26 招待状
「あなたのその言動、本来なら許されないものですわよ、オードラン」
「は? でも実際許されてるでしょ? 窘められることはあっても、別に怒られるわけではありませんし? それに王族の血筋を持っている僕に比べてあなたの意見なんてごみクズみたいなものです」
「どうかしら、わたくしはきちんと公務をこなしていて、事務官たちからの信頼も厚いのですわ。あら? あなたはどんな仕事をこなしていましたっけ?」
「っ、僕は体が弱くて、こうして毎日健康でいるだけでみんなの役に立ってるんだよ!」
「まあ、生きているだけで褒められるんてとっても素敵な生きざまですわ、そのまま食事をとって、眠って歳をとるだけの人生を謳歌してくださいませ」
「は? 君らみたいな国のお荷物で自分たちの財産をため込むことしか考えてない寄生虫に言われる筋合いはないですよね。魔獣を山ほど出しておきながら偉そうに騎士団を要請して!」
しかしエルヴィールはまったく引く様子を見せずに段々とヒートアップしていき、正直見ていられないような状況だ。
王城のエントランスはたくさんの貴族が通る場所であり、たしかに黙っていられないような侮辱ではあるが、これでは彼女まで同じような人間だと思われかねない。
「これだから恥をいらない卑しい一族の出身の女なんて嫌なんです。すぐに頭に血が上って人をコケにするんですから!」
それから剣呑とした言い争いはつづいて、クロエは黙ってその言葉の応酬を聞いて佇んでいた。
しかしやはり、通りすがる貴族たちから見ても、あまり良いふうには移っていない様子で、どうしたものかと考えたのだった。
やっとオードランとの長い口論を終えてエルヴィールはクロエを見送るためにエントランスの外に出た。
彼女はなんだか荒んだ顔つきになっていて、呟くような低い声で言った。
「オードラン第二王子は……結婚してわたくしがお義父さまやお義母さまに目をかけられるようになってから本性を現わしましたの。それに、あの人は自分はわたくしをさげすみながらも碌に仕事をせずに、贅沢ばかり、見たでしょうあの歳で……あの体型」
……たしかに健康に悪そうなまん丸とした体つきでしたね。兄であるアレクサンドルとは兄弟とは思えないようなふくよかさでした。
「もう少し、節制しなければ将来どんな病気になるかわかりませんもの。わたくしお義父さまにそのことを進言したのですわ。すると途端に牙をむいてどこでも構わず自分の家族の前以外でわたくしを口汚くののしりますわ」
やられっぱなしではなく彼女も言い返していたけれども、それでもオードランの言葉はやはり一線を欠いていて、そのすべてが謂れのない誹謗中傷の類だった。
「けれどそれを知ってもお義父さまもお義母さまも注意をするだけで強くは出ない。あれでも息子なのですもの。大切にしているのね」
「たしかに悪口だけで、国王陛下や王妃殿下が動かないのであれば難しいですね」
「そうなのよ。でもそれだけじゃないわ。こうして言い返すようになってから、わたくしを狙った毒物の混入事件や王城付近での魔獣の襲撃がありました。それに誰がやったかという証拠はありませんわでも……オードランはなにをしでかすかわからない人ですのよ」
彼女は話を進めていくたびに、表情が歪んで、野外の冷たい風が吹く。
そんな中で、暮らしていくというのはとてもつらいことだろうとはすぐに想像がつく。
なにが起こったっておかしくない、彼女の言葉にはそう思わせるだけの緊迫感があった。
けれどもエルヴィールは苦しげにも笑みを浮かべる。
「でも、だからと言って、このわたくしがそんなことでこの居場所を手放す訳もありませんわ」
彼女の豪奢な金髪が風になびいてキラキラと輝く。
「これをあなたに差し上げますわ。クロエ、わたくしが見込んだ特別な貴族たちとの交流を深める晩餐会への招待状です。ぜひいらしてくださいませ」
受け取って、頷いてから馬車に乗る。どうやらクロエがなにか手を貸す前に彼女自身が動くつもりらしい。その様子は意外でもなんでもなくて、彼女らしいと思う。
その晩餐会がどういうものなのかわからないけれど必ず参加しようと思ったのだった。