25 言いがかり
「ほら、あれですわ。見ていてくださいませ」
エルヴィールはエントランスに降りる前から、そこにいるオードランに気がついて指す。彼は大きく普通の貴族とは違うのでよく目立つ。
クロエは王子ともあろう立場の人がなぜそんなところにいるのかと疑問に思う。
タイミングよく誰かを出迎えに来ているというわけではなさそうで、エルヴィールとクロエがそちらに向かうと彼はすぐに気がつき、重たそうな体を左右に揺らしながらエルヴィールに近づいてくる。
そして視線を巡らせて、クロエしかいないことを確認するとにんまりと口角をあげて笑みを浮かべた。
「ああ、エルヴィールじゃないですか。こんなところで奇遇ですね」
「ええ、そうね。本当に奇遇ですわ。いつもこうしてわたくしが来客を送るために出てくるとあなたがいるんですもの」
エルヴィールは彼の言葉に皮肉で返した。すると彼の笑みは少しぎこちなくなって、クロエへと視線を送る。
「っ……。ところでそちらの方は誰ですか? 初めて見る顔ですが」
「わたくしの友人ですわ。もうよろしくて? 彼女を送っていくところだったのよ」
オードランを素通りして、エントランス扉の方へとエルヴィールは向かおうとする。しかし、オードランはわざわざ彼女の前に移動して、行動をさえぎる。
「いや、それにしても女の友人なんて、僕はお兄さまが心配だな。贅沢をして暇を持て余してまだ王太子妃の立場だというのに男のあっせんを頼んでいるんじゃないんですか?」
「……」
「なんせ、あなたは、あのパラディール公爵家の令嬢ですから。卑しく国庫の中身を吸い取って生きながらえているくせに、魔法資源を売りさばく時だけは偉そうにがめつく交渉をするような家系の出身ですし?」
たしかに彼女の出身地であるパラディール公爵領は厳しい土地だ。
ほかの領地に比べて魔獣の出現量もけた違いだし、騎士団が対応することが最も多い。
それにこの冬の時期には大体の領地では魔獣が確認されなくなるが、パラディール公爵領の擁する森は大きく、比較的暖かい場所にあるせいで強力な魔獣が出る場合もある。
そういったことを絡めて彼女のことを馬鹿にしているというのは、ほんの少し彼が喋っただけで理解できることであり、クロエは目を見開いて彼を見つめていた。
「わたくしの実家はそれでも、国に対する貢献を━━━━」
「あーあっ、なんかこの辺、魔獣クサいな。やっぱり魔獣が寄ってくるような領地の人って魔獣の匂いがうつるんじゃないんですか? こんな人がお兄さまの結婚相手なんてお兄さまが可哀想です」
エルヴィールは真っ向から反論しようとした。しかし彼はそんな主張などまったく聞く気がないとばかりにさえぎって、おどけて鼻をつまんだ。
「そのうちに匂いに寄せられて本当に魔獣が仲間と思ってやってくるかもなーんて、あれ? そういえばこの間、王城付近での魔獣の出現があったのって?」
「そんなこと、あるわけないでしょう」
「え? 本気にしたんですか? ただの子供の戯言なのに! どんだけ余裕ないんですか、お義姉さま」
成人はしていない歳だが、彼の発言も行動もとても子供だからとして許される程度を超えていると思う。
アレクサンドルがなにから彼女を遠ざけようとしていたかクロエは理解できて、厳しい表情になった。
たしかにこれは厄介な相手だ。
「あーあ。やっぱり実家が頼りないからこんなに切羽詰まって性格きつきつの女になっちゃったんでしょう」
「あなただって性格が終わってますわよ」
「ほら、心の狭い人ですね。王太子妃を選ぶならもっとおおらかな人でないと、もっとこらえ性があって、優しい人でないと僕は国母だなんて認めたくありませんね、まったく許しがたい魔獣クサいですし?」
その言葉にクロエはこの思春期真っただ中の無礼な青年を張り倒したくなった。
しかし彼の後ろにいる同じ騎士団の男性と目が合う。
すでに警戒してクロエを中止している様子を見れば、さすがにクロエのことを知っているとわかる。
部隊が違う相手であっても、同じ職場の人間と争うわけにもいかない。しかし腹が立つ。
どんなに周りに対して敏感な年頃だとしても、やっていいことと悪いことがあるだろう。そんな分別がつかない人間など叩き直した方がいい。
「……」
「っ……」
彼の守護騎士とクロエは無言で睨み合った。
クロエはジルベールのことを思いだしたが、彼はあれでいてきちんと自分を制御しているし、言い過ぎた時には謝罪もできる。
それに比べて、彼はどうだろう。誰も止めないのをいいことに増長しきってなんとも醜い。