4-10 アクセス許可
エリーは歯噛みしながら戦いの趨勢を見守っていた。
イゴールとクーザリアスを相手に奮闘するミレイユに、エリーは何度も心臓が止まりそうな心地だったが、最終的に形勢を逆転させた彼女に安堵と誇らしさを覚えた。
しかしイゴールが再びモンスターを召喚したところで、その気持ちも霧散した。
鳴り響く地鳴りに揺れる迷宮。彼女もまた迷宮の崩壊が始まったのだと直感した。ミレイユを見れば、手の動きから必死に崩壊を食い止めようとしているのが分かる。
再び始まる戦闘。ガイアスたちが壁となって激しく剣戟の火花を散らすのを見て、エリーは再び歯噛みした。
「私は……」
なんて無力。今すぐにでも加勢に走りたいが、手を縛られた今の状態では足手まといにしかならない。出来ることと言えば――
「お願いッス、E・Eさん……お願いだから返事をしてほしいッス……!」
意識を取り戻してからというもの、断続的にエリーはE・Eへと呼びかけていた。彼女ならば迷宮の崩壊とモンスターの出現を止められるかもしれない。たとえできなくても、ミレイユのアシストくらいならば、と。しかし、今なお彼女からの返事は無かった。
そうしている間にも、見るからに状況は悪化していっていた。天井の崩落は次第にひどくなり、ガイアスたちも三人がかりにもかかわらず劣勢になっている。
(このままじゃミレイユさんが……)
再びエリーは縋るような心地でE・Eへと呼びかけた。すると彼女の内側からノイズ音が届いた。
「E・Eさん!? E・Eさんッスか!?」
「……こ…ちらエレクトロ・エレクトラ。エリー、私を呼びましたか?」
感情のこもらない淡々とした口調。呑気にも聞こえるが、逆にエリーには頼もしくも思えた。
「もうずっと呼び続けてるッスよ! それより、迷宮がもうヤバいんス! なんとかならないッスか!?」
「状況は把握しています。その対処をしていて呼びかけへの反応が遅くなりました」
「なら!」
「しかし迷宮コードの連鎖的崩壊はすでに深刻なレベルです。暴走したエージェントはメモリへの不正アクセスまで開始。すでに私の権限を超えてしまっています」
ミレイユと違い、エリーにプログラミングに関する素養は無い。なのでE・Eが話した内容の半分も理解できていない。それでも、望んだ回答では無さそうだと察した。
「えと、つまり……?」
「状況は絶望的」
端的な回答に、エリーは膝から崩れ落ちた。座り込んでうなだれ、それでもなんとか言葉を絞り出す。
「でも……でも、ミレイユさんなら……!」
「彼女の能力は、人間としては確かに顕著なものがあります。前回の対応策も私にはない発想でした。しかし私、そしてエージェントの実務能力は人間のそれを遥かに上回っています。彼女に――この状況の改善を期待するのは不可能です」
エリーは泣きそうな目でミレイユを見た。目や鼻から血を流しながら、高速で手を動かし続ける彼女。その努力が報われないとE・Eは言う。
しかしE・Eから「ですが」と続いて、エリーは悔しさに濡れた顔を上げた。
「一つだけ期待できる方法があります」
「な、なんスかっ!? 私にできることなら何でもやるッス!」
「『ユグドラシル』。そこへのアクセス許可をミレイユへ与えてください」
「え?」
「そうすれば事態を打開できるかもしれません。それができるのは、かつてこの世界のシステム構築に携わった人間の遺伝子――『血脈』を受け継ぐ者だけ。そしてそれこそが――エリー、貴方です」
「私が……?」
自分が「ユグドラシル」にアクセスするためのキーであるとは言われていたが、まさか本当にそうだとは。
エリーは自分の手を見下ろした。E・Eに言われてもまだ半信半疑ではあるが、彼女がそういうのであればそのとおりなのだろう。そしてそれでミレイユを救えるのであれば、その資格を行使しない理由はない。
「ただし事態を改善できる保証はありません。くわえて、本来であれば時間を掛けてゆっくりと知識を消化していく必要があるところを、刹那の時間でミレイユに理解してもらわなければなりません。彼女の脳がその負荷に耐えきれない可能性は高いです」
「っ……」
エリーは逡巡した。今の段階でもミレイユはだいぶ無理をして戦っている。そんな状況でさらに彼女に負荷をかければ、E・Eの言うとおりの結末が待っているのは想像に難くない。
「きゃあああぁぁっっ!」
悲鳴が上がりエリーが目をハッと開けて振り返る。そこには、クーザリアスに弾き飛ばされたメルディアの姿があり、そしてクーザリアスとミレイユの間に道ができていた。
逡巡の時間など、無い。エリーは即座に叫んだ。
「アクセス許可を与えるッス! だから――」
「了解しました――資格管理者の許可を得て特別プロトコルD-999を実行。彼女に委ねます。同時に、防御プログラムを発動。安全を確保します」
ミレイユの元へクーザリアスが飛びかかっていくが、不意に地面が盛り上がって彼とミレイユの間にモンスターが次々と現れていく。その様子に大きく胸を撫で下ろした。
「プロトコル実行完了。対象者への伝達を残すのみ。E・Eはシステム保護のためスリープモードへ移行。後はエリー、頼みます」
そしてE・Eからの反応は途絶えた。
エリーはミレイユの元へと走った。彼女の前に立ち、縄を切ってもらうとその強張っていた顔がほころんだ。
対照的にエリーの顔がくしゃりと歪んだ。ミレイユの姿は見ていて痛ましい。だけどさらなる負担を彼女に掛けなければならない。
エリーは彼女を一度だけ強く抱きしめると、表情を引き締めてミレイユの手を力強く握った。
「――ミレイユさんにやってほしいことがあるッス」
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