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「比べて考えてみれば、一目瞭然だと思うんだよ。クロエ」


 トリスタンはそう言ってクロエに視線をよこす、彼はこうして二人きりになった途端に真剣そうな顔をして切り出した。


 彼の言葉にクロエは窓の外から視線を戻して静かに首を傾げた。


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、二人の間には重たい空気が流れていた。


「俺は……お前にこれっぽっちだって愛されていると思えない、そうだろ?」

「……」

「さっきまでのパーティーのことをよーく思い出してくれ、そうすれば俺が言っていることがわかるはずだ」


 彼の言葉に、クロエは静かに先ほどまでおこなわれていたわがガレリア王国の北側領地の貴族たちが交流するパーティーのことを思い出してみた。


 しかしきっと漠然と思いだせばいいということではないのだろう。


 トリスタンが言いたいのは……比べているのは、あの誰もが憧れるマスカール公爵家のカップルであるアリエルとベルナールのことだ。


 



 華やかな宴の席で、同世代の貴族たちはひとところに集まって、この場で一番身分の高い主催者でもあるベルナールと、その隣に静かにたたずんでいるアリエルのことを話題にあげていた。


「本当に素敵ですわね。まるでアリエル様の愛情が見て取れるようなとても精巧な刺繍ですわ」

「ええ、本当に。以前はアリエル様が描かれた絵画を贈られたこともあったでしょう? それもとても美しかったわ」

「本当だな、ベルナール様はとても愛されていらっしゃる、うらやましい事だ」


 ハンカチに刻まれた彼のイニシャルと美しい装飾の刺繍。


 それはたしかに称賛に値するもので、この北側領地の中で一番仲のいい二人の惚気話に嫌な顔ひとつせずに皆がうらやましいとうっとりする。


 その輪の中にクロエやトリスタンもいて、トリスタンも隣で笑みを浮かべて微笑ましそうに見つめていた。


「皆にそう言ってもらえてうれしいな。僕はあまり才がないから彼女に対して手作りの品を贈るのは難しいけど」

「なにをおっしゃいますか、男などそんなものですよ」

「ああ、そうだ。刺繍なんて肩の凝ることをやるぐらいならば、仲間内とゲームに興じるぐらいがちょうどいい。そんな女々しいことは女性の特権です」


 ベルナールがそう口にすると、男性陣はこぞって彼の擁護に回り、女性陣も朗らかにそうですねと、笑みを浮かべる。


「そうかな。……なんというか僕もそういうふうに素敵な愛情表現をしたいと改めて思ったんだ」

「いやいや、そう言ったつつましさをアピールするのは女性の専売特許、奪ってはいけませんな」

「そうですよ。彼女たちには彼女たちの、我々には我々の使命があるのですから」


 ベルナールの言葉にやっぱり男性陣はとても当たり前のことのように、そう言葉をかけて、トリスタンは男性陣の言葉にうんうんとうなずいていた。

 

 彼らの言葉にまったくもって悪意はなさそうだったがクロエは、ソファーの肘掛けに肘をついたままなんとなく口を開いた。


「あら、じゃあ私はあなた方男性の使命を奪ってしまっているのかしら、こまったことですね」


 男性同士が話している合間に、高く女性らしい声が響いてそんなことを言ったのだから周りの人々は即座にクロエのことを見やった。


 多くの男性陣の視線が集まり、クロエはニッコリと笑みを浮かべた。


 なんせクロエは、これでも女だてらに中央騎士団に所属しており、我々は我々の使命をと言っていた男らしいことの多くを経験して、今も身を置いている令嬢である。


 そんなクロエの言葉に彼らはその通りだ困ったことだとは返すことはなく、一瞬の間が開いてそれから「そうかしら」と女性の柔らかい声が続いて響いた。


 その言葉を発したのはベルナールの隣に佇んでいるアリエルであり、彼女はおっとりとした優しげな様子で、その場にいる全員に目線をゆっくりと巡らせながら言った。


「たしかに性差によって向き不向きはあると思うけれど、どちらかだけにしか許されないことなんて、そうそうないとわたくしは思いますわ」

「そうよ、そうよ。わたくし、男性でも刺繍をしてくれたら嬉しいわ」

「ええ、一緒にドレスを選んでくれても嬉しいもの」


 アリエルの言葉に多くの令嬢たちは賛同し、その様子に男性陣はなんだか苦々しい笑みを浮かべている。

 

 彼らは結局、主張はあっても女性に強くいうことはできない様子で、なんだか困ったなと男同士で顔を見合わせてバツが悪そうだ。


しかしアリエルは続けて言った。


「でも、わたくしはクロエのように勇ましくあることはできませんわ。わたくしは……マスカール公爵領を支える家人になるのですもの。惜しいことだけれど、それがわたくしの愛情ですもの」


 その言葉に男性陣はまあそう落ち着くだろうと納得して、うんうんと笑みを浮かべる。そして彼らは理解ある人のようにアリエルの言葉に返す。


「そうですな、たしかにできる者が外で仕事をして、支える役目と愛情を持った人が家を守ってくれれば安泰だ」

「そうね。いがみ合っているわけではないのだし」

「ええ……わたくしは、ベルナールからたくさんのものを与えられている。それはわたくしには手に入れられないもので、それがないことなんてとても考えられない。そしてわたくしを望んでくれた。だからこそわたくしもあなたを愛しているわ。あなたは逞しくて素敵な人よ」

「ありがとう」


 アリエルは最終的に、ベルナールを称賛する形に話を持っていって、彼が与えてくれる物に対するお礼にこうしているのだと述べる。


 文脈的に、その与えられているものとは男性に庇護されることによる安心感や、彼のような身分の高い男性と結婚して支えることに満足する気持ちのようにも取れる様な言葉だった。


 アリエルのような美しい人に愛されて称えられ、ベルナールは自信ありげに笑みを浮かべた。


 そんな彼らの理想のカップルっぷりに男性陣も女性陣も最終的には気まずい雰囲気もなくさらに話題は変わっていく。


 もちろんその流れにクロエはまったく不満などない。


 彼らの愛情についてはある意味理想的だと思うし、昔からの付き合いだ、今更どうこう思うことはない。


 それにたしかに彼らは正しいだろう。けれども男性陣がクロエを鼻で笑ってその言葉を無視しなかったのは、クロエのことを認めざるを得なかったからだ。


 クロエは一時期、王太子妃の候補にも上がったほどに国内で有名で、高貴な女性としての立場がある。


 だからこそ、男性陣の言葉に無理に合わせるつもりもないし、男は女々しいことなど一切せずに男らしくするべきで、女性はつつましやかで野心を持たずに家人としての役目を果たすべきだだという意見には賛成しないことにしている。


 そしてそれを主張する方が、きっと友人も多少は生きやすいだろうと思ってのことだった。




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