10 序列
「……それはもちろんです。……ただなんと申し上げたらいいのか。私としても二人のことを知ってから考えていたんだ」
「考えていた、というと?」
「ベルナール様の紹介をえて、クロエ嬢との関係を始めることになったようだが……はぁ、それはなんと申し上げたらいいか、男同士の我々の序列というものを軽視しているかのように映りましたな」
カジミールはベルナールよりも立場は低い、こうして招かれている立場であるし、彼はギユメット侯爵家でたいして力を持つ家柄ということでもない。
しかし、自分の主張に自信を持っている様子で腕を組んで、ディオンに対して言葉を紡いだ。
「そしてその贔屓を受ける方も受ける方だ。私は間違っているとは思えない、そうだろう。リクール辺境伯子息」
「どういった話か分かりかねます。ギユメット侯爵子息殿」
「どうもこうもないだろう。……まず、クロエ嬢が地位の低い男性から言い寄られていて身動きが取れずに、この私に声をかける隙が無かったのは見て取れる。それはいい。もとより気丈な性格も相まってそう簡単には、乗り換える様なこともしたくなかったのだろう」
彼は、クロエのことも交えて語り始める。
しかしその方向性はどこかおかしく、そもそもクロエは声をかけるつもりも乗り換えるつもりもなかった。
それにトリスタンの件は多くの人が知っていて、クロエがうんざりとしていて結婚という物について前向きに考えていないのは理解できるはずだ。
「だが、それもしばらくすれば、誰の元に来るべきかわかっていると知れ渡り、野心ある貴族も声をかけなくなるだろう。そうすれば私はふさわしい女性の申し出を断るはずもなかった」
「……と、言うと?」
「だから、どうしてそう…………リクール辺境伯子息単刀直入に言おう」
「はい」
「上位の者の得るべきものをかすめ取るような行為はみすぼらしい。辺境というだけあってよっぽどマナーを学ぶ機会に恵まれなかったのだろう」
ディオンのことを鼻で笑って言う彼の言葉に、クロエはやっとその主張が理解できた。
がしかし、そもそも辺境伯家だからと言って田舎者ということはないし、王都の中央貴族たちに比べれば地方貴族は全員田舎者であると突っ込みを入れたくなった。
……いいえ、それはまぁ置いておきます。
それで? つまるところ彼は、私という人間、高貴な血筋を持った功績のある女性がいるのならば自分がこのコミュニティーの中で一番に機会を得るべきだと言っているのですね。
「それに比べ、私の領地は王都に最も近く爵位も上だ。ふさわしい女性を見極めるための労力も欠かしていない。トリスタンのような醜態をさらすはずもなければ、彼女を迎え入れるのにふさわしいものをすべて用意できる」
「……」
「私の家庭教師も王都から招集したし、剣術の師は王都の騎士団で隊長を任された手練れだ、大人の貴族とも交流し伝手も多く持っている……そんな私に比べてお前はどうだ?」
カジミールは誇らしげに次々と自分の方が優れていると口にするがその語りを聞いて、クロエは聞くに堪えないと思った。
……その剣術の師には、師匠の威を借りて威嚇することの恥ずかしさを教えられなかったのですか……。
せめて、自分の領地に招いて、剣術を競おうというのならば話は分かるがそんな提案ですらない四方八方に飛散した自分の技能の自慢はとても薄っぺらかった。
しかし、発言であっても、それらしく多くの人に聞こえる言葉であれば、たしかにその通りだと受け止めてしまう人間もいるだろう。
実力が伴わないはったりでも、気おされて侮辱されても引くようであれば実力があろうとも貴族社会では生き残れないなどと言われる場合もある。
そして実際に、この口論でディオンに彼に勝てる部分があるかと言われると難しいだろうというのがクロエの見解だった。
……というかそれ以前の問題しかないですが。
そこを指摘するべきか、しかしそれをしてはディオンがこの口論に応戦しようとしていた場合顔をつぶすことになる。
それを考えると簡単に口をはさむことはできずに、ちらりと彼を見た。
「なにか勝る部分があるというのなら、その身で示すのが道理というものだろう、この無礼━━━━」
「あのさ」
カジミールが追い打ちをかけようとしたとき、彼の言葉をさえぎって、ベルナールがいつもより低い声でさえぎった。
すぐに彼に視線が集まり、カジミールも否応なく彼を見る。
「……僕は、そう言った事よりもっと大切なことがあると思うよ」
きっぱりとした声でいって、それからいつもの笑みを浮かべてアリエルに手を伸ばしてアリエルもその手を取る。
「人のことを思う気持ちとかさ」
「少し恥ずかしいわね」
「そんなことないよ。僕はアリエルのことを心底愛しているし」
「知っているわよ」
「……だからね、そんな茶番はよそでやってほしい。贔屓なんてしているつもりはないし、贔屓したところで意味なんかない。僕は公平だよ。それを否定するのかな」
彼らは惚気をはさみつつも、カジミールのその糾弾は許すつもりはないと示す。
ベルナールやアリエルの言葉に令嬢たちは頬を染めて「素敵~」とのぼせ上って今までの緊張感など軽く吹き飛んだ。
「……」
真っ向から、さらに上位の存在から否定されたカジミールは苦々しい表情で口を閉ざす。
しかし、数秒ののちに、苦笑をうかべて切り替えた。
「……そんなつもりはまったくありません。ベルナール様、少々、思いが強く熱くなりすぎたようです」
「そうだよね。良かった」
彼が引いたことにより、その場は安堵に包まれるが、その目の中に広がる熱はまださめていない様子だった。