4-11 ユグドラシル
「私にやってほしいこと?」
私の手を強く握るエリーに問い直すと、彼女は大きく首を縦に振った。
「そうッス。E・Eさんが言うには、私には古代文明を作った人らの『いでんし』ってのがあるらしくて、『ユグドラシル』へ入れる人を決められるっぽいんス」
なるほど、禁書庫で分かった特別な資格っていうのはそういうことね。日本でもあった生体認証と似たようなものかしら。
「だからミレイユさんに許可を出したッス。これからE・Eさんが準備してくれた必要な情報を渡すんスけど……」
「また前みたいに頭の中に知識を叩き込まれるってわけね」
そう言うと、うなずきながらもエリーの表情が曇った。うへぇ、こないだの「アレ」がまた来る……いいえ、たぶんもっときついんでしょうね。ユグドラシルへのアクセス許可ってことは管理者権限と同義。単なるユーザーの知識とは比べ物にならないのは簡単に想像できるわ。
だからって。
「やらないって選択肢はないわ。いいわ、お願い」
「……死んじゃうかもしれないんスよ?」
「……そうね」
改めてそう言われると少し決意が揺らぐ。でもどうせこのままだとみんなモンスターと迷宮に押しつぶされてしまうのは確実。現に、私の直ぐ側に大きな瓦礫が崩落してるし。
それに。
「誰かのために死ねる。結末は同じでも、一方的に押し付けられたものとは全然違うもの」
見下ろせば、腹から剣が突き出た私の姿が蘇った。
何度経験しても死ぬのは……怖い。けど、前と違って今回は私がその道を選ぶ。大切な何かを守るために。なら、笑って逝けるってもんよ。
でもね。
「私の夢はまだ途中なの。それにユフィと約束したしね。エリーと一緒に帰ってくるって。だから……私はまだ死なないわ。安心して」
いつの間にか涙に濡れていたエリーの頬を指先で拭う。それから――口づけをした。
「んなっ!?」
エリーが顔を真赤にして私から離れた。ふふっ、可愛い反応ね。
「さ、始めて」
「もう……それじゃ始めるッス」
未だ頬を赤らめたままのエリーが、私の手を取って目を瞑った。
すると彼女の体から淡い光が放たれ始めて、それが私へと伝わっていく。
ほんのりとした熱を感じ、じわじわと熱くなっていって――次の瞬間、燃え上がるような熱で全身が焼かれていった。
「――――ぁぁぁあぁぁぁっっっ!!」
脳で血液が沸騰する。内側から体を焼いていき、その圧力で体が破裂したみたいな痛みが襲って、一瞬で意識が暗転。赤と黒の明滅の中、以前と同じようにエリーの記憶の奔流を凄まじい勢いで通り過ぎていった。
「――……?」
そして気づけば私は一つの部屋の中にいた。部屋は淡く白く、空気はどこまでも清浄。最初は前にE・Eに知識を叩き込まれたのと同じ場所かと思ったけど、そことは違う場所とすぐ分かった。
部屋にはカプセルのような物がずらりと円周状に並んでいた。その一つ一つからケーブルが伸びていて、そして中央には樹を模した巨大なオブジェクトが圧倒的な存在感で立っていた。
「これが……ユグドラシル」
静寂に私の声がどこまでも響く。
触った質感もまるで樹そのもの。だけどずっと視線を上に伸ばしていけば枝は人工的なケーブルに枝分かれして、そこからも無数に分岐していた。なるほど、ユグドラシルとはよく言ったものだわ。
そうした幻想的な光景に目を奪われていると、不意に触っていた幹が蠢いた。慌てて飛び退けばゆっくりと幹が左右に割れていって、その奥から新たなカプセルが現れた。
「ひ、と……?」
そしてその中には女性らしき「人」が漂っていた。彼女は目を閉じて眠っているかのようで、だけど私が恐る恐る中を覗き込んだ瞬間、目を開けた。
吸い込まれていくような彼女の瞳に囚われた。恐怖にも似た、畏怖とも言える震えが全身を駆け巡る。ぞわりと肌が逆立ち、体が硬直して動かせなくなる。例えるなら――神と対峙したみたいに。
そして。
「――ようこそ」
その顔が怪しく微笑み、口がそう動いた。そう言った気がした。
その途端に私の意識が加速した。まるで光の粒子になったように体の感覚が消えて、ただ知覚だけが凄まじい勢いで広がっていく。あらゆる事象を理解し、あらゆる事象が手に取るように知覚できる。そうして一際激しい光の奔流の中に飲み込まれていって――
「……、……ん、お…て………いっ」
世界が暗転した。音を次第に取り戻していく。体が揺さぶられ、その度に感じる鈍い痛みに私はゆっくりとまぶたを開けた。
「……エリー?」
私は血溜まりの中に転がっていた。
ゴツゴツとした感触が顔に当たって痛みを覚え、耳がエリーの泣き叫ぶ声を認識すると意識が次第にハッキリとしてくる。私はゆっくりと体を起こした。
「ミレイユざんっ! 無事で良がった……呼んでも呼んでも目を覚まさながったから、もうダメかと思いばした……」
……相当に心配かけたみたい。エリーは涙と鼻水まみれでぐっちゃぐちゃで、そのまま私に抱きついて嗚咽を漏らし始めた。私の顔を拭えばねっとりと真っ赤な血がついてる。ああ、そりゃこうも心配するわよね。でも大丈夫よ、もう。
「ちゃんと生きて帰るって言ったでしょ?」極力笑いながら彼女の頭を撫でた。「それより……どれくらい意識無くしてた?」
「ホンの数十秒ッス。E・Eさんが出してくれたモンスターとガイアスさんたちがずっと守ってくれてたッス」
E・Eはともかく、ガイアスたちには頭が上がらないわね。
さて――なら、寝てた分仕事をしましょうか。
目を閉じ、開く。するとそこには無数のコードが散らばる世界があった。その背後で、クーザリアスが剣を振り上げ、ガイアスが盾を掲げたまま止まっていた。
コードのいくつかが、ゆっくりと書き換えられていってる。まるで、時計の秒針がゆっくりと時を刻んでいるかのように。
――けれど、それも終わりよ。
「エージェントの権限を停止」
空中を私の指が踊る。するとコードの変化がピタリと止まった。カーソルがチカチカと同じ場所で点滅するだけで、それ以上何の変化も生まれない。
新しい力もちゃんと機能してるみたいね。少し安心する。
「続いてバックアップデータをアップロード。全モジュールに二十四時間前のデータを反映」
上手くいけばこれで当面はなんとかなるはず。緊張しながらそう宣言すると、すべてのモジュールファイルが閉じて再度開かれる。同時に、崩れて転がっていた天井や壁の残骸が、始めから無かったように一瞬で消え失せた。
ゼナスの頭上に崩落しかけていた瓦礫も消え、天井の孔が塞がる。私を守っていたモンスターも、クーザリアスに斬り伏せられた死骸も無くなった。迷宮の時が、巻き戻った。
「ふぅ……」
大きくため息が思わず漏れた。私ももう倒れてしまいたいところ。だけど――まだ終わりじゃない。
すべての元凶のコイツを修正しないと、ね。
「AIエージェントの行動規定モジュールをオープン」
非常によくできたプログラムだけど、こうして知識を得た今なら分かる。有能だけど、自動で迷宮を改修させるにはバグとも言える穴があるし、なにより権限を与えすぎてる。プログラムの穴をついて、上位であるE・Eの権限までも変えてしまうんだから。
「お疲れ様。だけどしばらくはおやすみなさい」
AIエージェントのモジュールそのものをすべてのコードから引き離し、さらに機能そのものを停止させる。落ち着いた場所でプログラムを修正したら、また働いてもらうからそれまで待っててね。
「プログラム、クローズ」
そうして一言宣言すると、すべてのコードが視界から消え失せて元の世界へと戻ってきた。ゆっくりだった時間進行が正常に戻り、剣と剣がぶつかり合う音が再び響いた。
あれだけ苦労してた迷宮の異常がこんなにあっさり止まるなんてね。分かってることだけど、管理者権限ってとんでもないカードだわ。そりゃ特別な資格が必要よね。
「さて、と……」
残った後始末も終わらせないといけないわね。
私はただ一人残ったかつての仲間の元へと歩いていった。
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