14 賞品
カジミールの斜め後ろには、よく見かける男性貴族が二人従者のように並んでおり、二人とも彼の気持ちを代弁するように軽蔑するような目線をディオンに送っている。
立ち話では済まなそうなので、場所を移して開いているソファーに腰かけると、カジミールは視線を鋭くして先日と同じようにディオンだけを敵視しているような様子だ。
「……本来ならばそちらから、汚名をすすぐために私のところへとやってくるはずだと思ったのだが、そんな考えも思い浮かばずのんきに過ごしているとはさすがの私も呆れてしまったな」
「カジミール様の言う通りです。先日はベルナール様の手前、引かざる終えませんでしたが話はついていません」
「まったくですな。話になりません」
カジミールの言葉に取り巻きたちは援護射撃をして、ディオンのことを攻撃する。
やはりカジミールはあの場でベルナールが言った言葉も、彼の行動もまったく理解していない様子で、彼の目の届かない場所であればこうしてディオンと対等に、クロエのことを取り合ってもいいと思っているらしい。
そんなカジミールにディオンは先程までと違って冷静に返す。
「俺はそもそも、ギユメット公爵子息殿と話し合うべきことなどないと思っていますが」
「はっ、これだから田舎者は、君には矜持という物がないのか? 女の前で貶されても反論ひとつせず上位の者に贔屓して守ってもらい、その場をしのげばそ知らぬふり、まったく可笑しくて仕方ない」
「……」
ディオンは難しい顔をして彼の言葉に無言を返す。
「またそうしてだんまりか? だがな、今この場には君を庇護する者はいない、私から機会を奪い取り、こざかしい手段で手に入れた成果など不当なものだ。持ち逃げなど許さないぞ」
「許さなかったらどうすると言うのですか?」
「もちろん制裁を加える。すでに私の伝手で君の悪行を伝えさせている。将来、上位の者の利益を横からかすめ取るようなことをする人間が統治する領地と取引をしたくないという人間も出てくるだろう」
「……」
「もちろん私もその一人だ。……だが、ここで力を……そうだ、カードにしよう」
カジミールは今思いついたかのように、そばにいた取り巻きに視線を向けると、取り巻きはすぐにトランプを取り出して彼に手渡した。
「男同士の社交でよくたしなまれるゲームだ。こういったもので時に勝ち、判断力や知力を示し、時に相手を立てて気分を乗せてやり交渉を通す貴族としてこれ以上に必要な力はない」
「トランプですか……」
「君の実力は知らないが、運の要素もあるもし苦手だとしても、将来のためにも、その女にふさわしい人間だと示すために挑む以外に手はないはずだ」
カジミールの意見はおおむね正しいように思えるが、ディオンがそう言ったことに精通しているとは思えないし、彼が強いとも思えない。
なによりカジミールが提案してきたゲームだ、勝算があってのことだろう。
大方勝てない。いくら男の矜持がかかっていると言っても分の悪い賭けだ。
「勝負でどちらが、クロエ嬢を手に入れるのにふさわしいか、決めようじゃないか。彼女もそれを望んでいる、女性というものは常によりいい男性を見極める機会を欲しているものだ」
カジミールはそう高らかに宣言した。
その彼の言葉に、事情を知っている者が近くにいたのか見物人として令嬢が二人集まる。
「あれって、カジミール様とディオン様ですわ」
「なんだなんだ、女性を取り合っているのか?」
「まぁ、若いっていいですね」
すると興味のある貴族が集まってくる。
しかしこうなると厄介だ。
ここに来るまでの間に、ディオンとこの件に関するスタンスを確認できていたらよかったのだがあいにく、王都に帰宅するために移動したり婚約の話をすすめたりと忙しくそんなことはできていない。
するとふと、ディオンはちらりとクロエを見た。
その瞳が何を示しているのかわからない。助けを求めているのか将又、覚悟を決めているのか。
数秒目を合わせていると彼は逸らして、背筋を伸ばして「わかった」と短く告げる。
「受けます。そういうことなら」
「そう来なくては」
そして彼は勝負に乗った。クロエにふさわしい男性だと示すために覚悟を決めたということなのだろう。
……ということは私は、この二人の勝負の賞品になったのですね。
そう思うとどこか気分が落ち込んだ。ここはディオンが勝負に乗ってくれてドキッとする場面なのかもしれないとも思うが、クロエはそれが割とどうでもいい。
…………。
「なら、私がディーラーとなりましょう。勝負はポーカーですね」
ディオンのそばを離れて、二人の間の一人が掛けのソファーに場所を移し、カジミールからトランプを受け取って適当にシャッフルする。
そして彼らの勝敗が決まった時どうしようかと考えながら彼らにカードを配ったのだった。