13 談笑
王城で行われる舞踏会には、より注意を払って出席する必要がある。
父や母とともに向かって、婚約がおらず婚活をするならば国の様々なところから集まってきている同じ年ごろの男性貴族と言葉を交わしてダンスを踊るのが目的となる。
しかしクロエには、現在結婚話のあがっている相手がいるのでその相手と過ごすのが一般的である。
「では、クロエをよろしく頼んだぞ、ディオン君」
「よろしくお願いしますね」
「は、はいっ……が、頑張ります」
リクール辺境伯と辺境伯夫人と舞踏会で出会い、二人の両親たちは大人同士の話し合いをするために、若い二人は適当に楽しんでくるようにと指示する。
クロエを任されたディオンは返答に少し困ったが、何とか頑張りますとひねり出してその場を離れた。
リクール辺境伯と辺境伯夫人はとても優しそうな人々であり、ディオンにも丁寧に接していた。
クロエは彼らともう少し話をしてみたかったのだが、性急にことを進めることになったのはクロエの責任もあるので邪魔をするつもりはない。
「……せっかくだしアリエルたちに会いに行きますか? それとも……ダンスでも踊る?」
隣を歩くディオンにクロエは問いかける。
しかし言ってから、彼とのダンスは無理があることに気がついた。
ディオンはクロエの顔をまっすぐにずっと見つめることはできないし、向き合って息を合わせて踊り切るのは困難だろう。
「ク、クロエの好きな方を選んでくださいっ」
けれど帰ってきた返答はそういうできそうにないことについて考慮していないような返答で、顔を覗き込むと、ディオンはびっくりして固まった。
「っ」
「あら、初期の段階に戻ったみたいですね」
「……め、珍しい髪型が、もうこんなに近くで見られて、眼福なんですっ俺は、今爆散して死んでもいい」
「ああ……今日はいつものようにはいきませんから。それに頭が重たくなるから普段は避けていますが、侍女が私の髪をいじるのが好きなんです。すごくこっているでしょう?」
「はいっ、その方はとてもクロエ様のことをよく観察してるんだろうなって滅茶苦茶思います、すごく似合ってて、でも上品で、クロエ様のその品のある黒髪を邪魔しない髪飾りももう、素敵すぎて……こんなことってありますか!?」
ディオンは髪型一つで感動していて、その情熱が顔に出て、なにかあったのかとすれ違う貴族たちは少し気にしている様子だった。
もしかするとクロエが彼をいじめているようにすら見えるかもしれない。
けれど、そんな体面などクロエはどうでもよくて、こんなに喜んでくれる人がいるのなら時間をかけて髪をセットするのも悪くないと思う。
そしてジュリーのセンスもたしかに良くて、派手すぎない飾りを一生懸命に選んでくれた。そのこともわかって、褒めてくれることが嬉しかった。
「あなたも、正装がきまっていてかっこいいですよ。でもこんな場で爆散したら大事件ですから、そんなことは言わないでください」
「ふ、ふふっ、はい。……たしかに王城で爆発事件なんて起こしたら騎士団所属のクロエ様に多大な迷惑になりますね」
「そうですよ。部隊は違いますが私は治安を守る側ですから」
彼の比喩にまともに返すクロエの言葉に、彼は目を細めて笑う。
「クロエさ……は、たしか討伐部隊所属の上級騎士だよな?」
会話が続くと落ち着いてきた様子で、ディオンは言葉づかいを何とか戻して話題を続ける。
なにをするかは決まっていなくても、なんとなく会場を歩いて、軽やかにダンスを踊っている人々を見たり、給仕係からドリンクをもらって話をする。
「ええ、よくご存じですね。地方貴族の方々はあまり中央騎士団の具体的な所属や地位などは知らない方が多いのに」
「そっ、それは…………」
「あら、私のためにわざわざ調べたなんてことがあるのかしら」
言葉に詰まる彼に、少しおどけてクロエは聞いてみた。
大方そう思われるのを心配して何と答えたらいいのか困っているのだろうと思ったからだった。
ついでに、最近よく話をする弟に対する揶揄いが会話に染みついていたせいもあるのかもしれない。
「…………、……」
ジルベールならば、そんなことあるわけないだろうと怒り散らかして、まったく姉さまはと口にするはずだったが相手はディオンであり、彼はダンスを眺めながら言葉に詰まって横目でクロエのことを見た。
……知ることなんてたいして難しいことではないけれど、どうであれ目的は私でそれを知りたいと思ったということですか。
「……」
「ス、ストーカーでは、ない、んだ」
そして彼の絞り出した言葉は、罪を認めつつも言い訳する人のようであり、急に顔面は蒼白だった。
赤くなったり青くなったり、その忙しい顔色は肌の色素の薄さから来ているのかと若干の疑問を持ちつつも、そのあきらかに咎人のような言い訳が面白くて笑った。
「っはは、あははっ、はぁ、っ、そこは別に、興味があったから調べたと言えばいいんです。ディオン。どうしてそう、なんでも素直に言ってしまうんですか」
「……だっ、だって人の好意って誰にとっても嬉しいものとは限らないと思いますよっ俺は。あんただって、そういうことでそれなりに苦労しているんだろうという思いもありますし」
「そうですか?」
クロエが笑うと、笑い事ではないとばかりに勢いよく彼は言う。
好意は嬉しいものばかりではなくて苦労することもあるだなんて、クロエはそこまで思い悩んだことなどない。
けれどもすぐにそんなことを考えて気を回すディオンはきっととても優しいのだろうと思う。
「そうじゃないか、先日だって、思い出すだけで気分が悪いけど、あの時━━━━」
「やっと見つけたぞ、リクール辺境伯子息」
そして続く言葉を最後まで言う前に、クロエたちの後ろから声がかかり、彼とのせっかくの会話は中断されて、否応なしに振り返る。
そこには予想通りカジミールの姿があった。