1-6 さよなら
私が皮肉を込めた挨拶を発した途端、それまで沈痛だったギルド内の雰囲気が一気にポカンとしたものに変わった。
その最たるものがグランディス・ソードの三人で、揃って目玉がこぼれ落ちるくらい私を凝視してる。ずいぶんと間抜けなお顔をさらしてくれちゃって。期待に添えず悪かったわね。でも安心して、私は亡霊じゃないから祟りはしないわよ? もっとも――亡霊だったら祟るだけで済ませないけどね。
「ミレイユさん……ご無事だったのですね……!」
そんな中でカタリナさんだけは涙をにじませて歓迎してくれた。
そうだった。彼女だけは昔から私のことを親身に心配してくれてたっけ。思い出した彼女の優しさに私も笑みで応え、それから冷たい視線をクーザリアスたちにぶつける。
「ぶ、無事だったんだな。良かったぜ。あの状況だったからな。てっきりもう――」
「完全に殺したと思った?」
言葉を遮ってぶっこんでやると、クーザリアスが固まった。誤魔化そうったってそうはいかないわよ。
「殺した……? どういうことですか?」
「こいつらがさっき報告してた内容は、一点を除いて概ね事実よ。出てくるはずのないアースドラゴンが出てきたのは本当。そしてクーザリアスが倒したのも間違いないわ――私ごと串刺しにしてね」
その瞬間、ギルド内の空気が確かに凍った。
「詳しく説明して頂けますか、ミレイユさん?」
「ええ、もちろん。最初は普通に戦ってたんだけど、私たちは苦戦してたわ。知ってのとおりアースドラゴンの体は硬いし、剣とは相性が悪いもの。
だけど滅多に会えない大物にせっかく遭遇したんだから、何としても倒したかったんでしょうね。私が撤退を提案しても受け入れず、それどころか彼らは私をアースドラゴンの前に突き飛ばしたの。そして私を食べるために開けた大口めがけて、クーザリアスが剣を突き出したのよ。私もろとも、ね」
確かに私は足手まといだった。戦闘で役に立てず、補助魔法もいろいろ使えるけど強力というわけでもない。でも、だからこそ言われるがままに何でもやった。索敵に荷物持ちにパーティ資産の管理、その他雑用まですべて。それなりに役に立ってるつもりだったんだけど、まさかこうもあっさり切り捨てられるとは思ってもみなかったわ。
「……それは本当ですか?」
「い、いや、その……」
「あ、あれは仕方がなかったんだ!」
「そうだ! あのままだとパーティが全滅するかもしれなかったんだ……!」
ジャンナがうろたえ、ダレスとクーザリアスが言い訳を叫ぶ。けど。
「それが本当なら……テメェらを見損なったぜ」
誰かがそうポツリとつぶやくとそれがさざなみとなって広まり、カタリナさんを始め全員の視線が尊敬から軽蔑に変わった。
探索者は危険な職業だからこそ仲間を大切にする人が多いし、仲間を見捨てるのはよほどの事態じゃない限り最も軽蔑される行為。ましてモンスターを倒すためとはいえ、私を殺そうとしたともなればこうした目を向けられるのも当たり前よね。
だっていうのにクーザリアスは私へ向き直ると、ヘラヘラと笑って近づいてきた。
「なぁ、ミレイユ。お前もそう怒んなよ。俺だって本当はあんな事したくなかったんだ。お前は大事な俺のモンだからな……今晩、たっぷり可愛がってやるから機嫌直せって」
そして耳元に顔を寄せてそう囁き、私の肩を抱き寄せようとしてくる。
その瞬間、私はその手を思いっきり叩き落とした。
「触らないで――汚らわしい」
この男と私は恋人だった。いや、そう思ってたのは私だけでしょうね。何度も体を重ねたことがあるけれど、私は知ってる。コイツには他にも女がたくさんいるのだ。
それでも私が離れなかったのは怖かったからだ。義手で顔に傷のある、家族に見捨てられた女でも、まだ誰かに必要にされていると思いたかったんだと思う。だけど――それももう終わり。
「貴方――いえ、貴方たちが私をどう思ってるか分かってるわ。単に都合のいい奴隷が欲しかっただけでしょう? でなきゃ私に自費でアイテムを揃えさせたり、迷宮内で荷物を全部持たせて先頭を歩かせたりしないわ。怪我してもポーションさえ使わせてくれなかったし。まして、報酬は貴方たちの十分の一。さぞ私という存在は便利で使い勝手が良かったでしょうね」
これまでコイツらがしてきた扱いを全部暴露すると、いよいよ周囲から怒声が上がっていった。中には「信じられねぇ……」みたいな声も聞こえるけど、全部誇張なしの事実なのよね。ホント、我ながらこんな奴らに従ってたなんて、どうかしてたわ。
「最低だな、『グランディス・ソード』ってのは!」
「テメェらみたいなのがいるから、探索者の評判が下がんだよ!!」
「ち、違う! 誤解だ!」
「そうだよ、ミレイユ! 別にアンタをそんな風に扱ってたわけじゃなくて……」
批難に堪えられなくなったダレスとジャンナが必死に弁明してくる。けど、もう遅いのよ。
「カタリナさん。私、ミレイユはこの場で『グランディス・ソード』の脱退を申請するわ」
「なっ……!?」
「分かりました。書類を準備しますのでこのままお待ち下さい」
すぐにカタリナさんがサラサラと書類を作成していき、私が署名する。この瞬間、私はグランディス・ソードの人間ではなくなった。あれだけ私自身が執着していたはずなのに、あっけなく関係は終わった。寂しさが無いわけではないけど、心は晴れやかだわ。
「では、ごきげんよう」
立ち尽くしてる三人に向かってカーテシーをして背を向ける。さ、エリーのこともあるし、ちゃんとこれからの事を考えないとね。
「待てよ、ミレイユッ!」
新たな一歩を踏み出そうっていうのに、追いかけてきたクーザリアスが私の肩をつかんで強引に振り向かせる。
「テメェどういうつもりだぁ……! 分かってんだろうなぁ……?」
外向けのヘラヘラとした笑顔の仮面は剥がれて、憤怒に満ちた表情で胸ぐらをつかみ上げ私に顔を寄せる。あら、ずいぶんと余裕がないのね。
「家にも見捨てられて、探索者としてもアテの無かったお前を拾ってやったのは誰だ? その恩を忘れたとは言わせねぇぞ……!」
私が気に食わない態度を取ると、彼はいつもこうして怖い顔で凄んできた。そんな彼が恐ろしいのと、捨てられたくない一心で私は従ってきた。未熟な私はそうするしかできなかった。だけどね、私はもうそれに怯えるだけの小娘じゃないの。
「俺たちから離れたところでお前に何ができる? 他のパーティだって今さらお前を受け入れてくれやしない。お前は俺らのところで働くしかないんだよ……!」
「……そうね。一人で何とかその日暮らしできる依頼しか受けるしかできなかった私をパーティに誘ってくれたのはアナタ。おかげで私は孤独から免れたし、居場所ができて嬉しかった。それはすごく感謝してる」
「はっ、分かってんじゃねぇか。なら――」
「でもね」
身体強化した右手でクーザリアスの右手を強引に引き剥がす。驚く彼の顔を見つめ、微笑む。
そして彼を投げ飛ばした。
背中から叩きつけ、鈍い音とともに体が弾む。追いかけてきたダレスとジャンナが唖然と息を呑んだ。
衝撃で咳き込むクーザリアスの胸を踏みつける。そして、私は上から見下ろした。
「アナタたちはやり過ぎたの。私は奴隷じゃない。昔の――出会った頃の私とアナタたちのままだったらまだ上手くやれてたかもしれない。けど、もうそうじゃないの」
追いかけてきたダレスとジャンナへ振り返り、その顔を眺めると呆然としたまま私を見上げるクーザリアスへ向き直り、告げた。
「さようなら、『クー』」
私は、また歩き始めるわ。
最後に愛称で呼ぶと、入口で待っていたエリーに「行きましょ」と声を掛けた。そのまま振り返ることなく、私たちはギルドを後にしたのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
リアクションだけでもぜひ!
どうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>