4-2 強欲の結末
迷宮内を異様な集団が突き進んでいた。
総勢十人の、一つのパーティとしては大所帯。ほとんどが見るからに探索者という風貌なのだが、その中でただ一人、迷宮にふさわしくない様相の人間がいた。
金色の指輪に、鷲鼻の上に乗った金縁のモノクル。でっぷりと突き出た腹をした魔道具ギルド長のジャンパルドは、探索者たちに護衛させながら第五階層へと到達していた。
「ふぅ……ようやく到着か」
額ににじんだ汗を拭い、彼は大きく息を吐いた。
第四階層の入口には国軍から派遣された兵士が封鎖して、本来であればその先に入れないのだが、彼は魔道具ギルド長という立場と金の力で強引に突破していた。
非合法な手段を使ってまで何故ジャンパルドが迷宮に潜ったか。それは、素材の収集、そしてミレイユに一泡吹かせるためであった。
一度は失敗した彼女の魔道具の再現。彼は最近になってようやくその素材の解析に成功していた。
(これでようやくあやつの鼻を明かしてやれる……!)
だがそう思ったのも束の間。迷宮が異変をきたして封鎖をするなどと言うではないか。そして、その報告書を作成したのもミレイユ。
(あの女め……! つくづく我輩の邪魔ばかりしてくれる……!)
迷宮が封鎖されてしまえば必要な素材を確保できない。ただでさえ先日の失態を機に取引量が激減している中でこの状態が続けば――待っているのは破産だ。
(なんとしてもそれだけは避けねばならぬのだ……!)
故に封鎖に猛反対し、貴族たちにも賄賂を渡したのだがその目論見も失敗に終わり、いよいよ窮地に陥った彼は、自ら素材を集めに迷宮に潜ることを決めた。
彼同様に不満を抱いている者たちを雇い、封鎖された階層へと潜る。そうして素材を集めて戻れば、魔道具作成は一人勝ち。おまけに「迷宮の異変などたいしたことない」と吹聴してやれば、あの女も探索者ギルドも面目は丸潰れ。
(そこであの女の魔道具を買い叩いてやれば――)
気の強いあの女は、いったいどんな顔をするだろうか。想像するだけで口元が緩むというもの。ジャンパルドは一人ほくそ笑み、嬉々としてモンスターたちを狩っていく探索者たちの姿を眺めた。
「モンスターたちの様子はどうだね?」
「この階層じゃ見慣れねぇモンスターを多少見かけはしやすが、それだけやんす」
「普段ならここは森林エリアなんだが……地形が変わっただけで特に支障はねぇよ」
「そうかそうか!」
ジャンパルドは快哉を叫んだ。なるほど、確かに迷宮に異変は起きているらしい。だがそれがなんだと言うのだ。モンスターは問題なく狩れているし、あるべき以上の危険はない。素材を集めて戻ったら、一切の支障は無かったと言いふらしてやろうではないか。
「おい! こっちに来てみろよ!!」
さてどうやって吹聴してやろうかとジャンパルドが思考を巡らせていると、探索者の一人が大声を上げた。
「どうした!?」
「ここ、見てみろよ! すげーぞ!!」
一斉に駆けつけ、言われるままに壁の割れ目に探索者たちが入っていく。ジャンパルドも腹をつっかえさせながら何とか狭い隙間を通り抜けると、言葉を失った。
そこには一面に表出した魔力石が散らばっていた。手にした照明の明かりに反射して幻想的な光景を作り出し、全員が目を奪われた。
「……石の質も相当なもんだ。こりゃ、大当たりだな!」
探索者の一人が手近な一つを手に取って検め、そう高らかに評価した途端、彼らは一斉に魔力石へと群がっていった。
武器をつるはしに、魔法をシャベルに。このくらいの階層でこんな良質な鉱脈などお目にかかることなどない。後から来る奴らに取られてたまるか、とばかりに我を忘れて彼らは採掘に夢中になった。
当然ジャンパルドも抜け目ない。自身でも転がっていた石をかき集めると、
「集めた魔力石は我輩へと持って来るがよい! 探索者ギルドよりも一割高く買い取ってやるぞ!」
そう探索者たちへと宣言した。
迷宮内で得た素材や魔力石はすべて探索者ギルドを通さねばならないのだが、ジャンパルドにそんな掟を守る気など毛頭なかった。
(ぐふふふ……多少高かろうと今のうちに溜め込んでおいて、最高に値が上がった時に売り捌けば――)
これまでの損失を取り戻してもお釣りが来る。たとえ素材が手に入らず魔道具が作れずとも、だ。バレれば探索者ギルドとの関係は著しく悪化するだろうが、構うものか。目の前に広がる金のなる木に、ジャンパルドは笑いが止まらなかった。
だが。
「へっへっへっ! これで俺も大金持ち……ん?」
一人の探索者が、自身に覆いかぶさってきた影に振り向く。
そこで声が途絶えた。
一人、そしてまたもう一人。歓喜を叫び続けていた彼らが消えていく。残った探索者たちが異変に気づいたのは、すでに三分の一がいなくなってからだった。
「……なあ」
「あん? なんだよ、今忙しい――」
「俺たちはいつ――モンスターの巣に入り込んだんだ?」
その言葉を最後に、男の首が転がり落ちた。隣にいた探索者の顔に、ピシャリと赤い血がかかり、彼は自身の頬を指先で拭うと、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには――蟹のようなシルエットをした、真っ黒なモンスターたちがいた。
「モンスターだ!!」
その叫び声に、ようやく全員が弾かれたように振り返った。即座に剣を構え、密集して隊形を整える。ジャンパルドも悲鳴を上げながら探索者たちの中に逃げ込み、「わ、我輩を守れ!」と喚き始める。
「いったい、いつの間に……誰かコイツらが入ってくるのを見たか!?」
「いや、まったくだ……俺は入口の近くにいたが、入ってきた様子は無かった」
「ならどうやって――」
「考えるのは後だッ!!」
一人が果敢に駆け出す。鋭い出足で蟹の攻撃を避けて懐へと潜り込んだ。
そのまま剣を一閃。脚の付け根を斬り払い、二つに千切れ飛ぶ。自分の攻撃が無事に通ったことに、彼の表情が緩んだ。
だが。
「……なんだと」
斬り別れた脚から黒く粘着質の物質が伸び、瞬く間に元の状態へと戻っていった。
「再生能力、だと……!」
「ダメだ! 斬っても斬っても元に戻りやがるッ! クソッ! 倒れろってんだよ!!」
それでも何とかモンスターを押し留めていたが、やがて地面が著しく揺れ始めた。
立っていることさえ難しい揺れと圧迫感。それが程なく収まり、何気なく退路を確認した一人が唖然と言葉を漏らした。
「出口が……」
入ってきた出入り口が、こつ然と消えていた。あるのはただ壁のみ。探索者も、ジャンパルドも口を開けて呆けるしかできなかった。
そして――
「嘘だろ……」
誰しもが、その場に立ち尽くした。
地面からは黒い蟹型のモンスターが次々とせり出してきていた。壁の一部が裂け、胎動のように肉感的に脈動すると、至るところから様々なモンスターが生まれ出てくる。瞬く間に彼らがいる部屋は、モンスターたちに埋め尽くされた。
「クソッ……たれぇ……」
「■■■■――ッッッッ!!」
震え、涙声で誰かが悪態を力なく漏らし、その声をオーガの咆哮がかき消した。
そこから先は一方的な虐殺であった。圧倒的な物量に押されて為す術もない。血溜まりが地面に広がり、それもモンスターたちに踏み潰されていく。
ジャンパルドはその光景を最後尾から見ているしかなかった。
(どうして、こうなった……?)
迷宮の異変など、たいしたことないはずではなかったのか? 大量の魔力石を独り占めして大儲けできるのでは無かったのか? あの魔道具屋に吠え面をかかせられるのでは無かったのか?
壁を掻きむしり、爪が割れて指先が赤く染まりながら、ジャンパルドは願望を延々と巡らせていく。だが現実から逃避しても未来が変わるわけではない。
「は、は……ハハハハハハハ――」
狂った笑い声を上げ、やがて彼もまたモンスターの波の中へと飲み込まれていったのだった。
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