2-12 異変Ⅰ
「何ていうか、気の良さそうな人たちでしたッスね」
歩きながら私はエリーの言葉にうなずいた。
思ってたよりも早くメタルアントに遭遇したおかげで、私たちはついでに他の素材もこの際集めるために、もう少しだけ深層へ向かうことにしたのだ。
私たちが助けたシルバー・シールドの人たちはもう地上へ戻るようで、その場で別れた。ガイアスとメルディアもそうだけど、他のメンバーたちも人の良さそうな人ばかり。別れる最後の最後まで口々に御礼を述べてくれていた。
「ここのところ見放されてたけど、久しぶりに良い縁が結べた気がするわ」
クーザリアスたちとも再会しちゃったし、その後にもジャンパルドが襲来したりと悪縁ばっかりだったしね。
振り返ると、暗がりの中で薄っすらと彼らの後ろ姿が見える。仲睦まじそうに歩く彼らの姿。その姿が、かつてのグランディス・ソードの姿が重なる。
(もし、あの時ギルドで出会ったのが彼らだったら――)
私は今もああしてパーティの一員として活動できていたのだろうか。あるいはグランディス・ソードの三人が彼らのようだったら、今も笑い合いながら、夢見る探索者として共に生きていたのだろうか。そこまで考えてつい自嘲の笑みがこぼれてしまう。
「……また何か変なこと考えてるッスね?」
「ええ、そうね。くだらないことをつい考えてしまったわ」
だってそれは戻れなかった「過去」だもの。ため息をついて、そしてエリーの横顔を見つめた。
(そう、今の私の仲間はエリーとユフィだもの)
過去の幻影は不要。私の「現実」は今、ここにあるんだから。
そう今を踏みしめながら進んでいたその時だ。
「――ぁぁ……!」
何か、迷宮に反響した声らしき物音が微かに聞こえた。私だけじゃなくてエリーも足を止めて先をにらんでるから、どうやら私の聞き間違いじゃなさそう。
「……ミレイユさんも聞こえたッスか?」
「ええ。なんというか」
誰かの悲鳴みたいな声。ついさっきも似たような状況があったけど、同じように誰かがモンスターに苦戦してるのかもしれないわね。
「どうするッスか?」
迷宮内は基本的に自己責任だし、見捨てたって咎められることはない。逆に助けに行ってトラブルになる方が多い。でも、気づかないふりをして回れ右するのも後味が悪いのよね。
「……はぁ、行くだけ行ってみましょうか」
ため息混じりに頭を掻くと、二人分の身体強化魔法を掛け走り出す。先に「索敵くん(仮)」を進ませるけど、中々反応が無い。おかしいわね、悲鳴の大きさを考えるとこんなに離れてるとは思えないんだけど――
「うわああああっっ! くそっ、こいつら……!」
「後ろっ!?」
背後から声が聞こえたことで慌てて立ち止まる。けれど振り向いても、声は聞こえど姿が見えない。いったいどこに?
「ミレイユさん、壁に穴があるッス!」
壁に穴、ですって? 私は思わず耳を疑った。穴なら魔力波が反射せず回折するから索敵くん(仮)が信号を拾えないでしょうけども、そんな馬鹿な。
迷宮の壁や地面は恐ろしく頑丈だ。魔法や剣戟で表面はえぐれたり傷がついたりはするけど、どれだけ強力な魔法を叩きつけようが穴が開くなんてことは聞いたことがない。
けれど確かにちょうど人が一人通れるくらいの穴があって、そこから剣戟の音と熱を伴った風が私の右手を撫でていた。
(いえ、そういえば……)
私たちがこの世界に戻ってきてアースドラゴンを倒した時も穴が開いて、天井が崩落してきたっけ。あの時は必死だったから何も思わなかったけど、今考えればおかしい。
(アースドラゴンなんて化け物があの階層に出てくる時点でおかしかったけど……やっぱり迷宮に何か異変が起きてる……?)
「中で誰かが戦ってるみたいッス! どうするッスか!?」
エリーの怒鳴るような声に我に返る。考え事は後ね。
穴に体をねじ込んで中を覗き込めば、かなりの空間が広がっていた。そしてそこには――見たことのないモンスターが大量にいた。
「くそっ……! この、倒れろよぉっ!」
一見して人間大サイズの蟹のようなシルエットだけど動きは蜘蛛に近い、真っ黒で不気味なモンスター。十数体はいるそいつらに向かって必死に探索者三人が攻撃してるけど、ダメージこそ与えてはいるものの、明らかに数で押されてた。
そして壁際には――腹を切り裂かれて倒れてる彼らの仲間らしき姿がいた。
「……」
エリーが悔やむように目をつむった。最初の悲鳴はこの人のものだったのかしら。この出血だと、もう……ダメでしょうね。
血を流して絶命してるその姿に、クーザリアスに刺し殺されたかつての私の姿が重なる。胸が締め付けられて苦しい。けれど、今はそんな感傷に浸ってる場合じゃない。
「助けに来たわ! 援護するっ!!」
「っ……! ありがたいっ!!」
「エリーは彼らの救助をっ! 足止めは私がやるわ!!」
「合点承知ッス!!」
倒れてる人に走り、穴の外へ引っ張っていくエリーを横目に見ながらコンソール画面を開く。高速でキーボードを叩いて、矢継ぎ早に魔法ライブラリを参照するスクリプトを書き上げて実行。一瞬で浮かび上がった数個の魔法陣から魔法が発射され、着弾すると同時に火柱が立ち上り、爆風が吹き荒れた。
「す、すげぇ……!」
「動けるなら外に走って!」
戦ってた人に怒鳴り、三人が慌てて走り出すのと同時に、生き残ったモンスターが火柱の奥から飛び出してくる。それを氷の塊で真横から弾き飛ばすけれど、さらに背後から別の個体が巨大なハサミを突き出して襲いかかってきた。
「こんのぉっ!」
家を出た後に私が自作した義手。その中に仕込んであった剣が現れ、ハサミを受け流すと、そのまま背後に回って刃を突き立てる。
「つっ……!」
だけど硬い甲羅に弾き返される。ちっ、斬撃系は通じなさそうね。
「なら――質量で圧倒するまでよっ!!」
氷の塊を大量に浮かび上がらせ、冷たい砲弾を嵐のように叩きつけていく。轟音が響き渡り、着弾の砂埃を激しく舞い上がらせながら氷の山がうず高く積もっていく。
「お、終わったのか……?」
「ええ、おそらくは」
指をパチンと弾くと氷が一瞬で溶けて消える。その下には、衝撃で押しつぶされた蟹もどきが体液を流しながらピクピクと微かに動いてる。これだけ潰れたらさすがにそのうち死ぬでしょ。
それはそうとして……こいつらは何なのかしら? 見たことないモンスターだけど、もしかして未発見の新種?
よく観察しようと近づいていく。
その時だった。
「なっ……!?」
ぐちゃぐちゃに潰れた甲羅が見る見る間に膨らんでいく。千切れた手足が黒い粘着質な糸を引いて繋がり、やがて完全に再生して立ち上がった。それも、一匹や二匹でなく――私が倒した奴全てが、だ。
「どういうことよっ!?」
確かに倒したはずなのに。困惑する私を他所に、起き上がったモンスターたちが巨大なハサミを振り下ろし、さらに体を両断しようと突き出してきたそれをかわす。
だけど。
「後ろだっ!!」
「っ!」
油断した。助けた人が穴の外から叫んでくれたおかげで後ろから迫ってきてた攻撃に気づく。とっさに氷の壁を張ったものの、防ぎきれずに私の右腕を浅く斬り裂いていった。
致命傷は避けられた。でも敵は一匹じゃなく、別の個体が突き出すハサミが視界の隅に映った。
これは、ムリ。避けられない。
多少の大怪我は覚悟しなくちゃいけないかしら。大丈夫、クーザリアスに串刺しにされた時を思えば――
だけど、その衝撃は来なかった。
「お待たせッス、ミレイユさんっ!」
間近に迫ったモンスターの横っ面を、気づけばエリーが思いっきり殴り飛ばしてくれていた。
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