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アドミン魔法使い ~死んだはずの異世界に帰還した元令嬢。現代でプログラマになった私は魔法を修正して人生をやり直します~  作者: しんとうさとる
第3部 迷宮管理

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3-14 宴の後で




 私の前にカチャリとカップが置かれ、そこに琥珀色のお茶が注がれていく。仄かな落ち着いた香りが漂ってきて、それだけで良い紅茶だとコーヒー派の私でも分かる。すぐに手にとってもっとこの香りを楽しみたいところだけど――


「どうしたのかね? さあ、冷めないうちに飲むと良い」


 問題は、これが陛下が手ずからお入れ下さったものだということ。いくら図々しい私でも、さすがにちょっと恐縮しちゃうわよ。

 さて、どうしてこうなったのかと言うと、だ。

 会議が閉会した後、陛下は「話がしたい」と私を自身の応接室へと招いてくれた。そこまではまだいいのだけど、部屋に入るなり陛下は侍従たちを全員退室させ、私と二人きりになると徐ろにお茶の準備を始めたわけで。


「実は、こうして自分で茶を準備するのが趣味でね。手順としてはそう複雑では無いのだが、中々どうして上手くいかないことも多い。それがまた楽しいのだが、今日はどうやら上出来のようだ。この場は君しかいないのだし、どうか気を安らかに楽しんでおくれ」


 かつては義父になるかもしれなかった相手であり、穏やかな方なので私としても特段の悪い感情を持っているわけでもない。向かいに座った陛下がカップに口をつけたので私もそっと一口含むと、ほっと緊張が解けていくような気がした。


「突然すまないね、ミレイユ嬢。侯爵の下から離れたと聞いたが、息災であったか?」

「ええ、陛下。おかげさまで自由に、生き生きと過ごさせて頂いております」


 まるで婚約破棄や貴族での生活を当て擦ったような言い方になってしまったけど、私の本心だ。平民の立場で好きなことをして生きている今に満足してる。

 陛下は気を悪くするでもなく「それは良かった」と穏やかな笑みを浮かべると、もう一度カップに口をつけた。

 カップとソーサーがカチャリと音を立てる。やがて陛下は居住まいを正して私の目を見つめた。


「昔の話を蒸し返すことになるが……婚約破棄の件は愚息が申し訳なかった」


 そして、そう謝罪してくれた。まさかそんな話をされるとは思ってなかったからきょとんとしてしまったけれど、まっすぐに私の目から離さない陛下の眼差しに、本心からの謝罪だと分かって、逆に申し訳なくなる。


「もったいないお言葉です。ですがこのように顔に傷が残り、腕も無くした王妃など国母となるにふさわしくないでしょう。殿下が婚約を破棄されるのも当然ですわ」

「私はそうは思わないよ。だが、仮にそうだとしても然るべき手順というものがある。あのように一方的に破棄を通知するなど、言語道断だ。言い訳になってしまうが……私が知らされたのはすべての手続きが終わった後だったのだ。身も心も傷ついたそなたにもっと寄り添ってやるべきだったのに、私自身もそれを怠ってしまった」


 本当にすまなかった。陛下はもう一度謝罪の言葉を口にしてくれ、私は頭を振った。

 お優しい方だ。ホント、あの王子の父親とは思えない。


「もう過ぎた話です。ですが陛下の謝罪、ありがたく受け取らせて頂きますわ」

「……感謝する」

「しかし陛下。こんなことを申し上げるのも如何とは思いますが、私、婚約破棄をされて良かったと思ってるのです」


 だからこそ私も本心を伝える。陛下がこれ以上気に病むことがないように。


「あの時はもちろんとても辛くて、探索者を新たな生き方とし始めてからもたくさん辛いことがありましたが……私は今、幸せなのです」笑みを陛下に向けた。「貴族という地位も捨て、明日の生活も保証されていない身の上ではありますが、おかげさまでお金には困らず、好きな魔道具や魔法の研究をして過ごせています。それも、辛いことを含めこれまでの人生の積み重ねの結果だと思っています。そして、これからもその生活を続けて参りたいのです」

「探索者という職業は危険だが、辞める気はないのかね?」

「好きな仕事をするには必要ですから。それに、私はもう何度か死んだ人間です。もし不幸なことが起きるとして、後悔だけはしたくありませんから」


 迷宮で死ぬまで、私は常に誰かの顔色を窺って生きてきた。だから後悔はずっとそこにあった。

 けど今の私は自分のために生きている。それはきっと婚約破棄や迷宮での死などを経て得られた人生だ。何事もなく結婚していたらきっと得られなかった。そう思える。

 想いを伝えると、陛下は「そうか」とだけ小さくつぶやいて再びカップを手にした。少し冷めた中身を口にし、それからまぶしそうに私の目を黙って見つめた。


「何か?」

「いや、強い女性になったものだと思ってな。昔のそなたは可憐で、しかし容易く手折れてしまいそうであった。しかし今は可憐ながらも折れず、しなやかな花のようだ」

「以前の方がお好みでしたか?」

「なに、今のそなたがクラウスの妻になってくれれば、当分は王国も安泰だろうと思ったまでじゃよ。我らが捨てた栓のない未来の話じゃ。戯言と思って聞き流しておくれ」


 自嘲するような笑みを浮かべると、陛下は大きく頭を振ってから顔を上げた。


「さて! この話は終わりにしてこれからの話をしようかの。

 先程議会で伝えたとおり、王としてそなたらに協力を惜しまぬ。王城の禁書庫でも資金でも、必要があれば伝えよ」

「ありがとうございます。ですが私はいち探索者であり、単なる魔道具屋です。そのお言葉はハーマンギルド長にお伝え下さい。きっと両手を挙げて喜ぶでしょうから」

「じゃがそなたも協力してくれるのじゃろう? なにせ――好きな仕事に必要なのじゃからな」


 先程の私の言い回しを使って、陛下は茶目っ気たっぷりにウインクした。

 はは、参ったわね。いや、もちろん報告書だけ書いて「はい、さよなら」するつもりもなかったけど、こう陛下に言われちゃあね。


「改めて伝えようかの――魔道具店の店主にして探索者であるミレイユよ、どうか多くの探索者や民に被害が出ぬよう、そなたの力を貸してくれないかの?」

「かしこまりました。浅才の身ですが、迷宮の異変解決に全力を尽くします――他ならぬハロルド王のために」


 そう言って私はカーテシーと共に頭を深く下げたのだった。





 王の応接室を辞して、王城の廊下を歩いていく。

 議会であんだけ好き勝手言われて、なんて最悪な日だって思ってたけど、陛下と直接お話できたし、結果として悪い一日じゃなかったわね。

 窓から差し込む夕陽に目を細める。婚約破棄をベッドの上で伝えられたあの日はくすんでた太陽も、今は鮮やかでまぶしい。時間というものは偉大ね。

 さて、ハーマンはもう帰ったかしら? 彼にも陛下のお言葉を伝えて、迷宮を元に戻すための方策を私も練らなきゃ。しばらくは魔道具制作はお休みだけど、代わりにE・Eからもらった知識を改めて整理しないと。明日からも忙しくなるわね。


「ミレイユ・アークフィルツ」


 そんなことを考えてると後ろから呼び止められた。


(その家名はもう捨てたんだけど……いったい誰よ)


 不躾な呼ばれ方に多少の不快感を覚えながら振り返った瞬間、思わず顔が「げぇっ!」となりそうになった。すんでのところで堪えるのに成功したけど。

 私を呼び止めたのは、クラウス殿下だった。


「久しぶりだな。元気にしてたか?」


 鮮やかな金色の髪と少しつり上がった大きな瞳。スラリとした王子様然とした姿は昔と変わらない。怜悧な眼差しも、傲慢さのにじむ態度も。彼は、まるで昔のことなんて無かったかのように話しかけてくる。


「ええ。おかげさまで」


 陛下の時とは違って皮肉百パーで短く答える。だが殿下はそんなことにまったく気づかず私に近寄ると、にやりと笑って私の肩を気安く叩いた。


「先程の議会、見事だったな。呆けた貴族連中の顔は実に見ものだった」

「そうですか。殿下を楽しませることができたのであれば良かったです」


 さっさと話を切り上げたいので適当に受け答える。けど殿下はまるでおもちゃを見つけた子どもみたいな笑みを浮かべて私から手を離さない。


「お話はそれだけでしょうか? 迷宮への対策に早く取り掛かりたいのですが」

「そう急くな。本題はこれからだ――ミレイユ、再び私と婚約しないか?」

「……は?」


 何を言ってるの、コイツ? つい本音が出そうになる。だけど殿下の顔を見る限り冗談じゃ無さそう。

 

(そういえば、殿下はそういう御方だったわね)


 昔を思い出し、私は妙に得心が行った。

 殿下は、端的に言ってわがままだ。物も人も、昔から欲しいものは手に入れてきた。

 そんな迷惑なわがままが許されるのも彼が優秀だから。学問も剣技も魔法も、一を聞いて十を知り、次期王としての評価も高い。故に彼の希望は常に優先して応えられてきた。かつての私との婚約も、齢十歳だった彼が望んだからに他ならない。


「昔の貴様は容姿だけのつまらない女だった。だが今の貴様なら私にふさわしい」

「そうですか」


 昔の私であれば、一度捨てられていたとしても喜んで応えただろうと思う。

 けど。


「お断りします」


 今の私には何の魅力も感じないし面倒だとしか思えない。だから返事は一択なんだけど、彼にはそれが随分と予想外だったらしく、訝しげに首を傾げた。ま、殿下のアプローチを断る女性なんていなかったでしょうしね。


「何故だ? 私はじきに国王になる。父とは違って私は優秀だ。今は貴族どもに牛耳られているが、いずれ王の権威を復活させ、偉大なシュタイア王国を復活させる。そんな国の国母となれるのだぞ? そのチャンスを捨てるというのか?」

「ええ、そんなものにまったく興味がありませんから」


 ずいぶんと自己評価がお高いことで、と内心で皮肉りながら「失礼します」と頭を下げて彼に背を向けた。


「待て、ミレイユ! この国が欲しくないのか!?」

「ええ、そんなもの欲しくもなんともありません。ついでに言えば、殿下にも興味はありませんので」


 私の肩がグッと強くつかまれ、けど私はその手を強かに払い落とした。

 かつて殿下が私に興味を失ったように、今の私には殿下など必要ない。私には二本の脚があって、彼に囲われずとも一人で歩いていけるもの。

 ああ、でも。言っておきたいことが思い浮かんで、私は歩き始めた脚を止めた。


「老婆心ながら、一つ勘違いを正しておきたく」

「勘違い、だと?」

「ええ。先程殿下はご自身をハロルド陛下より高くご評価なされていましたが、今の殿下は陛下には遠く及びません――それを心に刻んで、立派な王となられることを期待しておりますわ」


 立ち尽くしているクラウス殿下にそう言い残して、私は王城を後にしたのだった。






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