4-1 資格
静かな部屋に、紙をめくる音だけが響く。視線が文字の列を何度も左右に移動し、また次のページへと進む。
単調な、けれど必要な作業。幾度となく繰り返していると、やがて向かいに座っていたエリーが「はぁぁ……」と大きなため息を漏らして机の上で溶けていった。ちょっと、真面目にやりなさいよ。
「やってるッスよ。けど、こうも空振りが多いと不毛な作業してる気がして……」
言いながらエリーが大きく背伸びをし、私も肩の重みを感じて首の骨を鳴らした。
あの無意味な会議が終わってから三日。陛下は宣言どおり支援を惜しまないでくれるようで、王城の禁書庫を使いたい旨を申し上げると、自由な出入りと専属の司書まで手配してくれた。それは非常にありがたいんだけど――
「しっかし、思ったより迷宮に関する本って無いんスね」
私たちは調べてるのは迷宮について。今や日常の一部と言って差し支えないけど、よく考えてみたらあまりに迷宮について知らないのよね。
何故迷宮はできたか。どうして迷宮は魔物を生み出すのか。迷宮とは――そもそもなんなのか。E・Eは迷宮のプログラムについては教えてくれたけど、迷宮そのものの意義や成り立ちについては何も教えてくれなかった。
(E・Eは「ユグドラシル」への通路、なんて言ってたけど……)
その「ユグドラシル」がなんなのかも不明のまま。それにイゴールがどうやって迷宮を変化させているかも分かんないし。
(彼に、プログラムをいじってるような素振りは見られなかったわよね……?)
彼の部下たちも魔道具で迷宮に大穴を開けてたし。つまり私のようにプログラムを直接いじる以外にも迷宮を変化させるための手段があるはずで、それを知って対策しないと、たとえE・Eや自律制御エージェントを修復したところで同じことになってしまう。
なもんで禁書庫に通い詰めてるんだけど……今のところ空振りが続いてるってわけ。
「司書さんに持ってきてもらった本もあとちょっとだけか……」
「……ミレイユさん、ちょっとこれ見てもらってもいいッスか?」
すでに半ば以上諦めながら新しい本を開いて読んでると、エリーが少し緊張した声で私を呼んだ。
「なにか見つかった?」
「はい、ここなんスけど――」
エリーの隣に立って覗き込む。
それは数百年前の、とある魔法使いが残した魔法書らしかった。大部分はその魔法使いが行った狂人的な魔法の探求記録が記されてて、読んでるだけで胸クソで、捲るのが嫌になる内容だったけど、その一部に迷宮に関する記録が残されていた。
一ページ丸ごと使って記載された魔法陣。十数ページに渡って解説されてるそれは相当に難解で複雑。本自体が古いせいでところどころ読めないけど、ともかくもその魔法陣を使うと迷宮の一部を変形させることができたらしい。そしてそれをバカスカ試した結果――
「――数カ月後に迷宮からモンスターがあふれ、近くにあった街がいくつか壊滅した、か……」
「『スタンピード』……まさに私のいた世界そのものッスね」
エリーが息を飲む。
今となってはメカニズムは想像がつく。この間、まさに迷宮がそうなってたように、本来とは違うやり方で迷宮に干渉したせいで自律制御エージェントが暴走したのかも。
「イゴールもおそらくは似たような魔法陣を使ってるんでしょうね」
「……ミレイユさん。私たちがこの時代に来たのってどれくらい前ですっけ?」
「もう半年以上経ってると思うけど――」
エリーに問われてハッとした。
私たちが現代日本からこの時代に戻ってきた時、いるはずのないアース・ドラゴンがそこにいた。もし、あの時から異変が始まってたとしたら――
「もう、時間の猶予は無さそうッスね……」
顔を青ざめさせてエリーが下唇を噛む。私も、胸をギュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
この間の最下層であふれ出したモンスター。あれは私たちを排除しようとしていたんじゃなくって、スタンピードの予兆だったんじゃないかしら。あの時は何とか食い止めたけどしょせん時間稼ぎに過ぎなくって、それもエージェントに修正されてしまったら――今にもスタンピードが始まってしまうかもしれない。
「こうしちゃいられないッス! すぐにハーマンさんに伝えてくるッス!」
そうね。少なくとも見張りなり何なり配置して、異常が起きたらすぐ対処できるようにしてもらわないと大変なことになる。ユフィにも、自分の身を守れるように魔道具を準備しておかないと。
エリーが禁書庫を飛び出していこうとする。けどちょうどそこに新たな一冊を抱えた司書の人がやってきた。
「あ、もうお帰りですか?」
「ええ、ちょっと急ぎで行かなきゃいけないことができましたので。新しい本が見つかりました?」
「はい。とは言っても、関係あるかは不明ではあるのですが……」
そう前置きしながら司書さんが本を一冊差し出してきた。参ったわね、どうしようかしら……?
「持ち出して読むことはできるかしら?」
「その本だけなら、後で返却頂けるのであれば構いませんよ。禁書庫に保管されてたものではないですので」
なら後で読ませてもらいましょ。うなずいてエリーが司書さんから本を受け取った。
その瞬間、本が淡く輝き始めた。
「な、なんスか!?」
「わ、私にも何がなんだか……?」
私もびっくりだけど、司書さんの反応を見る限りこれまでこんな風に光ったりはしなかったってわけで。
「……開けてみましょ」
時間は無いけど、この場で本をエリーに開いてもらう。すると光は収まって、けどほのかにまとったまま。
「……この本は最初だけしか書かれていないんです。途中からはずっと白紙で、書きかけの状態で発見されたのだと思われてたのですが……」
司書さんの話を聞きながら読んでいく。序章部分には迷宮に関する書物であることが簡単に記されていて、最後に「特別な資格ある者のみに真実が浮かび上がる」なんてもったいぶったことが書かれてた。
さらにページをめくると、司書さんの言うとおり真っ白で何も書かれてなかった――んだけど。
「文字が……」
開いて数秒経つとその白紙の上に文字が浮かび上がってくる。そしてそれが移動を始め、正しい順序へと勝手に並び替えられていく。
読めるようになったそれを、緊張しながら時間を忘れて読み込んでいった。それに値する真実がそこに書いてあった。
「迷宮とは魔素を循環させるシステム……えっと、要は大気中の魔素を吸って、また魔力石とかに戻すってことスかね?」
そういうことみたいね。
んで、副産物として生まれるモンスターを外に出ないよう管理するのが迷宮で。
「そして迷宮を含む全体を管理するのが『ユグドラシル』ってやつなんスね」
当然ユグドラシルは管理者専用。でも言い換えれば、ここにさえ入れれば、なんでも好き勝手にできる。当然――迷宮を壊すも作り変えるも、だ。
ここまで読んでハッと思い至り、背筋がゾッとした。
「イゴールの目的ってもしかして……?」
けど、もし似た情報を得てるのなら。口から出そうになるそれを飲み込み、緊張に手が胸をつかんだ。
彼がどこまで真実を知ってるかは分かんない。だけど「実験」と称する何かを迷宮で繰り返していることを鑑みれば色々としっくり来る。そうして行き着く先はエリーが生きてた時代での大崩壊だ。
あり得る未来予想図に冷や汗が流れる。それだけは絶対に避けないと。
「で、でもユグドラシルに入るには特別な資格が与えられた人間が必要って書いてるッスよ? そう簡単には入れないんじゃ……」
「何事にも抜け道はあるものよ。どんなプログラムだってセキュリティホールはあるものだし、資格だってその特別な人間を見つけさえすれば、後は脅すなりなんなりでどうとでもなるわ。
とはいえ古代のシステムだし、今の時代に資格を持ってる人間なんて早々見つかるはずもないでしょうけ、ど……」
……ん? ちょっと待って。
確か、今開いてるその本を読むにも「特別な資格」がいるんじゃ……?
無言でエリーを見つめる。会話に参加してなかった司書さんも、思わずといった様子でエリーを見つめた。
「……もしかして」
自分を指さして首を傾げたエリーに、私と司書さんは即座に首を縦に振ったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
リアクションだけでもぜひ!
どうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>




