表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

剛腕の戦士!! ロック・フィスト!!

 ――――ロック・フィスト……?


 その鍛え抜かれた分厚いハムのような大胸筋と特徴的な両腕。そしてその漫画やアニメの中から飛び出して来たような出で立ち。彼女は何かの媒体で目にした男の名前を呼び起こす。

 

 ある種のおふざけとも取られかねない格好は彼と彼に関わる全ての人間の安全を保障する為のものでもあり、株式会社ホッグ・ノーズがキャラクタービジネスを生業としているからでもある。


 会社は彼をモデルとしたメディアミックス作品を制作し、そのある意味実写化にも耐えうるリファインがなされた衣装を纏う彼が活躍することで作品の人気が上がるだけではなく、日本が国際条約を批准し、彼らはあくまで民間人であるということを強調しているという側面もあった。


 そして彼、『桃木陽斗ももき はると』もまた、この衣装をとても気に入っている。


 こうしてロック・フィスト改め桃木陽斗は入室後すぐ身をかがめ、状況を確認。安全を確保してから目の前で憔悴しきった顔の少女に明るく声を掛けた。


「もう大丈夫ですよ!! 助けに来ました!!」


 突然のストレスと恐怖で凍り付いた心を少しでも解きほぐせるよう強く意識した訳ではなかったが、彼の描く大きな三日月はどういう訳かどんな性根の人間であっても不思議と警戒心を緩めてしまう才がある。気付けば彼女もいつの間にか強張った心をその暖かな心根に近づけていた。


「あっ…………」


 彼女の心が軽くなる。その変化に気づき再び頬を動かすと、小銃を構えた隊員たちが物々しい雰囲気を携え教室へと入って来た。


「対象者発見!!」


「大丈夫ですか? 立てますか?」


「あ……。はい……。大丈夫です……」


 彼女は顔を隠し、己を殺す。任務遂行の為の駒に徹する屈強な男たちが放つ高圧的な威圧感を前に仰け反りながらも陽斗の微笑みの効果もあって、なんとか圧し潰されることなく、か細いながらも声を発することができた。


「…………」


 圧がすげぇよ……。


 目は口ほどに物を言うとよく言うが、本当にその通りなのだなぁと感心し、陽斗は笑みを零す。


「さてと……」


 現場を後にする彼女を見送ると、床に転がる男の前にしゃがみ込む。右膝を付き、生死の確認だ。


 どう見ても死んでるんだけどな……。


 額には穴が開き、血は流れ、目は見開いたまま。医者でなくとも判断が下せる有様ではあったが現状能力者は全員、再生能力がある。頭を撃ち抜かれても再生した事例がある以上、油断するなどもっての外だ。全員入室時から再生の兆候がないか目を光らせ続けていた。


「確認します」


 陽斗は次に行う行動を周囲に述べる。銃口が己と男を狙う中、能力を解き瞳に光を当て、脈を測る。傷口からの血が止まる様子はまだ見られない。


 再生はまだか……。


 それともこのままなのか。現時点では断定の仕様がない。


「被疑者死亡。再生、確認できません。経過観察、開始します」


 そう宣言すると立ち上がり、近づくもう1人の隊員と入れ替わる。彼もまた同じ言葉を繰り返した。


「ふぅ……」


 順調に事が進んで行き、陽斗は込めた力を僅かに緩める。 


「ひとまずお疲れ、名無しさん。流石だね」


 インカムでもう一人の協力者、『名無し』。本名、『立花小春たちばな こはる』に称賛を送る。


「……まだ終わってない」


 小春は約800メートル先、ビルの屋上で腹這いになり、能力によって右腕の肘から指先までを流線形で鈍く光る暗い鋼色の狙撃銃で覆っていた。そして同時に極限まで高められた視力と聴力を駆使して見えない室内の様子を捉えている。


 表舞台に立つ予定のない彼女に便宜上用意されたヒーロー名は『ストレンジャー』。望まぬ能力を得た代償として記憶を失い、自身の名前すらも思い出すことのできなかった彼女をビジネスに利用することは躊躇われ、念の為、彼女に可否を問うと『どちらでも構わない』という答えが返ってきた。国が『名無し』という名を彼女に与えたのもこの為である。


 160センチ代の身長に頭の先から爪先までを覆い隠す特殊部隊用の戦闘服。目出し帽まで使用し、彼らと同じく自身に関する情報を徹底的に遮断。個性を黒く塗り潰す。

 

 その姿を目にした者たちが噂する彼女の様相は正しい部分もあり、顔立ちは目端で捉えれば追ってしまう凛とした白い花のようであり、肌は柔らかく潤い、しなやかでハリがある。防弾チョッキで隠れた胸は豊満で、髪は濡れた烏の羽の色。元々は肩甲骨辺りまで伸ばしていたが、現在は首の辺りで切り揃えられている。

 

 そして能力の影響とも呼ぶべき変貌を果たしてしまった彼女の内面、乱れぬ水面を映し出す鏡としての表情は感情表現を放棄し、己の色を失い、無色となった眼球もただ目の前の情報を脳へと伝達する澄んだ凸レンズへと形を変えていた。


 そんな彼女の能力は身体能力の超人化と高い再生治癒能力。そして触腕の生成である。この触腕は体のどこからでも生やすことができ、タコやイカのそれと同じく筋繊維状態と体内の金属物質を用いて強化することも可能だ。また、同時生成できる本数は計4本。さらに強化した触腕を腕に巻き付けることで電磁砲にもなる。但し弾もそれを撃ち出す為のエネルギーも彼女の体から生成されるものである為、その力は有限。発射された弾丸を操作することは不可能だ。


「真面目だねぇ」


 中学2年の秋頃から付き合い始め、彼女が記憶を失った大学1年時まで付き合っていた元恋人の変わらぬ気質に過去の記憶が微かに蘇る。


「……」


 この後の流れは医師免許を持つ研究所職員による超人化抑制薬、通称『ハルペー』の投与だ。その名の由来はギリシャ神話の英雄ペルセウスがメデューサ退治の際に使用したとされる伝説の武器からであり、投与の理由は今の科学技術、予算では能力者を能力者のまま拘束することはできない。では、罪を犯した能力者をどう裁き、どうやってその刑を全うさせるのか。人類は『梅竹義人うめたけ よしひと』という最初の超人から約6年、彼と彼の幼馴染でもう一人の超人、『笹川優人ささかわ ゆうと』の協力により能力者を元に戻す特効薬を完成させた。


 しかし、この薬はまだ不完全な代物で、健康な状態では効果を発揮することができず、体の再生を最優先させるような深刻なダメージを負った状態でなければならない。先刻の狙撃もこの程度のダメージを最低限与える必要があるからだ。


「ん?……」


 先程からぴくりとも動かず再生の兆候すら見せない男に陽斗は妙な違和感を覚え、組んでいた腕を解き、僅かに緩んだ気を再び締め直す。


「……」


 なんだかな……。


 首の後ろがチリチリと騒ぎ出し、何かが起こる可能性があると強化された身体機能の一部か、それともこれまでの経験則から来る勘なのか。兎にも角にも意識的に拾い上げることができなかった変化を無意識だけが見逃さなかった。


 なんだ、この感覚……?


 このまま無視して良いものか疑問が生じる。


「————ッ!!」 


 その時、男の右手の指が動いた。


「再生反応確認ッ!!」


 陽斗は叫び、素早く右の拳を振り下ろす。その威力は加減してはいたものの頭蓋を割ることに迷いはなかった。


 空を切る音と共に衝撃が室内に響き渡る。


「!!」


 マジかよッ!!


 右に傾いた男の頭。散大していた瞳孔が収縮し、陽斗の仮面を捉える。


 ヤバいッ!! 逃げられるッ!!


 ぼやける視界。吹き飛び、欠けた脳で情報を処理する余裕などある筈もなく、男は感覚的に頭を動かした。ただそれだけのことではあったが、それが運良く回避行動へと繋がり、陽斗に精神的ダメージを与える。


 ハッ……!! ハッ……!!


 男はこれまでの短い人生の中で微塵も考えたことなどない自身の脳みそについてとても深く、皺の一つ一つまで丁寧に丁寧に注意深く観察し、その脈動を感じているかのような鮮明な感覚に襲われていた。傷口から肉が盛り上がり、欠損部分を駆け回る犬が如く瞬時に埋めていく。


 舐めんなッ!!


 陽斗は逃がすまいと素早く左手で男の首を押さえ付け、床に固定すると迷うことなく無防備なみぞおちへ左膝を叩き落とした。


「ガッ……!!」


 骨の砕ける音と共に肺を押し潰され、生存に必要な空気が外へと漏れ出す。この部位への攻撃は横隔膜を停止させ、呼吸困難を引き起こした。続けざまに当てられた耐え難い苦痛。男は再び意識を失った。


「————ふぅ……」

 

 危ない、危ない。

 

 ゆっくりと体を起こし、陽斗は肩の力を抜く。ここで逃がしたら人質や隊員らを再び危険にさらすところであった。

 

 これが火事場の馬鹿力ってやつか……。

 

 先輩、義人も経験したという限界を超えた能力の発現。能力の限界とは? という話にはなってくるのだが、話に聞いていた現象を目の当たりにしたのだろうと思えてならない。

 

 恐ろしいね、まったく。

 

 同じ能力者であってもこの恐るべき耐久力、再生能力には驚かされる。

 

 たぶん俺も周りからこう見られてんだろうな。

 

 ふとそんなことを思いながら顔を上げると、


「…………」


 やはり銃口がこちらを向いていた。


「もう大丈夫です」


 両手を軽く上げ、隊員らに安全を訴え掛ける。そして小銃を持ち上げたまま固まる彼らに笑みを向けた。


「薬、お願いします」


 その言葉を受け、隊員の1人が待機する医師を無線で呼び、張り詰めた空気が僅かに緩む。


「——―—ふぅ」

 

 息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がる。こうして事件は幕を閉じた。

星評価、よろしくお願い致します!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ