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16 前提




「何回、やれば気が済むんだこの、往生際が悪いぞ! こんなに女々しく未練がましい男など初めてだっ」


 カジミールはついに切れて、ディオンに食って掛かった。


 結局、何度やっても惜しいところまではいくようになったが、ディオンはカジミールに勝つことはなかった。


 しかし同時にディオンはカジミールに対して負けを認めることもなかった。

 

 何度でも勝負を続けるうちにディオンの容量は良くなっていって、ギャラリーは飽きて去る者もいれば、惰性で見続ける人もいてクロエはずっとディーラーをやっていた。

 

 それなりに面白い勝負だったと思う。


 案外、検討するディオンの様子は以外だったし、彼は変わった人物なのに割と堅実な手を打つところも意外だった。


 かと思えばカジミールは運がいいとしか思えないような引きをしていて圧倒されたり、段々と気が立って行動が荒くなっていくカジミールの様子も見どころがあった。


 何度負けても気にする素振りのないディオンにも、それはそれで打たれ強さとかいう男らしさがある気がしなくもない。


 一回目の勝負とは違ってクロエの頭の中には様々な感想が浮かんでいた。


「いい加減負けを認めて、身を引け! 見苦しい、その女を手に入れるのはこの私だ、君のようななにも能のない弱者にはもったいない女なんだっ」

 

 拳を握ってカジミールはいよいよ怒鳴りつける、そうすると途中で飽きて去っていったギャラリーも戻ってきて、まだ決着がついていないのかと顔を出す。


「クロエ嬢にふさわしいのはこの私だ。もういい加減わかっただろう! 君のような男はまったくもって彼女にふさわしくない!!」


 カジミールはそう断言して、クロエがそろえておいたカードの束に手を伸ばす。


 すると途端にキラリとした魔力の粉が飛び散る。彼の持つ炎の魔法によってトランプは端からぼわりと燃え出した。


「あ」


 ディオンは燃え出したカードに気の抜けた声を出し、これでもう勝負の続きはできない。


「さぁ、言え。私にクロエ嬢を譲ると負けを認めろ。彼女にふさわしいのはこの私だっ!!」

「……」

「さぁ!!」


 ディオンはその言葉に、目を見開く。


 いよいよ、勝負を続けることはできなくなり、今まで長ったらしく勝負を続けていた二人の決着がつくとなって、人々の興味も最高潮に達する。


 クロエもディオンはどうするのかと彼を見つめていた。


 しかしディオンはやっぱり悔しそうでもなんでもなく平然と返した。


「負けは、認めます。俺はあんたに敵わない……が、それとクロエをあんたに譲るかどうかはまったくもって話が別だ」

「なんだと!?」

「というかそもそも、俺のものじゃない。あんたはベルナールにもくぎを刺されていただろ。俺とあんたを比べていくら俺に比べてあんたのほうがクロエに相応しかったとしても、それはまったく意味がなくないか」


 その言葉は今までの勝負の前提をすべてひっくり返してぶち壊しにする言葉であり、カジミールがずっと間違い続けていた前提だった。


「は、はぁ?」

「だから、俺と比べてふさわしいからと言ってクロエがふさわしいと思うかどうかなんてわからないだろ。彼女がどう思うかをどうしてそんなに無視して考えられるんだ」

「……無視だと?」

「それにいくらクロエが好きだとしても、そんなふうに周りに迷惑をかけてクロエの選択肢を勝手に狭める様な人間は喜ばれないと思う」


 不可解そうにディオンはカジミールを見つめて続ける。


「俺からすればあんたの方が、好意の示し方がすごく気持ち悪いと思う。男らしさとか矜持とか序列とか、そういう物を大切に思うのは結構だが、全員がそれを指標にして生きているわけじゃないということを理解した方がいい」

「……」

「そういう勝手な価値観を押し付けられる側になればわかることだが、そういうことをする人間なんて、とても好ましく思えないと俺は思うな。俺が言えるのはそれだけだ」

「……」


 彼の言葉は少し見当違いなところがあった。


 カジミールは多分クロエのことを好きでもなんでもないし、欲しているだけだトロフィーとして手にしたいと考えているだけ。


 でもその見当違い以外の部分、そのすべては、とてもきわめて、正しいことだとクロエは思う。


 クロエは、言葉では言い表せないほどに心の奥底から彼の言葉を、とても深く肯定したくなった。


 その言葉をクロエはどこか自分の深い所で飢えるように望んでいたなんて言葉がしっくり来てしまうような胸に残る言葉だった。


 きっと、数年たっても、下手したら老いさらばえて耄碌しても思いだしそうなぐらいだった。


 少し手が震えて、クロエは控えめに笑みを浮かべた。


 しかしカジミールの心にはそんな言葉などまったく届いていない様子で、彼は今までのやり取りのすべてを無に帰すようなディオンの態度に腹を立てて、拳を震わせながら絞り出すような声で指摘した。


「っ、な、なら……君は何のために……私のゲームに受けて立ったんだ……?」

「? ……あんたが自分で言ったんだろ、女性はそういうふうに男を見極める機会を欲しているって。負けはしたが、ギユメット公爵子息殿のおかげで俺は多少クロエを楽しませることができたと思う」


 ……男を見極める機会って……そんな男同士で争っているところを見て楽しいと思うという意味ではありませんし……でも、そういう人もいるのかしら?


 ディオンの謎の解釈に、クロエはすぐにそんなわけもないし自分はそんな趣味の悪いことを楽しんだりしないと思った。


 けれど案外、そういうふうに男性を競わせて喜ぶ人もいそうだなと考え直した。


 それにクロエも……後半楽しんでいた……ような気がする。ディオンがちらちらとクロエを見ていたが、楽しんでいるかと観察していたのかと今更ながら納得した。




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