3-12 王国議会Ⅰ
私たちが命からがら迷宮を脱出して三日が経過した。
迷宮の異常を身を以て体験したハーマンは、探索者たちへ立入の自粛を求める通知を出したけれど、彼の独断で出せるのはそこまで。正式に立入禁止にするには他のギルドの了解が必要で、けど残念ながらというか当然というか、熱烈な反対を頂戴したみたい。
ならば、と王への直接陳情を要求した。そこまではハーマンから聞いた。それはいいのだけれど……
「なんで私まで呼ばれてんのよ……」
しかもなぜか陛下への謁見のはずが王国議会で話すことになってるし。
議会場に向けて王城内を歩きながら思わずぼやいた。今の私は単なるいち探索者で魔道具屋。王様や貴族連中に意見を言える立場じゃないっての。
すると前を歩いてたハーマンが申し訳なさそうに振り返った。
「すまない……僕が報告書に君の名前も書いたから」
「謝らなくてもいいわよ。報告書を下書きしたのは確かに私なんだし」
書いた時はまさか呼び出されるとは想像してなかったけどね。
「僕が申し入れたのは陛下の裁定だけだったんだけどなぁ」
「たぶん貴族たちの横槍でしょ」
陛下はお優しい方だから、ハーマンの意見を尊重されると思ったんでしょう。迷宮が封鎖されると税収が減って貴族連中も困るでしょうし、今回の場でもそれを阻止するように動いてくるに違いないわね。
しっかし……久々のドレスだけど、歩きにくいことこのうえない。昔の私はよくこんなのを着て生活してたわね。ユフィが私のドレスを一着持ち出してくれてて助かったわ。
「こちらです。すでに王を始め、皆様おそろいです」
案内役のお役人が大扉の前で、会議場への到着を教えてくれた。
ハーマンと一緒に大きくため息をつく。まぁ今さらぶつくさ言ったところでもう引き返せない。なら腹をくくりましょう。
かくして、槍を持った兵士たちが大扉を開いていった。
「……これは壮観だね」
扉の先の会議場では、大勢の貴族たちが待ち受けていた。王国中の……とまではいかないけど、王都に居を構える主要な貴族たちが勢揃い。入った瞬間はざわついていたけど、私たちに気づいた途端に一瞬静まり返って、そして私たちの姿を認めた途端にまたささやき声が会議場を這いずり回っていく。
「アレがアークフィルツ侯爵の……なるほど、王子から婚約破棄されるのも当然か」
「腕もなく顔に傷がある者を妃にはできぬだろうからな」
「侯爵家を捨て、探索者に身をやつしているそうだぞ」
「よくもこうした場に現れたものだ。我が娘であれば恥ずかしくて人前には出せぬよ」
中央に向かって歩いてると、あちこちから貴族たちのひそひそ話と、冷たく軽蔑するような視線が飛んでくる。たぶんアークフィルツ侯爵に対する当てこすりも含んでるんでしょうけど、どれも余計なお世話ってもんよ。
「……大丈夫かい?」
ハーマンが心配してくれて声を掛けてくれる。
大丈夫よ。昔なら落ち込んだでしょうけど、今の私はこの程度で傷つくようなやわな精神してないわ。人を揶揄するしか能がない連中なんてどうだっていいし。
私は今の私に誇りを持ってる。だから胸を張って進んでいく。正面にはハロルド陛下と王妃たるエレノア陛下、それとかつての婚約者であるクラウス殿下が座ってた。そしてその近くには、かつての父であるアークフィルツ侯爵閣下も。
公爵閣下は無表情でこちらをジッと見つめていた。何を考えているのか読めないけどただ私だけをずっと見続けていて、対して私はもう思うところはない。家を出たあの日にすべての感情は清算されて、だから私は小さく目礼だけして視線をクラウス殿下へと移した。
(殿下は……相変わらずね)
クラウス殿下は椅子の肘掛けに頬杖を突き、私の記憶と違わず冷たく見下すような眼差しでこちらを見ていた。
婚約前はずいぶんと熱心に私を口説いてきて私も舞い上がってたけど、婚約してからは段々とその熱意も冷めて、最後は顔を合わせるだけの毎日になってたわね。
私がどれだけ話しかけても返事は淡白。嫌われないよう尽くしても、想いは届かない。あの頃は気づかなかったけど、今思えば殿下はきっと飽きっぽいのよね。
彼は賢くて顔も良くて何でもできる人だ。そんな彼の周りには、婚約後も令嬢が集まってて、可憐な「花」たちを毎日とっかえひっかえ口説いてたっけ。
(そんな彼の姿を見るのは辛かったけど――)
あのまま結婚してても私の幸せは絶対にそこにはなかった。そう思えば、野盗に襲われて婚約が破棄されたってのも悪いことばかりじゃなかったのかもね。
そんなことを考えて歩いてふと顔を上げると、殿下――クラウスと目が合った。木で鼻をくくったように小さく笑ってきたので、私も「アンタと別れられて良かったわ」と、小さく鼻で笑い返してやるとその顔が歪んだのが分かった。
「それではこれより意見聴取を開始する!」
眉をひそめて何か言いたそうにしてたけど、ちょうど議長の発声が遮ってくれて、彼は舌打ちして起こしかけた体をまた肘掛けに戻した。そ、アンタはずっとそこでいつまでも斜に構えた態度を取ってなさい。
私はもう――アンタに未練も何も無いからさ。
かくして王族と貴族という王国のお偉い様方が集った会議が開始された。
ハーマンが、自身が体験した迷宮の異常をコンコンと説明して、くわえて「フェイタリス・コード」の存在と彼らの目論見も踏まえて迷宮の封鎖を改めて主張していく。
その口調は冷静ながらも危機感が切々に伝わるものだと私は思う。だけど。
(はぁ……時間の無駄ね)
お貴族様たちにはまったく響いた様子がない。つまらなさそうに話を聞いてるのはまだ良い方で、あくびを隠そうともしてなかったり、隣同士でヒソヒソ話をしている奴までいる。少なくとも、私たちにとって好意的な雰囲気ではない。
「……以上のように、現在迷宮内は安全の確保が非常に難しい状況にあります。つきましては、探索者ギルドとしては迷宮の封鎖を行い、安全確保のための各種施策を至急行うことを国王陛下に上申致します」
ハーマンが意見の陳述を終える。だけど雰囲気に変わりはなく、お貴族様方に真剣な様子はない。「やっと話が終わったか」と言わんばかりだ。
「話は分かったよ、ハーマンギルド長」
やがて、小太りの貴族様が口を開いた。あれは確か……ホフマン伯爵だったかしら。財務大臣を長らく務めていて、高い席に座る彼はニヤニヤしながら立ち上がってハーマンを見下ろした。
「陛下や他の皆様より先んじて意見を述べさせて頂くのは恐縮だが――私としては君の意見には反対だな」
「理由を拝聴してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。安全を優先するという君の意見は探索者ギルド長としてはもっともだろうがね、いかんせん迷宮を封鎖すれば経済面での悪い影響が大きすぎる」
「左様。王都の迷宮は国内経済の生命線なのだよ。魔力石、宝石、迷宮素材……それらが一斉に絶たれれば、深刻な混乱を招くのは目に見えている」
伯爵の言葉を皮切りに方々から意見が上がってくる。けれど、どれもこれも反対ばかり。まあそうでしょうね。
「承知しております。なので封鎖期間を可能な限り短くするためにも、一刻も早く正常化するための施策を――」
「だからその封鎖が認められんと言っておるのだ!」
ホフマン伯爵が机を叩きながら怒鳴った。他の貴族たちの顔にも苛立ちが混じった。
「一日封鎖すれば、それだけ経済的な損失が生じる! その損害を君が負担できるのかね!?」
「そうだ! 犠牲が出たなら、他の人間に潜らせればいいだけだ!」
「それは聞き捨てなりませんね」
貴族たちの怒声にも冷静な態度を崩さなかったハーマンだったけど、デブの貴族が暴論を吐いた瞬間表情が変わった。
「彼らの命は、貴方がたと変わりはない」
怒気が冷ややかな空気を醸し、空気が張り詰める。暴論を放った貴族が気圧されて口をつぐみ、その相手をハーマンがさらににらみつけた。
「その命を掛けて彼らは潜っています。だからこそ私は安全を確保する責任がある」
「……もういい。君とは話にならん」
「探索者ギルド長の椅子……それがいつまでも君の下にあると思わないようにな」
別の貴族が脅すようなセリフを吐いた。ちょっと、ハーマン。なんでそんな嬉しそうなのよ。
しかしまぁ。垂れていた頭を少しだけ上げて居座ってる貴族連中の顔を眺める。
結局は反対ありきなわけで、建設的な議論なんてするつもりもない。迷宮素材が出回らなくなったら巻き上げる税金や、大商会からの「袖の下」が無くなるのが嫌なだけ。本来は王への意見上申だったのに議会での報告になったのも、こうして寄って集って封鎖案を叩き潰すためだったんでしょ、きっと。
「そういえば先程、『フェイタリス・コード』なる者がどうこう言っていたが――」
心の中でため息をついてると、不意にホフマン伯爵がイゴールたちの組織を口にした。さすがに彼らについては調べてくれるのか、とちょっと期待したんだけど、続いて彼の口から出てきたのはまったく違うセリフだった。
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