22 ライバル
婚約の話の進捗を聞きつつ、クロエは日々を過ごしていた。たまに騎士団に顔を出して見習いと手合わせをしたり、近場の魔獣を討伐しに行ったりとそれなりに充実した日々だった。
しかしある日、エルヴィールから怨念の籠ったようなじっとりとした怒りを感じる手紙が届いて、ハッとした。
……忘れていました。
と言ってもそれはクロエだけのせいとは言い切れないと思うのだ。
彼女がクロエに絡んでくるのはしょっちゅうのことであり、あまりに構いすぎるのもどうかと思って距離を置くようにしていた。
だからこそ、いつものように彼女のことを後回しにした結果、失念していた。
なので彼女の日ごろの行いも悪い……とは思いつつ急いで手紙を返す。
王太子妃として忙しく日々を過ごしているはずのエルヴィールだったが、クロエからの返信にすぐに反応を返してほんの数日のうちに彼女の私室へと招かれた。
そうして怒りをあらわにしてむくれた彼女とのお茶会の時間がやってきた。
エルヴィールは相変わらず豪奢な見た目をしている。美しい金髪に、大きな瞳は感情をよく表現して、真っ赤な紅もまったく浮かないような派手な顔つきだ。
そんな彼女はクロエを睨みつけて黙った。なので仕方なくクロエは紅茶を少し飲んでから、小さく咳ばらいをして彼女の機嫌をうかがうように言った。
「久しぶりに会えて嬉しいです。エルヴィール……こうしてゆっくり顔を会わせて話をするのはいつぶりかしら」
「……」
「私も会いたいとは思っていたのですよ」
笑みを浮かべてそう言うと彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「……わたくしのことを……このわたくしのことですのに、ないがしろにしすぎではありませんこと」
「それは……たしかに少し……大分、優先順位を低く見積もっている節があると言えばあると言いますが」
じっとりと怒りの滲んだ声に、クロエは気まずくなって言葉を選んで返す。
すると彼女はさらに怒りをあらわにして言う。
「どうしてですのっ!? わたくしとクロエはほかでもない、絶対的なライバルですのに! わたくしはクロエのことをいつだってライバル視していて競い合う中だと思っているのに、あなたが功績をあげるたびに、わたくしも負けていられないと奮起しているというのに!!」
まるで彼女は子供のように怒り出し、クロエは少々面倒くさい気持ちになる。
「あんなに幼いころからわたくしたちは王太子妃の座のために競い合ったではありませんか! そうっ、それはもう魂のつながり、魂のライバル! 競い合う宿命の元に生まれたわたくしたちの絆ですのよっ!」
「…………」
「そんな相手との交流をどうして忘れることができるのでしょう!? わたくしはまったくわかりませんわ、まったくもって理解できませんのよォ!!」
半狂乱……とまではいかないが、興奮して彼女は言い切った。そしてはぁはぁと息を切らして睨みつけながらも紅茶を優雅に飲む。
……この調子でいて王太子妃なのですから……普段は……まぁ大丈夫なのでしょうけれど、しかしどうにも……なんともこの人は……。
「っ……ふぅ、……少々取り乱しましたわ」
……少々ではないわね。
「それで、クロエ。わたくし、あなたに問いただしたいことがありますわ」
「どういった内容ですか」
「はぁ……もともとあなたに熱烈な手紙を送った理由はそれではありませんのよ。でも、わたくし聞き捨てならない話を小耳にはさみましたの」
やっと落ち着きを取り戻して、彼女は髪を整えながらクロエに鋭い視線を送る。
しかしクロエにはまったくその内容に心当たりがない。聞き捨てならないと思われるようなことをしでかしたとは思えないし、首をかしげると彼女は言った。
「……あなた、リクール辺境伯子息といい仲なのですってね。聞きましたわ。先日の舞踏会で少し話題になっていましたもの。まぁその話を聞いていて流石はわたくしのライバルのクロエだと見直しましたけれど」
先日のというとカジミールとのトランプ対決の話だろう。たしかに王城での舞踏会だったので彼女の耳に届いていてもおかしくない。
「けれど、あなた。まだ、丁度いい男性の庇護下に入って、適当に家人になるつもりなんて言わないわよね?」
「……まだ?」
「ええ、まだ! だってわたくしはずっと思っているんですものあなたが適当な貴族を選んで婚約をした時からずっと、もう長いこと! 思っているんですもの!」
「?」
「ですから、あなたは誰か一人の男の元に体よく収まるようなつまらない女ではないと言っていますの! クロエ! 以前の婚約者を華麗に振ってあなたはやっと自分のキャリアをまっすぐに歩む道を決めたと思っていたのにっ」
エルヴィールはまたヒートアップしていき、まるでその様子はハンカチを噛みしめてキィー! と叫びだしそうな様子だった。
「あなたは! そんなそんな女じゃないわっ、そんな人間じゃない、わたくしがこの地位に納まったからと負けを認めて去るような人じゃないっ」
「……」
「騎士としての地位を高めていきゆくゆくは、最上位の公爵の地位を得て、わたくしと肩を並べて、わたくしのライバルとしてこの国の行く末を左右するようなそんなっ、そんな人になるはずでしょう!?」
早口でまくし立てる彼女はクロエを置き去りにして語る。
「なんせこのわたくしのライバルッ、わたくしの好敵手っ、それができる相手だと見込んだから、わたくしはあなたを認めたのよ! それなのにそれなのにどうして、また新しい相手を見つけてなんかいるのかしらっ!!」
「エルヴィール……」
「許せない、許せない、許せませんわ! わたくし絶対に認められない!」
「……」
「婚約なんて許しませんわ! あなたは絶対に自分の道を進むべきですわ、わたくしと肩を並べて、もっと上を目指しましょうよっ、わたくしはそんなあなただからこそ友人と認めたのに!!」
クロエの言葉にも反応せずに彼女はまた興奮して、はぁはぁと息切れをする。
その様子に、クロエは渋い表情をしていた。