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1-5 死人の帰還




「はぁ~……そういう事ッスか。状況はなんとなく理解したッス」


 迷宮を脱出し生き残った事を改めて喜びあうと、私たちはすぐ近くの王都・シュヴァルクへと帰り着いて、その道すがら、私は自分が分かる限りの事情をエリーと共有した。

 以前にこの世界で生きていて殺されたこと、死んだ後に何故か日本に転移して十数年普通に生活していたこと、そして今また死んだはずの直後に戻ってきてることなどだ。思いつくままに話したからあまりまとまりも無かったけど、エリーもとりあえずは納得してくれたっぽい。


「なんていうか、その……聞いてる限りだと、ミレイユさんも相当に過酷な人生ッスね」

「まぁそうかも。でも私にとってはもう過去の話よ」


 未練はあるし、恨みは今でも残ってる。傷は無くとも刺された腹はいつまでもうずいてた。正直、今もまだいろんな想いが静かに燻ってる感覚はある。

 だけど日本での生活は大変ながらも楽しかった。好きな事に出会えてそれを仕事にできたわけだし。少なくとも、最初に死ぬまでの人生を完全にではないにせよ、毎日の中で過去のものとして吹っ切れるくらいには充実してた。


「……ホント、申し訳ないッス」


 努めてなんでもない風にそう伝えたんだけど、エリーの顔は曇ったまま。なのでその黒髪をくしゃくしゃと撫でてあげる。


「もう気にしないでいいわ。日本での生活に心残りがないわけじゃないけど、私は私で死んだ後の人生を改めて歩きなおせるわけだし」


 プログラミングができないってのは正直残念というかショックだったけど、幸か不幸か、魔法の改良なんて似たようなことができるって分かったし、その点はむしろワクワクしてる。日本ではそこまで親しい友人がいたわけじゃないし、家族もいない一人暮らしだったのも幸いね。

 唯一、プロジェクトが途中だったのが気がかりだけど、良くも悪くも日本は幾らでも代わりがいる社会だ。私がいなくても、最終的にはなんとかなるだろうし、忙しさにかまけて私の存在もいずれ忘れ去られるだろうと思う。


「それよりもエリー、貴女の方こそ大丈夫なの?」


 この時代は、エリーたちの時代から数十年前だ。つまり、世界の危機に陥ってるとかいう時代とは無関係ではないまでも、危機に対してできることって無いんじゃないかしら?

 そう尋ねるとエリーは「あー……たぶん大丈夫ッス」って言いながら王都の町並みを微笑みながら眺めた。


「誰が何のためにミレイユさんのとこに導いてくれたのか分かんないッス。けど、たぶんこの時代に辿り着くのが狙いだったと思うんスよね。単なる勘ッスけど」

「どうしてそう思うの?」

「これも何の根拠もないんスけど、アタシたちの時代がやばくなったのって、きっとここ数年とかじゃないんスよ。それこそ始まりはずっと前の時代――まさにミレイユさんが死んだ今くらいから少しずつ始まってたんじゃないかって」


 なるほど、そういうこと。今の時代からなのかはともかくとして、エリーたちの時代より前なら、芽が小さいうちに潰せるってわけね。そう考えると、確かにエリーにとっても悪くはない状況だわ。


「なもんで、私のことは気にしなくて全ッ然オッケーッス。それで……アタシたちは今、どこに向かってるんスか? ミレイユさんのお家ッスか?」

「探索者ギルドよ。このままだと私は死んだことになっちゃうし」


 クーザリアスたち「グランディス・ソード」の三人が私の死を報告するだろうし、そもそも私たちがいたのが深層とはいえ、あの階層でアースドラゴンなんてのが複数出てくるのが異常だもの。そこらもちゃんと報告しとかないとね。


「それに、この時代で生活するならアンタも探索者の登録しといた方が良いでしょ?」


 というわけで、そうして歩くこと十数分。私たちは王都の中心部にあるギルドのシュヴァルク支部に到着した。

 シュタイア王国の王都支部だけあって建物は古いけどそれなりに立派。体感上はもう十数年以上前だから記憶はおぼろげだけど、夕暮れ前のこの時間なら探索者がひっきりなしに出たり入ったりしてたはず。なんだけど。


「妙ね……」


 今は、入る人はいるけど出てくる人はほとんどいない。ドアが開く度に中の喧騒が外に漏れてくるものなんだけど、それも奇妙なまでに聞こえてこない。

 怪訝に思いながら私たちもドアを空けて入る。と、すぐに理由が理解できた。


「……もう一度確認しますね? 迷宮の九階層目に、本来出現するはずのないアースドラゴンが出現した。間違いないですか?」

「ああ、そうだ! この『グランディス・ソード』が確認したんだ! 嘘とか見間違いとかじゃねぇ! だが安心してくれ。そのアースドラゴンも俺たちが倒した!」


 受付のカタリナさんに向かって、金色短髪の男が大声でそう主張していた。

 私がいたパーティ「グランディス・ソード」のリーダーであるクーザリアスだ。一発で分かった。後ろには、背中に大きな盾を背負った巨漢のダレスと、布地の少ない衣装で筋肉質かつ扇情的な色気を振りまく赤毛のジャンナらしき姿。忘れたくても忘れられないあの三人の姿がまとまって立っていて、彼らを見た瞬間、私の胸がきしんだ。

 クーザリアスの報告に、ギルド内のざわめきは止まらず人もどんどん集まっていってる。これがそこらの探索者なら一笑に付されかねない報告だけど、仮にもA級探索者の報告だからか、みんな固唾を飲んで傾聴してる。


「……分かりました。貴重な情報、ありがとうございます。すぐにギルド長に報告し、特別調査隊を編成します」


 カタリナさんだけは周りと違って、努めて冷静。手元に視線を落としてメモを書いていたけど、ふと顔を上げた。


「あの……ところで、ミレイユさんの姿が見えませんけど……?」

「アイツは……死んだよ」


 クーザリアスが歯を食いしばりながら絞り出すように私の死を告げた。


「そんな……!」

「本当だ。一瞬だった。あと一歩まで追い詰めてたところで……油断してしまった」

「アースドラゴンの尻尾に貫かれてさ……ひっ、グス……せめて、遺体だけでも連れて帰ってやりたかったんだけど……私たちも倒すので精一杯でさ」


 ダレスは腕を組みながら眉間にシワを寄せ、ジャンナは顔を覆いながら涙声で。三人が各々悲壮な雰囲気を醸しながら説明すると、冷静だったカタリナさんの顔が歪んで、聞いてた周りの探索者たちも一様に沈痛な顔を浮かべた。


「はっ! しらじらしい……」


 なんとも演技が上手なこと。よくもそんなでまかせをペラペラ言えるものね。最初っから私を守る気も無かったどころか、アースドラゴンの前に突き出したくせに。

 あの三人なんてもうどうでも良い存在になったと思ってたんだけど、そんなことは無かったみたい。嘘八百を並べ立てて同情を買おうとしてる姿を遠くから眺めてるだけで、その横っ面を殴り飛ばしたくなってる自分に気づいた。


「エリー。悪いんだけどちょっとここで待っててちょうだい」


 拳を握りながら怒りを抑えて、代わりに身体強化魔法のコンソールを開く。

 構成しているコードをちょっといじって、効果を強化。そこに魔力を思いっきり注ぎ込んでエリーに作り物の笑顔を向けると、ゆっくりとアイツらの方へ私は歩いていった。

 人混みを強引にかき分けていくと探索者たちが舌打ちをしてくる。けど、私も「グランディス・ソード」のメンバーだ。それなりに顔は知られてるから私を認めた瞬間、みんなギョッとした顔を浮かべた。


「おい、あれ……」

「なんだよ――は? え?」


 クーザリアスたちと私の顔を見比べる探索者たちの壁を抜け、そして私は仁王立ちになった。

 突然の闖入者にクーザリアスたちは不躾な視線をぶつけてくるけど、それが私だと気づいた瞬間に表情が固まった。

 奇妙な静寂が立ち込めた。みんなの視線が私に集まる。

 私は努めて冷静に声を発した。


「こんにちは――死人が帰ってきたわよ?」







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