12 興味
クロエはそれなりに顔が広い方である。
それは普通の令嬢にしては、という枕言葉がつく程度であるけれど、任務で出かけた先での知り合いだったり、騎士団の関係のつながりだったり、王太子妃候補の時にできた友人などという者も存在している。
そんなクロエと一時期競い合った女性エルヴィールからは王都に戻ったら一番に会いに来てほしいと手紙が来ていて、その熱量になにかあったのかと少し心配に思う。
けれども彼女が情熱的であることはいつものことだったと思い直して適当に返信を書く。
「毎度のことではありますけれど、クロエ様のことをお慕いしている人はとてもたくさんいらっしゃいますわね」
書き上げた手紙を纏めているジュリーは、今日の移動もあって疲れたのか少しくたびれた様子でそんなふうにいった。
「ええ、ありがたいことですが、こうして長らく屋敷を開けていた後に手紙を見ると気が遠くなりますね」
「同意いたしますわ。重要ではないものは事務官に代筆させるとはいえ、読むだけでも一苦労ですもの。……今日はどの程度まで終わらせるのかしら?」
「……そうね」
ジュリーの問いかけに、今日ぐらいはゆっくりしたいと思っているのだろうということは察せられて、今書いているもので終わりにしようかと考えた。
直後、部屋の扉をノックする音が響いて、そちらに意識を持っていく。
彼女が対応するとジルベールが話をしたがっているらしく、それならとすぐに切り上げて最低限の用意だけをしてもらってジュリーには下がってもらうことにしたのだった。
やってきたジルベールは無言で紅茶を飲んで、相変わらず常に怒っているような態度で目が合わない。
用事があってきたのだと思ったが、自ら切り出すことはなく、彼にクロエから声をかけた。
「……もしかして……姉との抱擁をやっぱりしておいたら良かったと思ってわざわざやってきたのですか?」
なにか当たり障りのない言葉をかけようと思ったけれど、こらえきれずにそう問いかけると彼は目を見開いて乱暴に音を立ててティーカップを置いて言う。
「そ、そんなわけないじゃないですかっ。俺はもうそんな歳じゃありませんし!」
たしかに十四歳にもなれば人肌恋しいということもないだろう。
「それに、今日は姉さまに文句を言いに来ただけですっ」
「文句ですか」
「そうですよ。夕食の席では父さまも母さまも、姉さまにはきつく言いませんでしたが、姉さまがいない間二人は、いったい姉さまはどこに向かおうとしているのかと頭を悩ませていたのですからねっ」
途端に喋り出す彼は、許すつもりはないとばかりに顔を逸らしていて、その合わない目線はなんとなくディオンのことを思い出させる。
よく考えてみるとなんだか少しジルベールとディオンは似ているような気がした。
「浮気や何か悪いことをしていたというわけでもないのに婚約破棄を申し立てたり……。たしかに相手の方はひどい方だったみたいですが、父さまと母さまは、姉さまは家庭に入る気があると思っていたのに、もしかしてひとり身を貫くつもりなのかとか」
息継ぎをしてすぐに続けて言う。
「それとも爵位を目指して婿取りなのかとか、と思えば新しい人をすぐに提案してきて、以前よりも条件の良い方みたいですから、将来のためにそうするつもりだったのかとかっ」
彼は次から次に言葉を吐き出し、クロエが口をはさむ隙がない。
「でもどうせそれも違ったんですよね。にしたって困っていたんですよ。というか今だって母さまは気をもんでいるんですからねっ、わかっているんですか、姉さま」
「……そうですね」
「どうせわかっていないんですよ。姉さまはいつだってやればなんでもそつなくこなしますし、悩む人の気持ちがわからないんですっ」
「……」
「……い、今のは言い過ぎたかもしれませんが。お、俺としては姉がこのままどうにもならないまま宙ぶらりんの行き遅れになったりしたら困りますし?」
ジルベールはちらりとクロエを見て、困ったように眉間にしわを寄せて続ける。
「このままでは俺の結婚にも差し障るかもしれないでしょう? だから、俺が俺のためにも、あくまで俺のためとこの、セシュリエ公爵家のために! 姉さまの考えを一から十まで聞いてアドバイスしてあげます」
口をとがらせて彼はそう言い、クロエはそう話がつながるのかと意外な顔をした。
もっといろいろと強い言葉を投げかけられると思っていたので、意外な展開だった。
「いいですか、家のためですからね。どうせ姉さまは、悠長に予定を立てていたらすぐにどこかに遠征に行ってしまうのですから帰ってきたら絶対に捕まえると決めていたんですっ。いいですか、全部話すんです」
「話をするのはいいですけれど、夜遅くなってしまうかもしれないわよ」
「そんなことでこの俺から逃げようとしてもそうはいきません」
「……家のため、ですか」
「そうです、長くなってもいいですよ。でも包み隠さず、あったことを話してくださいね」
ジルベールの言葉は一応しっかりと家のためという体を取ってはいる。
しかしその様子からクロエはなんとなく、クロエが体験した婚約破棄騒動とそれに伴う自分を想ってくれている人との出会いというドラマティックな展開への興味を感じ取った。
家のためとは言いつつも、すぐ話を聞ける相手がそんなことを体験していたとなれば気になるのだろう。年相応に好奇心があるのに素直になれない弟は、どうにも必死な様子だ。
「ふ、はははっ、ええ、いいですよ。話をしましょうかジル」
「望むところです」
それがどうにも可愛くて、クロエは付き合うことにした。それに母たちが思い悩んでいたのを聞いて心配をかけたという部分も嘘ではないだろう。
その罪滅ぼしに、素直になれないせいで友人が皆無な彼が飢えているであろうよその恋愛話もおまけで話したのだった。