19 友情
「それで、最近どう?」
ディオンはベルナールからの漠然とした質問に少し首をかしげて考えた。
どうというのはクロエのことについてであることは容易に想像が付くが、直近の舞踏会ではちょっとした問題が発生した。
「ああ、カジミールの件なら適当に対処しておいたからその話じゃなくてね」
「なにをしたんだ?」
「……」
「彼のお友達に自分の身を危険にさらしてまでそばにいる必要はあるのかと質問をしただけですわ。あの人、いつも周りを人に囲まれてとても友人を大切にしていたもの、きっと友人の言葉を聞いて考えを改めるわ」
アリエルは本を読みつつもディオンとベルナールの言葉を聞いて、会話に入ってくる。
そしてその言葉はとても思いやりのある行動のように取れる言葉選びだったが、さすがにディオンもそのままの意味ではないことはわかる。
……取り巻きを利用して、復讐心をそいだってところか? まぁこの二人がそう言うなら大丈夫なんだろうが……。
それにしてもあのカジミールという男はまったくもってフィクションの中から飛び出してきたかのような悪役だった。
矜持と男らしさを大切にしつつも、不正を行って絶対に負けるつもりがなかったところも、クロエに対して自分の価値観を押し付けるところも非常に悪役らしい嫌な行動だった。
けれどもクロエはそれらを華麗に看破し、最後にはおさまりの良い言葉で締めた。あの手腕にディオンは身震いして興奮していた。
頭の中でクロエを褒める言葉が無数に浮かんでは過ぎ去っていき、そんなクロエの活躍を間近で見ることができた一番の原因となったカジミールには感謝すら感じている。
「……」
「というわけだから、それは置いておいてクロエとはどう? なにか進展はあった? 婚約の話は順調に進んでいるみたいだけれど二人きりで会ったりとか」
しかし思い出してディオンが惚れ直しているとベルナールが食い気味に問いかけてきて、クロエとの進展を聞いてくる。
けれどもディオンはそんなことをきかれたところで、正直困ってしまうのだ。
「進展もなにも、あの人が俺のことをそばに置くのは男よけのためだろ? 二人きりで会ったりもしていないし」
「男よけ……ね」
「ああ。それに俺は今のままでも夢の中みたいな気持ちで毎日、目が覚めてから眠るまで……いや、眠っている間も最高に幸福なんだ。これ以上望むことなんかなにもないな」
ディオンはクロエの前だととても言えないような言葉でもベルナールやアリエルの前だと平気で口にしていた。
なんせ彼らとは、クロエが中央騎士団の見習いになるために王都へと住まいをうつした頃からの付き合いであり、彼女への気持ちを、とても深く理解してくれている。
「それに、誰も彼も、あんたらみたいに愛や恋に目覚めて四六時中一緒にいてしょっちゅう惚気るような関係になるわけないだろ? 俺はとてもあんたみたいにはなれないな」
「……そうかな、僕は君も大概だと思うし……クロエだって恋愛嫌いというわけではないと思うけど」
「そうね、クロエは主張が強い部分が目立つけれど、あんがい愛情深い方だとわたくしは思いますわ」
また本を読みながら参加するアリエルの言葉に、ディオンはもちろんそうだろうと思う。
彼女は家族とも仲が良く、競い合った相手である王太子妃のエルヴィールとも現在も関係を続けていて、騎士団での評判も良く友人が多い。
そして実家のある北側領地の集まりにも参加して、そちらでもベルナールやアリエルと深い仲を築いている。
それだけのことができるのは彼女が、たくさんの人に出会う選択をして、さらに相手のことを尊重し長く関係を続けるためのリスペクトを持っているからだと思う。
そんなことはわざわざ言われなくてもディオンだってきっちりと理解している。
「それはそうだろ。彼女はたくさんの人に愛されているからな、彼女も人を大切に思う気持ちのある素晴らしい人だ」
「…………そうですわね」
「アリエル、あきらめないでよ」
「きっと言っても無駄ですわ。この手の人間は実感しないと考えも及ばないのだわ」
「そ、そうかもしれないけどさ。僕は応援したいんだよ。ディオン」
「なんだ?」
「僕はね、クロエは君のことをただの男よけだなんて思ってないと思うよ。僕は一途にずっと想い続けていた君に結ばれてほしい、でも君がそんなに盲目的だと機会を逃すと思うんだっ」
ベルナールは前のめりになって真剣な顔で言う。
もちろん彼の言いたいこともわからないわけではない。
自分の中にまったく一切の欲望がないというわけではないし、彼女にほんの少しでも自分が好かれているんじゃないかという希望がもたげてくることがある。
しかしそんな夢見がちな妄想は時に、人を暴走させる。
ディオンは知っているのだ。大衆向けの舞台女優を愛しすぎたとある男は猟奇的な事件を起こしたし、とある作家の熱狂的なファンは作風の変化に耐えられずに猛烈に批判する立場に回った。
夢や願望を抱きすぎては、長く安全にファンを続けることはできない。
なのでそんな願望など出てきた時点で頭の中で叩き潰すに限るのだ、屋敷の厨房に出る害虫のようにぱちんと。
「……」
しかし、長らく良くして貰っている友人にそんなに必死になって言われると、どうにも即座にそれを否定するのは憚られる。
けれども、そんな希望を持つことは自分の中では危険であると思う以外の何物でもない。
けれどもしかしと、頭の中で意見が割れて、それとは別の問題があることがすぐに浮かんでディオンはやっと言葉を返した。
「それは、忠告として受け取っておくが……ベルナール俺は、男よけならばまだしも、それ以前に本当に婚約することはできない。事情があるのは多少察しているだろ」
「事情って……そんなのは、きっと障害にもならないよ」
「そんなことないだろ。あんたは優しいからそう言うが俺はあの人に苦労なんて掛けたくない。話が決まる前にしっかりと話をする予定だ。だから、希望なんて持つつもりはないんだ」
そう告げると、ベルナールは気まずそうに口を閉ざして、眉を困らせる。
もちろん彼らが引き合わせてくれたことは突然で、自分のスタンスと反していたことは事実だ。
でもこうして自分の存在をクロエに使ってもらえてそばで彼女の活躍を見ることができた。
それは願ってもいないような幸運で、今はとても感謝しているし、強引だったかもしれないけれど引き合わせてくれたその思いが友情だったことをきちんとわかっている。
それでも、現実にはままならないことというものというのはあるもので、仕方がないことなのだ。
だからそんな当たり前のことで悲しんで欲しくなくて、ディオンは気軽に笑みを浮かべて「それより」と話を切り替えたのだった。