23 友人
もとより彼女は情熱的な人ではあるし、クロエのことをライバルとして認めてなによりも目の敵にしつつもなによりも重要視している。それはもちろん知っている。
しかしまさかこんなことまで言ってくるとはまったく思っていなかった。
まったくもって厄介で困る友人である。
そしてまたそれが友情の裏返しだからこそ面倒なのだ。この人が許さずともクロエは当たり前のように自分の道を行くし、自分の選択した未来を歩む。
「……許せませんわ……許せないのよ、クロエ」
しかし、吐き出しきってそれ以上言うことが無くなると今度はしょんぼりとしてクロエの名前を呼ぶ。
その許せない気持ちをクロエが理解しないことも、許さないと言われるような謂れがないことも。彼女自身まったくわかっていないわけではないのだと思う。
「そうですか。……難儀なことですね」
「……誰のせいだと思っていますの? この、あんぽんたん。どうしてすべてを手に入れられる道を望みませんの? あなたならできるわ。あなたなら素晴らしいものを手に入れられますのに」
「……」
「あなたとわたくしは昔から一番のライバルだと目されるほどの……同士なのに。……そんなに素敵な人ですの?」
「リクール辺境伯子息のことですか」
「そうよ! それ以外に誰がいますのっ!」
彼女は逆切れして、声を荒らげて、それから紅茶を飲んでクロエに視線を向ける。
……素敵な人か、ですか。私が上を目指して手に入れられるすべてをなげうってでも一緒になりたい素敵な人かどうか……なんてそもそも前提が間違っていますが……。
それでも、彼女が納得するならとディオンに対する言葉を探す。
しかし、燃えるような恋をしたわけでもないし、なんなら愛し合っているわけでもない。
「さぁ、どうでしょうか。わかりません」
「っ、ならどうして━━━━」
「でも、あの人は、私のことを私として見てくれます。たった一人の他の誰でもない人間として見ています。だからこそ向き合いたいと今は思っているんです。エルヴィール」
「そんなの当たり前のことでしょう?」
クロエの答えに彼女は首をかしげて言った。
それにクロエは首を振って返す。それはまったくもって簡単なことではないと、クロエは思う。
現にそれは彼女だってできていない。それが一概にすべて悪いとは言わないけれど、でもクロエはずっと一緒にいる人間なら、そういう人がいいと思う、それだけだ。
「当たり前ではないですよ。……うまく伝わらないと思いますが」
「っ、クロエはいつもそうして達観したような顔をして……。わたくしのライバルですのに、わたくしが選ばれた時だっておめでとうと言って、笑って」
「おめでたいことでしょう?」
「それに、ほかの候補にわたくしたちが技能を示して勝った時だって、喜ばなかった。その理由をいくら聞いてもわたくしにはわかりません」
彼女は昔のことを持ちだして、あれこれとクロエの理解できない部分を示す。
それでも一応クロエは、きちんと説明したはずなのだ。クロエにとって王太子妃候補はたしかに嬉しいことだった。
多くの人に努力を認められて、その力を示す機械を与えられたのだから幸運だと思った。
けれど、誰かを蹴落としてまで欲しい未来でもなかった。クロエは彼女と同じ価値観を持っていない。
それを彼女はわからないとは言うけれど、それと同時にクロエを理解できないことをちゃんと理解している。だからこうして友人でいられている。
……まぁ今は、少し、その価値観の違いがあるという気持ちがあいまいになっているように思いますが。
「ずるい人ですわ。あなたは、わたくしのライバルなのに、同じ位置で競ってくれない」
彼女は少し甘えた口調でそう言った。それにクロエは少し困った笑みを返す。
「酷いライバルですわ。わたくし、悲しくて毎晩枕を濡らしていますから」
「その言葉に私はどう返せばいいのか見当もつきません」
「ごめんなさいと謝って、今からでもわたくしと肩を並べればいいのです」
「それはできないことですね」
「…………わたくしのライバルなのに」
拗ねたようにそう言われて、クロエは小さくため息をついて少し彼女のご機嫌取りのために会話を続けたのだった。