3-9 迷宮コード
「君たちの会話にまったく入っていけなかったんだけど……つまりはどういうことだったんだい?」
「エリーちゃんは大丈夫なの……?」
私たちのやり取りを黙って見守ってたハーマンやメルディアが尋ねてくる。そうよね、何言ってんのか分かんなかったわよね。
とりあえずE・Eとの会話の内容を、極力専門用語は省いてざっくり説明してあげる。そして、私が彼女に託された使命についても。
「詳しいこたぁ俺にゃわかんねぇが……できるのか?」
「やるしかないでしょうね」
彼女の言葉どおりなら、迷宮そのものが破綻しかねないでしょうし。やっぱりエリーの時代でも似たようなことが起きて秩序が崩壊したのかしら。なら、E・Eのことを見なかったことにはできないわよね。
とは言っても……
「詳細はエリーに聞けって言ってたけど……」
彼女はまだ起きる気配はない。ったく、緊急時だってんならそこらのケアまでちゃんとしなさいっての。
ぼやいてもしょうがない。エリーが目覚めるまでできることをしとかなきゃ。とりあえず「ほころび」を探せばいいのかしら? そう思って壁の方に適当に近づこうとしたその時、地面が小さく揺れ始めた。
「またどこかで迷宮の構造が変化したのかもしれないな……」
「……いや、そんな他人事みてぇな状況でもなさそうだぜ」
ガイアスのつぶやきに反応しながら、ゼナスが徐ろに剣を抜いた。
モンスターの気配を感じたのかしら、と彼の視線の先を辿っていく。そして――戦慄が走った。
薄暗い部屋の地面。そこが真っ黒に変色していた。液体みたいに波打ってて、そこから小さな波紋が広がったかと思うと――真っ黒なシルエットのモンスターが次々と姿を現した。
狼やゴリラを模した形のもの、サイクロプスみたいな一つ眼のモンスターのようなものに完全に異形のモンスター、そして……この間の蟹もどきまでいる。
つまり、だ。
「……これが、君らが報告してくれた、倒しても復活するってモンスターかい?」
「ええ、たぶんね」
唯一倒せるのはエリーだけだけど戦える状態にないし、本来なら選択肢は一択。
「なら撤退する……しかないよねぇ」
「でもミレイユさんの話だと、暴走してる迷宮を正さないといけないんでしょ?」
そうなのよね。だから簡単に逃げるわけにもいかない。ハーマンたちに負担は掛かるんだけど、戦ってもらってる間にせめて何か一つでも手がかりを見つけるっきゃないか。
そう話してる間にもモンスターたちがにじり寄ってくる。低く唸るような声を上げ、私たちも身構える。
果たして、奴らが飛びかかってきた。
「やるしかない……!」
覚悟を決めたガイアスが一歩前に進み、モンスターの攻撃を大盾で受け止めた。鈍い音を響かせながら踏ん張って押し留め、メルディアとゼナスが切り刻む。けれどバラバラになった黒い獣が、瞬く間に再生して再び立ち上がった。
「本当に再生するのね……」
まったくダメージを受けた様子のないモンスターに、メルディアが顔を歪めた。けどそのままゼナスと一緒に両サイドから突撃していって剣戟を存分に奮う。
次々にモンスターが切断されていく。それでも迫る勢いに陰りは見えなくて、徒労感さえ覚える。けど不意に大量に立ち上った炎がモンスターを飲み込んで焼き尽くした。この威力……ハーマンね!
「無理はしないで時間稼ぎに徹するんだ!」
「りょーかい!」
ハーマンの指示にメルディアが元気よく応じて、彼女らしいスピードを活かした攻撃で敵を圧倒していく。
私もコンソール画面を開き、ライブラリの魔法を手早く実行。同時展開した魔法を次々と敵の山に着弾させて押し返していく。
「なんとか今のうちに、手がかりを見つけ――」
モンスターと戦うみんなに背を向けたその時、突如として地面が大きく揺れ始めた。
「な、なんだ……!?」
戦闘前のそれとは比較にならない、とても立っていられないような揺れが轟音と一緒に響いてく。そして何かが崩れ落ちるような音が轟いて振り向くと。
「そんな……道が……」
跳躍して一度引いたメルディアから、絶望に満ちた声が私の耳に届く。
私たちが通ってきた道。それが完全に塞がれていた。天井の崩落とかじゃなく道が完全に変化して、最初っから壁だったみたいに周囲と一体化してる。
「どうあっても俺らを逃さねぇつもりか……!」
「まるで僕らが迷宮に異物判定されたみたいだね!」
それでも屈せずにゼナスたちが戦い続けるけど、倒しても倒しても糸を引くようにして再生していくモンスターたち。本当にキリがない。
早く何とかしないと。焦燥が私を焦がして走り出そうとした時、すぐ脇で「ミレイユさん」と私を呼ぶ声がした。エリーの声だ。
「エリー! 大丈夫!?」
「……私は大丈夫ッス。それより、E・Eさんからメッセージがあるッス」
よろめきながら立ち上がった彼女が、モンスターのいない壁の一角を指さした。
「あそこに『ほころび』があるはずなんスけど、分かりますか?」
その場所に集中すると、確かにモザイク状の壁があった。エリーを支えながら近づいていって、彼女に言われるがままに触れてみる。
「OKッス。なら次に私の手を握って、意識を私との繋がりに集中させてほしいッス」
「繋がりって言われても……どうすればいいのよ?」
「ええっと……そうッスね、ミレイユさんなら体を流れる魔力を感じられるはずッス。私のそれとミレイユさんの手を通して繋げるイメージで」
イメージは漠然とは理解したけど、よく分からない。だけどやってみるっきゃない。
彼女の手を握って目を閉じる。私の中を流れる魔力回路を頭の中で想像し、それを手の方へと次第に伸ばしていく。感じるエリーの温もりへと、想像上の魔力の流れが近づいて、やがてそれが指先にまで到達した。そう感じた直後。
「っ……!?」
膨大な映像が一気に私の中へと流れ込んできた。必死の形相で戦う誰かや、柔らかに微笑む子どもの姿。同時に多くの感情が私という存在を押しつぶそうとしてくる。
(これは……エリーの記憶……?)
絶望と希望にあふれたそれら激情に涙があふれた。苦し過ぎて胸が痛い。だけどそれに押し流されまいと歯を食いしばる。すると、不意に気持ちが軽くなるのを感じた。
まぶたの裏で柔らかな光を感じ、ゆっくりと眼を開ける。するとそこには――パステルカラーの空間が広がっていた。
「ここは……?」
けれど、見渡す限りのあらゆる場所に細かなひび割れが入っていて、眺めてるだけで不安感を煽ってくる。そんな場所に私は一人取り残されていた。
けれど背後に誰かの気配。弾かれたように振り向けば、すぐ眼の前に女性が一人立っていた。
いつの間に。驚いて後ずさる。見たことない人。けどその無表情な顔に直感した。もしかして――
「貴女……E・E?」
疑問が口をつく。けど、彼女は何も言わずに私の頬に触れた。そして。
(……っ!!??)
そのままキスをした。彼女の冷たい唇が私のそれに重なり、熱が奪われていく。愛も優しさもない無機質なキス。それでも驚きのあまり声が出なくて、だけど直後に膨大な何かが私の中へと流れ込んできた。
(っ……!)
これは、知識だ。迷宮に関する膨大な制御言語と基本理論、全体構成に現在の問題箇所。私の知らない圧倒的な知識が激流となって私を飲み込んでいく。拒絶したくても無理やり注ぎ込まれて、自分の頭が上書きされていく。
怖い。怖い、怖い。だけど。
(このくらい、何だってのよ……!)
クーザリアスに胸を刺され、為す術もなく血が流れ落ちていったあの日、あの時の恐怖に比べれば、耐えられないことなんてない。砕けるんじゃないかってくらい歯を食いしばってひたすらに耐え続けていると。
「――はっ……!?」
気づけば私は現実に戻ってきていた。どうやらしゃがみ込んでるみたいで、眼の前には小さな血溜まりができていた。鼻下や頬に触れれば、指先が真っ赤に染まった。
「大丈夫ッスか……?」
「……大丈夫、とは言えないわね」
エリーに応じながら頭を上げる。血はまだ鼻と眼から流れ落ちてるし、頭は脈打つ度にガンガンと耐え難いくらいに痛い。このままうずくまってジッとしときたいわ。
けどそうもいかない。まだ何もしていないのだから。よろめきながら立ち上がると、私はもう一度「ほころび」に触れた。
途端に視界がコードで埋め尽くされた。私が見えるあらゆる空間にたくさんのコンソール画面が並んで、それ以外に何も見えないほどだ。そしてその全てが――読める。
息を飲む。これが迷宮の管理プログラム……そうよね、これだけの迷宮だもの。コードだって膨大なものになるわよね。その量に圧倒される。
だけど……どうしてかしら。すごく――ワクワクする。頭の痛みを忘れるくらいに。
「すごい……! なるほど。ここをこうやって自律的に制御できるように――え? ここをこうやって……すごいわ……こんな概念を導入してるなんて……! これだけ複雑な機構を簡素に設計してるなんて、どんな天才業よ……!」
知識を叩き込まれたおかげで苦もなく読めるけど、こうして実際にコードを目の当たりにすると、迷宮プログラムのその凄さを「理解」できる。やばい、こんなプログラム、自分でも作ってみたいわ。
すごく刺激を受ける。だけどその感情を堪えて、さっき知識を叩き込まれた時に一緒に教えられた、問題を引き起こしているモジュールを手元に引き寄せた。
そして――その中身を見て絶句した。
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