4-6 過去
ガイアスたちと連れ立って迷宮に到着した私たちは、早速一階層目に踏み込んだ。
入口は街中と同様にモンスターがあふれ返ってて、探索者たちが戦ってたんだけど、
「邪魔するんじゃないわよ!」
幸いにしてここは街中じゃないし、いるのも探索者ばかり。なので盛大に魔法をお見舞いして一掃してやった。
呆気に取られてる探索者たちを尻目にそのまま内部へ突入。したんだけど……
「おいおい、どういう状況だよ……」
入るや否や、ゼナスが半ば呆れながらぼやいた。
それもそのはずで、一階層目からすでに内部の構造が激変していた。最初こそ洞窟状だけど少し進めば第四階層である湖畔エリアになってて、もはや第一階層の面影なんてどこにもない。スタンピードもそうだけど、いよいよ迷宮の暴走もやばそう。
「――来るぞ」
ガイアスが盾を構え、メルディアも戦闘態勢に入る。
湖畔に林立した木々の間から、モンスターたちが飛び出してくる。いろんな階層のモンスターが混ざってもうメチャクチャなんだけど、私たちの敵ではなくってあっという間に蹴散らしていく――んだけど。
「ちぃっ! まだ来やがんのかよ!!」
倒した端からどこからともなくモンスターたちが現れて、見る見る内に数を増していく。ったく、キリが無いったらありゃしない。
「しかたない、強行突破するぞ!」
雑魚の相手をしてる暇はない。それはみんな同じ思いみたいで、ガイアスがそう提案してきたけど。
「いえ、その必要は無いわ」
私はその提案を却下した。一発強力な魔法をかましてモンスターたちを吹き飛ばすと、いつもとは異なるコンソールを開く。
ここは迷宮。ならバカ正直に迷宮を進む必要なんて無い。
足元の「ほころび」にアクセスし、浮かび上がったコードを手早く修正した。
「……なんて言うか、反則的ね」
そうして地面に孔を開けると、メルディアが呆れたようにぼやいた。どう? これなら無駄な戦闘無しに最下層まで行けるでしょ?
「だが消耗を避けられるのは助かるな。同じ調子で最下層まで行けるのか?」
「もちろん」
全員で飛び降り、すぐに天井を塞ぐ。ここは大丈夫だったけど、この先も同じかは分からない。モンスターがうじゃうじゃ待ち受けてるかもしれないし、降りた瞬間に迷宮がエージェントによって変形させられる可能性もあるから油断はできないわ。
そう伝えると三人ともうなずいてくれた。よし。なら、どんどん行くわよ。
再びコンソールを開いて迷宮にアクセス。手近な「ほころび」から下の階層へと飛び降りていく。
(待ってて、エリー……無事でいて)
もう少しで助けるから。そうエリーに祈りながら、私たちは次々と孔に飛び込んでいった。
「……は?」
エリーはゆっくりと目を開け、思わず声を漏らした。
今彼女がいるのは家でもベッドの上でもなく、硬い地面。そんな場所で寝ていたせいか体のあちこちがジンジンと痛む。
(ここは……迷宮ッスかね?)
場所は分かったが何故迷宮にいるのか。記憶を辿る。自分は街中にあふれたモンスターと戦っていたはずで、迷宮に入った記憶はない。
混乱しながらもエリーは大きく息を吸って気持ちを落ち着ける。大丈夫、自分はまだ生きてる。未来じゃ寝てる間に殺される人間も珍しく無かった。それを考えればまだ僥倖だ。
冷静に周囲を観察すれば、自分が寝ているのは何かの魔法陣の中らしかった。縛られてるようで、体は動かせるが手はビクリともしない。地面からは淡い光が明滅していて、周囲には黒いフードの人間が数人。いずれも地面に魔法陣を構築している最中らしい。
そして彼らの向こう側に見知った顔を見つけた。一人はクーザリアスで、もう一人は仮面をつけているが間違いない、イゴールだ。
「……ちっ、ミレイユは何ちんたらやってんだ。もう我慢も限界なんだよ」
「落ち着きたまえ。いかに彼女でもこんな短時間ではたどり着けまい。それに、魔法陣の構築にもまだ時間がかかる」
「はっ、分かってるっつーの! テメェの言うとおりあの女は連れてきてやったが、これ以上指図は受けねぇからな。ミレイユが来た後は好きにやらせてもらうぜ」
「好きにしたまえ」
クーザリアスは突き出た岩の上に腰を下ろして苛立たしげに膝を揺らしていた。それをイゴールは冷静になだめていたが、ゆっくりと振り返りエリーを見下ろした。
「目覚めの気分はどうかね?」
「……最っ低の気分ッスよ」
寝たふりがバレている、と気づきエリーは目を開けて体を起こした。
「迷宮を暴走させたかと思えば、今度は誘拐ッスか。ずいぶんと手荒いご招待ッスね」
「紳士に招待しても受け入れてもらえないと分かっていたのでね。申し訳ないとは思っている」
「そう思うんなら、とりあえず縄は解いてほしいッス。擦れて痛いんスよ」
「それはできかねる。君は必要なピースなのでね。今逃げられると面倒なのだよ」
「そう言うってことは、イゴールさんもユグドラシルのことを知ってるんスね?」
「ユグドラシル? ほう、迷宮を自在に操れる存在のことをそう呼ぶのか」
「え?」
ミレイユさんの話だと、ユグドラシルは迷宮を管理する「場所」みたいなもののはず。それを「人」みたいに言うってことは。
イゴールが微妙に勘違いしていることにエリーは気づいた。ということは、彼が得ている情報は不完全なものの可能性が高い。
「どうしたのかね?」
「い、いや、なんでもないッス! それより……おたくは私をどうするつもりなんスか?」
これ以上余分な情報を与えまい、とエリーは慌てて話題を変えてそう尋ねた。
「私を使って迷宮を掌握したいんスよね? そうして迷宮が生み出す富を独占しようって腹スか?」
「富の独占、か。あいにくそのような貴族的な発想に興味はない」
口調は冷静で仮面の下の表情も崩れない。しかしわずかに口元が歪んだのにエリーは気づいた。
「私の目的は迷宮の破壊だ。それも、世界中のありとあらゆる迷宮の、だ」
「そうして貴族たちに流れる富を奪い取ろうってことスか」
「ほう? 何処から聞いたかは分からないが、私にご興味を持ってくれたようだ」
イゴールはそう皮肉って瞑目した。
目を閉じれば今でも思い出せる。苦労して入った魔法学院での差別的な日々。貴族たちに濡れ衣を着せられて退学にされた屈辱。だがそのおかげで探索者となり、かけがえのない仲間と青春を得られた。
(だが、それさえも――)
奴らに奪われた。一緒に潜った迷宮で、貴族の自分勝手な行動によって仲間が殺された。挙げ句にその全責任を押し付けられ、必死に戦って死んだ仲間たちの名誉さえ貶められた。あの絶望と悲しみと怒りは、たとえこの身が朽ちても無かったことにできない。
全身を焦がす激しい怒りを吐息と共に吐き出し、イゴールは冷たい視線で再びエリーを見つめた。
「君も見たところ平民のようだ。ならば如何に奴らが理不尽な存在であるか知っているはずだ」
「残念ながら私はお貴族様とは縁遠い生活だったんス。だから、申し訳ないッスけどイゴールさんの恨みつらみには寄り添ってやれないッス」
「そうか、残念だ」
「けど、おたくのやり方で一番割りを食うのは――平民ッス。イゴールさんの大嫌いな貴族じゃなくって。それは知ってるッスよ」
エリーは知っている。あの、秩序の崩壊した地獄のような世界を。
身分など関係なく弱者は暴力によって搾取され、その人間もある日理不尽にモンスターに食い殺される。倫理は意味をなさず、正義は悪意に、あるいは本能に食い殺される。ある意味平等な世界ではあるが、それはきっと、イゴールの目指した世界とは違う。
「だからおたくのやり方は間違ってる。それは断言できるッス」
曇りのないまっすぐな眼差しでエリーはそう返した。
二人の視線が交差し、けれどイゴールは無言で強く、爪が食い込むほどに拳を握りしめた。
「あぁぁぁっ! もう我慢できねぇ!」
緊迫した空気が流れる中、突如としてクーザリアスが叫び声を上げた。赤い瞳を血走らせ、迷宮の壁に向かって所構わず拳を叩きつけ暴れ始める。かと思えば自身の喉を掻きむしり、荒い息を吐きながらエリーたちをにらみつけた。
「落ち着きたまえ」
「うるせぇっ! もう、限界だっ……! 渇いて渇いて……昂って昂って仕方ねぇんだよ……! この渇きを癒すにはよぉ……」
エリーを下卑た目で見下ろしたかと思うと、彼は彼女の首をつかんで持ち上げた。
「くぁっ……!」
「なぁ、抱かせろよ。いい、だろ? はは、大切にしてる仲間がおもちゃにされた姿を見りゃ、あの女にもショックを与えてやれるしよぉ」
「この……気持ち悪い手を離すッスよ!」
首をつかまれたままエリーがクーザリアスの横っ腹に蹴りを食らわせるもビクともしない。だが痛みはあったのか、浮かべていた半笑いが怒り顔に急変した。
「痛ってぇじゃねぇかよっ!」
エリーの顔を殴り飛ばし、体が壁に叩きつけられる。そのままズルズルと壁を滑り落ちて倒れ込む。衝撃に視界が歪み、思わずうめき声が漏れた。それでも彼女はクーザリアスをにらむのを忘れない。
「クーザリアス。彼女に手を上げることは許されない」
「だからぁよぉ……さっきからうるせぇんだよ! 良いんだぜぇ? この場でテメェの目論見をぜーんぶメチャクチャにしてやってもよぉ……」
言いながらクーザリアスは剣に手をやった。イゴールもまた居住まいを正して向き合い、敵同士で一触即発の空気が立ち込める。
だが不意にイゴールの方が構えを解く。すると天井の方から地響きのような音が響いてきた。
「……来たか」
そしてけたたましい音を立てて天井の一部が崩落した。
激しく砂煙が舞い上がり、辺り一面に立ち込めたかと思うと、咳き込む声がいくつもエリーの耳に届いた。
「げほっ、ごほっ……!」
「さ、最後はなかなかスリリングな到着だったわね……」
「仕方ないでしょ、すぐ目の前がモンスターの群れだったんだから」
やがて砂煙が晴れて誰何が明らかになると、エリーは破顔した。
未だ咳き込むゼナスに、盾を構えて警戒するガイアス。顔の埃を払いながら周囲に目を配るメルディア。そうして――
「――待たせたわね」
不敵にイゴールとクーザリアスに笑いかけるミレイユの姿に、エリーはこの上ない安堵を覚えて大きく息を吐きだしたのだった。
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