3-11 ハロルド王
王城内の執務室で、シュタイア王国国王のハロルド三世は一人執務にあたっていた。
時折白いあごひげを撫でながら大量の書類に目を通し、読み終えるとサインをする。一頻り黙々と作業を続け、やがてペンを置くと目を閉じて疲れた目を揉みほぐした。
「ふぅ……まだまだ課題は山積みじゃな」
ずっしりと残る書類の山を眺めると彼は目を閉じ、苦しそうに息を吐いた。
己は王の器では無い。治世が始まって十余年、彼が抱き続けている思いだ。
知力も武力も胆力も無い。血筋だけで王に選ばれたとしか言えず、それでも曲がりなりにも大きな混乱もなく国が残り続けているのは愛する王妃のおかげだ。ハロルドよりも遥かに優れ、まさに傑物と呼ぶに相応しい。ひいき目でなく彼は本気でそう思っていた。
「だからといって彼女にばかり負担をかけるわけにはいかんからの」
ハロルドは、机の脇に寄せた小さな書類ケースに疲れた目を向けた。
そこに入っている書類は、彼が慎重な判断が必要と感じた案件のものだ。凡百な己は、日々の判断に間違ってばかり。官僚や大臣に言い含められてしまうことも多い。
それでも国の重大事に繋がりかねないものに関しては決して誤るまい、と彼が直感したものは別に分けて熟慮を重ねることにしていた。
その書類ケースに入った一枚を手にして覗き込んだ時、扉がノックされた。
「失礼致します」
入ってきたのは内務卿だった。恭しく一礼をした後、ハロルドが声をかける前に頭を上げ眼鏡の位置を直す。そして口元で弧を描くと、シワの目立つ目尻でハロルドを目下ろした。
「先日のギルド長会議にて王のご判断を仰ぐ動議がございましたので、議事をお持ち致しました」
「うむ。先日報告があった迷宮の異変に関する会議じゃの? ちょうど今、その仔細を確認しようとしてたところじゃ」
にじむ内務卿の無礼さを咎めるでもなく、ハロルドは手にした紙を揺らした。
先んじて上がってきた報告書によれば、王都近くの迷宮で構造が著しく変化し、これまで存在しなかったモンスターも出現しているという。そのため、しばらくは探索者の立ち入りを禁止、あるいは制限すべきとの進言も付記されていることまではハロルドも確認していた。
「して、会議ではどのような議論がなされたのかな?」
「探索者ギルド長からは安全性を理由に、報告書同様に改めて迷宮への立入禁止を主張。一方で魔道具ギルド、商業ギルドおよび王国の迷宮管理部門は反対を表明しました」
「探索者ギルドの主張は理解できるが……その他がその措置に反対するのは、経済面の影響を懸念してのことかの?」
「ええ。王国の、特に王都周辺の経済は迷宮起源の素材や魔力石、宝石類への依存度が高いですから。迷宮が封鎖されてそれらの流通が一気にストップすると経済が大混乱に陥ることは目に見えています」
「ふむ……して、会議での結論は如何ように?」
「最後まで探索者ギルド長は、断固として反対の立場を崩さないままでした。本来であれば反対多数で否決されるはずですが、ギルド長権限を発動し、陛下への直接の陳情とご判断を要求しております」
内務卿の報告に、ハロルドは小さく唸った。ハーマンとは何度か直接言葉を交わしたこともある。印象としては穏やかな男で、ギルド長の権限をむやみに振りかざすことはなさそうだった。
その彼が権限を発動してまで禁止を主張している。つまりは。
「探索者ギルド長は、それほどの危険を感じている、ということかの?」
「どうでしょう? 新進気鋭だったAランク探索者グループも最近は結果を出せていないようですし、探索者自体のレベルが低下しているのかもしれませんな。あるいは、これを機に探索者ギルドの地位向上を狙って大げさに報告している可能性もあるかと」
「卿は報告を信じていないのだな」
「ええ。所詮は荒くれ者の集団ですからな。欲をかいたとしてもおかしくないでしょう。ですが我々としても、探索者ギルドへの影響力を強める良い機会かもしれません。近年、彼らは我々の意向に異を唱えることも多いですからね」
内務卿は鼻を鳴らしながら意見を述べた。
ハロルドは、はて、彼らがそれほどの野心を持っているだろうか、と疑問を抱いた。しかしながら迷宮が封鎖されることの影響は確かで、ぜひとも避けたいのも事実だ。
さて、どうしたものか。ハロルドは口ひげを撫でた。そして改めて手にしていた報告書に視線を落とすと、そこに記されていた名前に気づく。
(ミレイユ……もしや……?)
ハロルドの表情が僅かに後悔で歪んだ。
かつて、息子であるクラウスの婚約者であった女性と同じ名。家名は書かれていないが、アークフィルツ家を出て「探索者に身をやつした」という噂を耳にしたこともある。その噂が事実ならばこの報告書も彼女によるものだろうか。
名前を指でなぞると、記憶が朧気に蘇ってくる。我が身の至らなさ故に婚約が解消されてしまったが、奥ゆかしくも聡い子であり、この国の実状に対する理解も深かった。その彼女がこれを書いたとすると……
ううむ。ハロルドは目を閉じ唸った。
「ともかく、このようなことに王が心を砕かれる必要はございません。私の方から陳情を却下する旨を――」
「いや、その心配りは不要じゃ」
内務卿の言葉を遮ってハロルドは目をゆっくりと開く。そして、噛みしめるように告げた。
「探索者ギルド長のハーマン、そして報告書を作成したミレイユ。この二名を呼んでおくれ。直接話を聞こうではないか」
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