。しかし手を引いても彼は動かず、振り返ると「嬉しい」と小さくつぶやいた。
「私もサイズを直して適当につけますからお揃いですよ。私も嬉しいです」
「ああ、ありがとう。困らせてごめん」
「なにを謝っているのですか、対して困ってなんていません」
指輪のついた手を再度握る。その冷たい指輪の感触はすべらかで心地いい。
柄にもないことをしてしまったけれど、それでも彼の声が本当にうれしそうで、喜んでくれるのならばこのぐらいのことは苦でもない。
男よけだと適当に理由をつけてそばに居させているにも関わらず、カジミールの件では、彼の行動に救われたそのお礼になっていたらいいなと思う。