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11 家族



 タウンハウスに戻ると、一番最初に出迎えたのはカンカンに怒った母の姿だった。


「ですからね、クロエ。もう何度言っているかわかりませんが、あなたの行動は急すぎるのです」

「はい」

「どうするのですか、あなたの部屋の掃除もきちんと終わっていませんし、こんなに荷物があるなら先に送ってくれなければ荷ほどきするのに時間がかかるでしょう?」

「はい」

「それにあの話も急すぎるではありませんか。わたくしはもう少しあなたの結婚相手を選ぶのに時間がかかると思っていたのですよ?」


 おかえりなさい待っていたわといった感じにすんなりと出迎えられるとは思っていなかったが、想像よりも機嫌の悪そうな母の姿にやはり手紙という物はあまり信用しない方がいいのだなと思う。


 ……なぜだか文面だと穏やかに見えるのに、実際会ってみるとこうなんですから、難しいものですね。


 そうは考えつつも母の言い分ももっともであり、帰ろうかなと思ってから行動に移すまでが早すぎて、屋敷を統括するものとしては困るのもわかる。


 使用人の采配や食事の準備などたくさん考えることがあるのだろうと思うと少し申し訳ない。


「だからと言ってマスカール辺境伯家のご子息が悪いとは言いませんが、以前のことがあったでしょう? どうして自分の中で決定する前に相談をする時間を設けることができないのですか」

「……そのとおりですね」

「そうすれば、入念に下準備をしてから公式に発表できるのです。そうする理由はわかるでしょう」

「せっかくの、婚姻話に変な横やりを入れられたり、ケチをつけられる可能性が低くなるのは……理解しています」

「そうでしょうまったく。それなのに、あなたと来たら、困りますよ。本当にエドガールは許すでしょうけど、わたくしは今回のことで思いました。あなたは行き当たりばったりに行動することが多すぎる」


 だとしてもエントランスホールでそう説教をしなくてもいいのではないかという反発する気持ちもクロエの中にはある。


 なんせ荷運びをしている使用人たちが、あらまぁと微笑ましく視線をおくっているのだ。


 噂話も、悪意ある言葉もあまり気にする方ではないクロエだけれども、そういった視線で温かく見つめられるのはどうにも性に合わない。


 しかし、そんなことを指摘しては母の怒りが爆発しかねない。


 クロエ自身に非があるのだからここは受け入れるしかないだろうと渋い顔をしつつもうなずいていると、クロエの到着を聞きつけて後から駆け付けた父エドガールが声を掛けた。


 その後ろには彼について仕事を学んでいる弟のジルベールの姿があった。


 彼は姉を見つけて目が合うと、フンと顔を逸らしていつも通りである。


「おお、なんだか久しぶりにあった気がするな。クロエ、それでエリーズは随分怒っているみたいだがどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもありません。以前話をしたではありませんか」

「あ、ああそうだった。まぁしかし、それを言い聞かせるのは大切なことではあるが、なにもここで言わなくてもいいだろう。せっかく、なにかと苦労の多い娘が帰ってきたんだ、とりあえずは帰宅を喜んでもいいじゃないか。クロエ、よく帰ってきた」


 父がやってきて諫めると、母エリーズはその言い分を聞いて腑に落ちないような表情をしているが、どうしても否定したいというわけではなさそうである。


 父と軽く抱擁を交わす。


 すると母も、勢いをそがれて同じようにクロエの方へと来て「……そうね。おかえりなさい。無事に会えたこと、母は嬉しく思っています」と愛情のこもった優しい声で言う。


 その言葉にクロエは小さく笑みを浮かべる。


 彼女の言動は、うら若い娘のクロエが活発過ぎて心配で小言が多くなる傾向があるが、それが愛情の裏返しであることぐらいクロエもきちんと理解している。


 そうでなければクロエの幼いころからのキャリアは実現不可能なものであっただろうし、こうして才能を認められて自由に活動できているのも彼らのおかげだ。


 感謝してもしきれないなんて普段は言わないけれど、尊敬していて、家族のことをクロエなりに大切にしている。


 そして最後にジルベールに視線を向けるが、彼はまったく他人のような顔をして手を差し伸べて、クロエもその手を取った。


「おかえりなさい」

「ただいま、帰りました。ジル」

「……」

「おいおい、反抗期だな。ジル」

「あなたももう少し素直になって友人の一人でも作ったらどうですか」


 ほんの数年前まで無邪気にハグをしていた弟と握手を交わすクロエも同じことを思ったが指摘はしなかった。


 なのに父と母は真っ向から指摘してジルベールはすぐに手を離して憤慨した様子で言った。


「違います、反抗期なんかじゃありませんっ」

「そうか?」

「ジル、素直なことは悪いことではないのですよ」

「別に、これが素直な反応ですからっ」


 敬語で一生懸命に反論する彼はすぐに顔を真っ赤にするので、父と母は若干面白がっている節があるように見えた。


 しかしここでクロエが参戦などしたら、彼はもう今回の滞在中に口をきいてくれなくなると思ったので静かに口を閉ざした。


 そんな家族との久方ぶりの再会を終えて、夕食の席ではたくさんの話をした。


 彼らは、クロエからの様々な領地の方での報告を聞いて、情報を仕入れ最終的には婚約を検討しているディオンとのなれそめも詳しく聞いた。


 条件よりも人柄を重視して相手を選んだクロエに対して、それならばと彼らは最終的に同意する方向に話を持っていった。


 マスカール辺境伯家としても断る理由はないだろうということで、王都での交流のさいにも彼のそばにいることを許可してもらうことができたのだった。




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