焼き肉屋へ行こう!!
「いやぁー。お疲れー」
セキュリティを解除し、眉目秀麗な伊達男。笹川優人がやって来る。
「おぉ、お疲れーってあれ? 帰って来るの明日じゃなかったっけ?」
「お疲れ様でーす」
彼は義人とはまるで真逆。似た要素は身長ぐらいなもので、その顔は心に太陽を宿しているかのようだ。
顔は細く、二重の大きな瞳。大きな口は自然と笑みを形作り、顎に髭を生やしながらも吹き抜ける春風の如く爽やかで、鍛え上げられた肉体を持ちながらも洗練された印象を強く受ける。
精神的余裕、圧倒的な自信。自身に対する信頼。楽天家。強い好奇心。中学2年の頃から付き合い、結婚を考える程深く愛し合う恋人、『七杜ゆかり《ひちもり》』の存在。要領の良さ、人の良さ。人の懐に入る上手さなど義人が望んでも手に入らない。喉から手が出るほど欲しい物を全て持つ、光り輝く男であった。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「ああ、うん。お疲れ――って、ちょっと待った!!」
両手の平を軽く上げ、彼女の行動を制止する。
「はい。何かありましたか?」
「うん、急にごめんなんだけど。いやね、俺さ昨日から名古屋に行ってたじゃん」
「はい。そうですね」
名古屋で行われているというDDの密造、密売、超人化実験を止める為、愛知県警からの捜査協力依頼であった。
「その現場っていうのがさ、まぁー酷くて。能力者はいなかったんだけどさ。行ったのがマンション、廃ビル、廃工場。3ヶ所だよ。そこで売人、ヤクザ、どっかの国の研究員。買う馬鹿、売る馬鹿とっ捕まえてさ。そこまでは別にいいんだよ。いつもやってることだしさ。でもさ、実験場がまあひでぇの。もうちゃんと掃除しろよってぐらい辺り一面ドッロドロのグッチャグチャのビッチャビチャだったんだよ。もう思い出しただけで鳥肌が立つ」
優人はわざとらしく両肩をすくめてみせる。
「それはきっと被験者が超人化に耐えられなかったんですね。―—ですが、それが何か?」
そんなことはよくある話。別段驚くべきことでもないのでは? と首を傾げる。
「それはそうなんだよ。それはそうなんだけどさ! そんなの時だからこそ、皆で美味しいもんでも食べてさ、明日からの英気を養おうって話になるのが人間ってもんなんじゃーないのかなぁ?」
「——はぁ、なるほど……」
戸惑う彼女に頷く男。一向に噛み合わない二人を見かね、義人は助け舟を出すことにした。
「つまりさ、突然で申し訳ないんだけど、用事がなければ立花さんも一緒にどうですかっていうお誘いだよ」
「——ああ、なるほど。そういうことですか」
ようやく話の意図を掴んで貰い、優人は大層喜んだ。
「そうなんだよ!! 俺は今、まさにそう言おうとしてたんだよ!! さすが義人!! 話が早い!!」
大仰に両手を叩き、幼稚園の時からの友人に賛辞を送る。
「何言ってんだよ。こっちの予定は聞いてこないくせに」
そうだ、そうだと陽斗は後に続こうとしたものの義人の顔を見るに答えは既に決まっているようで、であれば自分が口を挟むべきではないと考え、静観の姿勢を取ることにした。
「じゃあ、なんか用事でもあんのかよ」
言ってみろよ。どうせ無いだろ? ある訳ないよなぁ? 煽りを込めた笑みにそんなことが書いてある。
「いや、別に何もないけど」
「じゃあいいじゃん」
その言葉に笑う男たち。
「それじゃあ、立花さんはどうする? 来てくれたら嬉しいけど、何か用事があるなら別に無理にとは言わないけどさ」
視線を下げ、見上げる彼女の顔を見る。
「…………」
何か考えているのか、何も考えてはいないのか。見る者の心理状態で変化する人形のような彼女の顔に優人は『読めんな……』と思いつつ、答えが出るのを静かに待った。
別にこの後の予定はなく、行くのも嫌ではなかった小春は素直に『行きます』と口にすればいいだけの話なのだが、なぜかこの日は自分でも理解できない現象が起こる。それは答えをそのまま述べるのではなく、ちょっと変わった回答をしてみたくなったのであった。
「そうですね……。それじゃあ、お二人の奢りなら行きますよ」
「え?」
は?
義人が細い目を丸くし、陽斗の方に目を向ける。彼は勿論『自分は何も知りません』と小さく首を振った。
「…………」
冗談なのか本気なのか、それとも誰かの入れ知恵か。どういうつもりでそんな提案をしてきたのかも分からず、そもそも今の今まで冗談など口にしてこなかった彼女がなぜ今日になって口にしたのか。喜ぶべきことなのかどうなのか判断に困る三人は固まり、小春も小春で自分自身に対して困惑している。
「ふーん……、そっか。うん、解った。奢る奢る。むしろ奢りたいよ。奢らせてくださいよ。それで立花さんが来てくれんなら安い安い。な、義人」
「おお、うん。そうだね。奢る、奢るよ」
「それじゃあ俺……個室の店、探しますね」
「おお助かる。頼むよ」
「……ご馳走に、なります?」
「いいよいいよ。任せてくださいよ。たまには先輩らしいことしないとね?」
「うん、そうそう。任せてよ」
二人は何処か引きつった笑みを見せたが、彼女は自分の発言にエラーを起こし、思考を停止させていた。
なんか緊張してきたな……。
脇から変な汗を掻きながらスマホを操作する陽斗。彼も目にする情報を上手く処理できない。
こうして程なくし、4人は無事予約できた個室の焼肉屋に向かって歩き始める。