4-9 Access Denied
「う……げほ……!」
喉にまとわりつく埃っぽさに思わず咳き込んで私は目を開けた。
どうやら意識を飛ばしてたみたい。私は壁にもたれる形で座り込んでて、ちょっと身動ぎしただけでまた意識が飛びそうなくらいの激痛が走った。
「そうだったわね……」
またクーザリアスに串刺しにされたんだった。まったく、同じ人間に二回も串刺しにされる人間なんてそうそう居ないわよ。
幸いにして私が気を失ったのはホンの一瞬だったみたい。メルディアたちはまだ戦っててエリーも無事。私は立ち上がって回復魔法を掛けながらイゴールの方に向かった。
「アレを喰らってもまだ無事なんて、ね」
咄嗟とはいえ結構な魔力を注ぎ込んだ攻撃で、威力としては粉々に吹き飛んでもいいくらいの威力があったはずだけど、イゴールは重傷ながらも五体満足で倒れてた。たぶん、あの一瞬で攻撃魔法を展開して威力を削いだんだと思う。迷宮改変の魔道具を自力開発する男だし、こういう人間を天才と呼ぶのかしら。感嘆するわ。
それでも彼のまとっていたマントはボロボロに千切れ、露出したお腹からは多量に出血していた。でもそれ以外にも至るところに古傷があって、彼の歩んだ人生を想像させた。
「だからって同情はできないけど。どう? 私特性の魔力爆弾は?」
「……まさか大量の魔力を圧縮して暴発させるとはな。そんな手段があるとは……思ってもみなかった」
コンソールを操作できない時用の非常手段として持ってた隠し玉よ。構想だけで試すのは初めてで、ほとんど自爆技に近かったけど。
「勝負は私の勝ちよ。もう諦めなさい」
「……まだだ」
おびただしい血を流しながらイゴールは立ち上がった。自分に回復魔法は掛けてるみたいだけど、まだ血がおびただしく流れ落ちていく。
「止めなさい、このままじゃ助かるものも助からなくなるわよ!」
「それでもだ……! このままでは死んだ仲間たちが……あの時の『俺』が浮かばれぬ……!」
言いながらイゴールはマントの下から左腕を出した。
握られてたのは、手のひらよりも少し大きいくらいの魔道具。あれが迷宮に干渉するための……どういう原理なのかは気になるけど、それをイゴールは地面に突き刺した。
何をする気……ってまさか!
「止めなさいっ!!」
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ――!!」
口から血をこぼしながらイゴールが雄叫びを上げた。
その瞬間、おそらくは彼に残っているだろうありったけの魔力が注がれていったのが分かった。そして次の瞬間には、大量のモンスターが辺りを埋め尽くした。それも――あの黒いモンスターたちが、だ。
「クソッタレェっ! せっかく減らしたってぇのによっ!」
「しかもこいつらって倒しても復活する奴じゃないの!」
モンスターや兵士をようやくほとんど倒したゼナスたちが悲鳴を上げた。しかも事態はそれだけで終わらない。
迷宮が、揺れた。まるで日本で経験した地震みたいに不気味に横揺れしたかと思うと、一度大きく縦揺れ。立ってられないほどの振動が襲ってきて、気がつけば迷宮の異変を示すアラートが私の視界を埋め尽くしていた。
「崩壊が……始まった……? っ――!?」
本当にタイムリミットが間近に迫っている。そう直感して迷宮コードを修正に取り掛かろうとしたっていう、まさにそのタイミングで荒い呼吸音が聞こえた。振り返れば、血走った目でクーザリアスが剣を振り被ってた。
慌ててソードで剣を受け止めるけど、クーザリアスは狂ったように剣を何度もぶつけてくる。もう、時間ないって言うのにぃ!!
「止まりなさい、クー! このままじゃアンタも生き埋めになるわよっ!」
呼びかけても彼は無反応。憎悪のこもった目で剣を振り回すばかり。くそっ、ダメね。さっきの薬物かなんかのせいで自我を半分失ってる。イゴール、なんてことをしてくれたのよ!
恨み言の一つでもぶつけてやりたいと、クーザリアスの攻撃を避けながら探す。すると血溜まりの中に倒れたイゴールのそばに小綺麗な格好をした見知らぬ男がいて、彼のそばにしゃがみ込んでいた。
「……本っ当にさぁ、無茶しすぎよ、イゴールっち。刺し違えるつもりだったんかもしれないんだけど、ここで死なれちゃあみーんなが困るんよ」
「すまん……」
「まだまだイゴールっちにはやってもらわないといけないんよ。アンタの命はアンタだけのもんじゃないんだからさ?」
そう言ってイゴールとは違う仮面をつけた長身の男は、自身の白い服を汚しながら彼を立ち上がらせて支えた。
「待って! 逃げる気!?」
「……そうさせてもらう。私はまだ……死ぬわけにはいかないのだ」
逃がすわけにはいかない。だけどクーザリアスの攻撃をなんとかするのに手一杯でイゴールたちの方まで手が回らない。
そんな私に向かってイゴールは「ミレイユ」と私を呼んだ。
「貴様もいずれ貴族連中の……人の醜悪さを目の当たりにするだろう。果たして――真にそれを目の当たりにして、今と同じ志を保っていけるのか楽しみにしているぞ」
そう言い残して、長身の男が手元の何かを操作すると、暗いモヤが辺りを覆っていった。それが晴れた時には二人の姿はおろか、倒れた兵士たちの姿も消えていた。
「ああ、くそっ! 後始末押し付けてくんじゃないわよ!」
心の中でFワードを連呼してやるけど、それで事態が解消するわけでもない。クーザリアスは相変わらず執拗に私を追いかけてきて、天井からは今にも崩れそうな物音と欠片がパラパラと降ってきている。泣きそうよ。でも、やるしかないのよね。
「納期直前で見つかった致命的なバグ対応と、どっちがマシかしらね……みんな、こっちをお願い! モンスターは私がなんとかするわ!」
私の叫び声にメルディアたちが脚の遅いモンスターから離れた。クーザリアスの足止めに切り替えて、できたその隙に魔法でモンスターたちを弾き飛ばしていく。
「――私の脳をさらに魔法で強化。迷宮コードを開いて……」
我ながら無茶な魔法の掛け方だと思う。思考が加速し、同時に視界が赤く染まって鼻血がボタボタと滴っていく。それでも止めるわけにはいかない。
コードを弄ってモンスターたちを消していく。けどすぐにまたコードがAIエージェントによって書き換えられて出現する。
「いたちごっこしてる場合じゃないのよ……!」
消しては書かれ、消しては書かれの攻防に歯がゆさを覚えながら、できた合間でなんとか迷宮構造のコードを修正していく。
「おおあああああっっっっ! ミィレイユゥッッッ!!」
「くそっ! なんて馬鹿力だ!」
「三人がかりなのに……!」
「おい、ミレイユ嬢ちゃん! まだかっ!?」
「あとちょっとだけ頑張って……できたっ!」
ゼナスたちの悲鳴に返事をしながら修正コードを書き上げ、達成感と一緒に実行キーを押した。
けれど返ってきたのは――「Access Denied」の文字だった。
「アクセス拒否……!? 嘘でしょ!?」
何度実行キーを押してもコンソールに「Access Denied」の文字が連なっていくだけ。
「まさか……E・Eのアクセス権限をエージェントが書き換えたっての……!?」
そうならもうエージェントの暴走とかってレベルじゃなくって、完全に乗っ取られてんじゃないの!
「がああああああっっっ!」
「きゃあああっ!?」
コンソールを前に固まってると、一際大きい雄叫びとメルディアの悲鳴が聞こえた。
見れば彼女が壁に叩きつけられ、そして三人を突破したクーザリアスが私へと迫っていた。
今の私は無防備。急いで義手をソードに切り替えようとするけど――間に合わない。
今度こそ斬り殺される。再び死を覚悟して思わず目を閉じた。けど、斬撃の痛みはやってこなかった。
「どぉいうことだぁ……?」
クーザリアスの訝しむ声に目を開ければ、目の前にはモンスター。ただし、視界に入るのはその背中だった。
モンスターが、私を守ってくれていた。それも一匹だけでなく、ワラワラと私の前に集まって立ちはだかっていく。いったいどういうこと……?
「ミレイユさんっ!」
私もまた困惑していると、手を縛られたままのエリーがよろけながら走ってきた。モンスターの脇を縫って私のところにたどり着いたのでその縄を切ってあげると、彼女は立ち止まった。
顔をくしゃりと歪ませる。けど軽く目元を拭うと、ニコリと笑って抱きついてきた。
「再会を喜びたいところッスけど……ミレイユさんにやってほしいことがあるッス」
けれどもすぐに真面目な顔に切り替え、そう言って彼女は私の手を握った。
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