1-4 Re:プログラミング
どうやら彼女がアースドラゴンの攻撃を防いでくれたらしかった。追撃の尾撃も、防御魔法の壁に沿って斜め上へと流されていっていた。
攻撃が当たらなかったアースドラゴンが怪訝に鳴き、けれどもまたすぐにその鋭い牙と爪を向けてきた。それを、両手に集めた防御魔法で弾き返していく。
「凄い……!」
お世辞にも彼女の防御魔法そのものは高性能とは言い難い。だけどそれを手に集中させることで密度を高め、性能を高めてるらしかった。なるほど、こんな使い方もあるのね……って!
「何やってんの! 逃げるわよっ!」
ボロボロになった防御魔法でなおも立ち塞がろうとしてるエリーの体にしがみつき、押し倒す。空を切ったドラゴンの爪が地面を砕いて激しく礫が飛び交う中で、彼女の手を引き走り出す。
「そっちこそ何やってんスか! 私のことは良いから逃げるッスよ!」
「バカを置いてけるわけ無いでしょ!」
「バカとはなんスか、バカとは!」
「アースドラゴンに真正面からぶつかる奴、バカ以外何者でもないでしょうが! ヒーローでも気取ってるつもり!?」
「そうッスよ」彼女は臆面もなく言った。「困ってる人がいたら守る。そんなヒーローみたいになるのが私の目標ッス」
よくもまぁ恥ずかしげもなく……そう思うのは私が歳を取ったからかしらね。
だけどそんなバカ、私は嫌いじゃないわ。実際、彼女のおかげで助かったんだし。だからって自分が犠牲になってまでってのは認められないわ。
「まったく……ヒーローになりたいなら、自分も生き残ること考えなさい。それこそがホントのヒーローよ」
「心に留めておくッス。ところでお姉さんはなんでこんなとこに一人でいるんスか?」
「アンタが私を連れてきたんでしょうが!」
しかもこんな厄介なタイミングに。おかげでせっかく元の世界に戻った途端死ぬところだったんだから。通路をにらみながら文句をぶつけると当のエリーはピンと来てない顔をして、だけど不意に目を丸くした。
「……もしかして、ミレイユさんッスか?」
「そうよ。見りゃ分かる……わけないか」
そういえば日本の時と私の容姿は変わってるんだった。きっと見た目も過去の私に戻ってるだろうし、それを見抜けってのはムリがあり過ぎるか。
「え? なんでそんな姿に? それにその腕――」
「危ない!」
エリーをまた押し倒し、転がる。通路まであと僅か、というところだったんだけどアースドラゴンは逃がしてくれるつもりはないらしい。転がった私たちのすぐ頭上を巨大な頭が通り過ぎていって、壁に激突したけたたましい音が鳴り響いた。
「くっ……」
通路前にアースドラゴンが立ち塞がり、爪を振り下ろす。エリーが防御魔法で受け流すけど、一撃で防御魔法は半壊。長くは持ちそうにない。だってぇのに。
「ここは私が引き付けるッス。だから早く逃げて……!」
「そんなこと……!」
「ミレイユさんは希望なんスよ」エリーが笑った。「何をどうやって世界を救ってくれるのか分かんないスけど、私がミレイユさんに導かれたのにはきっと意味があるんス。だから……ミレイユさんは絶対に生き延びてくださいッス」
そう言って私とアースドラゴンの間で攻撃を防いでいく。壊れた端から防御魔法を再生させ、けれど次第に魔法の壁が小さくなっていく。押されて後ずさって、それでもまた前に一歩踏み出す。その後ろ姿を見つめながら私は迷っていた。
ここで逃げれば私は助かるかもしれない。きっとそれが正しい選択。だけど――エリーは死ぬ。
「重いのよ、いちいち……」
一方的に連れてきて、世界の命運を託して、そしてまたこうして決断を託されるなんて、背負わせるものが全部重すぎんのよ。
かつてもそう。家族は私に一方的に王子の婚約者なんてものを押し付けて、他の選択を許さなくて、役目を果たせないと分かると失望して放置。みんな勝手が過ぎる。
私の人生は私のものだ。日本で過ごして私は気づいた。私は、私のやりたいようにやる。だから。
私は立ち上がった。
「アンタごと助かってみせる……!」
そして押し付けてきた荷物も一緒に持たせてやるんだから。一人だけ楽になるなんて許さないわよ。
手をかざし、魔法を詠唱すると魔法陣が現れる。これが魔力の低かった私ができる精一杯の攻撃魔法。アースドラゴンはおろか、低階層のモンスターにだってダメージを与えられるか怪しい。それでも。
「お願い……! さっきみたいに、見せて……!」
祈りながら魔法陣をにらみつける。すると再びモニターが現れた。思わず拳を握りしめた。
キーボードにそっと手を添え、大きく息を吸い込む。そして私は高速で叩き始めた。
「――変数の定義範囲を拡張。魔力伝達の係数計算式を見直して、この無駄な演算式を削除。空気中の魔素のエントレインメント量を増やすためにこの定数値を増やして……これだと魔法陣の強度が不足するわね。なら、新たな強化モジュールを追加。こっちのループ回数を減らして――」
叩く、叩く、叩く。エリーの悲鳴とアースドラゴンの咆哮を聞き流しながらとにかくキーを叩き続ける。
浮かんだ魔法陣が次々に書き換わって浮かんだモニターが消えては新しく生まれていく。頭が熱い。目が痛い。急げ、急げ、急げ、私。汗が滴り落ちるのも構わず一心不乱に魔法を書き換えていく。
そして――
「でき、たぁっ……!!」
やっつけ仕事だけどきちんと機能はするはず。いくつか確認してないとこもあるけどもうこの際無視。思いっきり魔力を注いでいき、魔法陣がまばゆく輝き始めたのを確認して、私は叫んだ。
「避けなさいっ、エリー!」
「っ……!」
振り下ろされたドラゴンの攻撃を受けて防御魔法が砕ける。だけどエリーはその勢いを利用して私の前からいなくなる。
遮るものはない。なら――
「いっっっっけぇぇぇぇぇっっ――!!」
注ぎ込んだ魔力を一気に解放。編み込まれた演算式に従って世界の理が書き換えられていく。
魔法陣がクルクルと高速に回転を始める。赤かったそれが次第に白から青へ変化し、空気がねっとりとした質感に変化した。
次の瞬間、巨大な光がアースドラゴンを飲み込んでいった。
「っ――……!」
凄まじい熱量が私の肌も焼いていく。反動の衝撃が私を弾き飛ばして転がり、見上げた天井が青白く染まっているのが見えた。
一瞬の静寂。そして轟音。次いで衝撃。激しく地面が揺れて、崩れた礫が私の直ぐ側に次々落下していく。
やがて衝撃と閃光が収まったのを感じ、私は腕を下ろして目を開けた。
さっきまでそこにいたアースドラゴンは、もういなかった。正確には後ろ足と尻尾だけが残っててそれがゆっくりと地面に倒れていく。壁から天井にかけてぽっかりと孔が空いて、パラパラと細かな礫が落ちていた。
「は、ははは……」
これ、私がやったのよね……? いろいろと魔法構成を書き換えたけど思ってた以上だわ。自分がやったことながら正直ビビってる。魔力も結構ごっそり減ってるみたいで気だるさを感じるけど、それでも空っぽにはなってない。かつての私は役立たずなくらい魔力がなかったはずなのに、いやホント、どうなってんのかしら。
ともあれ、私たちは生き延びた。同時に疲れて頭がうまく働かない。安心したせいか足から力が抜けて尻もちをつくと、ふと服の下で胸元が淡く光っているのが見えた。だけどそれを確認する前にすぐに消えてしまった。なんだったのかしら。
「ミレイユさぁんっ!!」
「わぷっ!?」
とか考えてると、エリーが泣きながら満面の笑みで飛び込んできた。黒い髪を私の胸にグリグリと押し付けてそのままむせび泣き始める。よしよし、そうよね、怖かったわよね。けど頑張ったわ。
「もうっ、マジで、ダメかって思ってましたぁ……」
正直私もよ。けどなんとかなって良かったわ。我が事ながら自分の魔法が謎だらけだけど……今は生き残ったことを素直に喜びましょ。
「ところで……」エリーが目元を拭った。「ホントにミレイユさん……なんですよね?」
「ええ。正真正銘貴女が引きずり込んだミレイユよ」
「う……それは悪かったと思ってるッス。それはそうなんスけど……姿が全然別人になってません? それにその腕……」
まぁ気になるわよね。さて、どう説明したらよいものやら。別に隠すほどのものでもないけど、まだ私の中でも情報が整理できてないのよね。
「ん……?」
とか考えてると、天井で軋む音がした。
地響きみたいな音がして、天井のひび割れが少しずつ、着実に広がっていく。起点を辿っていけば、私が魔法で空けたどデカい孔。はは、まさかね。
浮かんだ可能性を笑って誤魔化そうとした瞬間、聞いたこともない音がして巨大な岩が落下してきた。あ、こりゃまずいわ。
「ひぎぃっ!? 天井が崩れてるッスよ!」
「見りゃ分かるっての! 呑気なこと言ってないで逃げるわよっ!!」
「はいッス!」
せっかく生き残ったのに、生き埋めになって死ぬのなんてゴメンよ!
かくして私たちは一目散に走り出し、巨大な瓦礫に押し潰されそうになりながらも、なんとか迷宮を脱出したのだった。
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