24 厄介事
そうして彼女はやっと平常心を取り戻して、すました表情になった。それからやっと今回クロエを熱烈に呼び出した理由について触れることになった。
「まぁ、クロエもそれなりに、毎日わたくしのライバルとして頑張っているようですし、わたくしもあなたにあなたにふさわしいということを示すとしましょう」
そんなセリフを言って彼女は真面目な顔をした。
「……昨年、正式に嫁入りを果たし、王太子妃として王族の一員となったことは言うまでもないことですわ」
「そうですね。国を挙げての盛大な祝い事でしたから」
「ええ、そうですわ。わたくしは自分が花嫁となるだけでも目が回るような忙しさでしたけれど、人生に二度とない機会ですもの。様々な伝手を作りその催し物ができるまでにどんな手順が必要なのかたくさんの学びを得られましたわ」
「……想像できないような、仕事量ですね」
「ええ、ええもちろん。でもそのぐらいでへばっていて、なにが王太子妃……いえ、王妃となる器かしら。もちろん体調も崩さず完璧に終えましたわ」
口元に手を添えてふっと笑みを浮かべる彼女はそうしていると、とても美しくて大人の気品のある女性に見える。
しかし先程の取り乱した姿を見た後では、なんとも言えない気持ちである。
「それで、その式に今更、文句をつける輩でも現れたということですか?」
「いいえ、そうではなくてよ。問題はそのあと、第二王子オードランのことですわ」
言われてクロエはオードランの顔を思いだした。しかし大した噂も聞かないし、公の場に出てくることも少ない王子だった。
……たしか昔は体が弱く、国王陛下夫妻がつきっきりになってしまうほどだとは聞いたことがありますが……。
「彼は……なんというか、ありていに言うと……」
エルヴィールはなにか確信に迫ることを言おうとしていたと思う。しかし、そこで侍女が入室し、エルヴィールに王太子アレクサンドルの来訪を告げる。
その様子をクロエは意外に思った。エルヴィールのような完璧主義の人間がこんなふうに来客をかぶらせるようなことは多くない。
それに、彼らは格式と品格を重んじる王族だ。突然気が向いて、いくら妻の私室だろうと突然訪れる様なことはするはずがない。
けれどもエルヴィールは驚いている様子はなく、普通に部屋にアレクサンドルを通した。
「ごきげんよう。クロエ、二人が友情を深めているところ悪いね。私のことは気にする必要はないから」
「……必要ないと言いましたのに」
「それでも一応、気が変わっているかもしれないしね」
「いらない配慮ですわ。アレクサンドル様」
アレクサンドルはクロエのことを気にせずにエルヴィールと言葉を交わす。彼らの言葉の意味は分からないが、こうして突然やってきたことは彼なりの配慮だったらしい。
「ほかでもないクロエですもの、ありのままの今の状況を彼女に知ってもらいたい。そのうえで、わたくしはきちんとした対処をしたい」
「……決意は固いか。本来なら私が対処すべき事柄だし、なにも君をこんなふうに苦労させたくて選んだわけじゃない。距離を置くことだって……」
「このわたくしに尻尾を巻いて逃げろと? 冗談はおよしになって?」
「……けれど、君だって初めから、こんな事態を知っていたら私の隣を望んだりはしなかったかもしれない」
エルヴィールの強気な言葉にもアレクサンドルは引くことはなく、続けて言った。
その言葉の中には罪悪感のようなものが見て取れた。しかし食い下がってくるアレクサンドルにエルヴィールは机に手をついて乱暴に立ち上がった。
「っ、あなたの隣にいることは、わたくしにとって何より素晴らしい恩恵を与えてくれる。そんな良い環境に比べたらオードランのことなど些末なことですわ。行きますわよっクロエ!」
そうして彼女はぷりぷりと怒ってアレクサンドルを通り過ぎて部屋を出ていく。彼は苦々しい表情をしていたが、クロエに言った。
「身内のことに巻き込んで悪い、クロエ。ついていってあげてくれると嬉しい。どうやら私のことはお呼びではないようだから」
「ええ……失礼いたしますわ」
彼の言葉に従ってクロエはエルヴィールの後を追う。
想定していたよりもなんだか重大な事態らしく、気持ちを引き締めて歩みを進めた。




