表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アドミン魔法使い ~死んだはずの異世界に帰還した元令嬢。現代でプログラマになった私は魔法を修正して人生をやり直します~  作者: しんとうさとる
第2部 新生活と迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/36

2-1 新生活

第2部開始です。




「おっはよーございまーすッス! 朝ッスよー!!」


 シャ、と小気味よい音が響いた。

 まぶしさに思わず目元を腕で隠す。次いでおぼろげな意識の中にガチャガチャという音が届いて、吹き込んできたらしい風が私の前髪を揺らし、おでこをくすぐった。


「はぁぁ……まぁたこんな状態で寝てんスか」


 エリーの呆れた声がした。ああ、もう朝か。今日も起こしに来てくれたのね。ありがとう。そう思うけれど言葉にはならない。まだ私は眠いの。だからもう少し寝かせて。


「半裸のうえに魔法書に埋もれた状態。それでよくもまぁこんなにもぐっすり眠れるもんスね……近所のガキンチョでももうちょっとマシな状態ですよ。ここまでくるともはや尊敬の域ッスね」


 まさかミレイユさんが、こんなにズボラだとは思わなかったッス。エリーのそんなぼやきが聞こえた。やだ、そんなこと言われたら――


「むにゃむにゃ……照れるわね……」

「褒めてないッス。ほら、寝ぼけてないでしっかりつかまるッスよ!」


 半開きの目にエリーの背中が大きく映る。丸出しだろうお腹と右腕を通じて、彼女の温もりが伝わってきた。

 エリーに背負われて半地下の工房から一階に上がっていくにつれて、料理の音と香りが耳と鼻をくすぐってきた。ああ、いい匂い。美味しそうね。このまま寝ると、良い夢が見れそう。心地よさに私はまた目を閉じた。


「寝ないでさっさと起きろって言ってるんス!」


 けど怒鳴り声と一緒に椅子へぶん投げられて、勢いそのまま後ろにバターン!と倒れた。その衝撃で、私の意識はようやく本格的に覚醒した。


「いったぁ……あ、ユフィ、おはよう」

「おはようございます、お嬢様」


 寝転んだままユフィがいつもと変わらない笑顔で挨拶を返してくれる。けれど忙しなくテーブルとキッチンを行ったり来たりして私を起こしてくれたりはしない。視線を向けてもニコリと微笑みを返すだけ。たぶん「ご自身で起きてくださいね?」という意味だと思われる。しゃーない、甘えるのもここまでにしときますか。


「ミレイユさん」

「ん」


 エリーが工房から取ってきてくれた自作の義手を投げ渡してくれたので、それを受け取ると腕にはめ込む。特性のベルトを胸と右肩に巻いて固定し、魔力を通すと疑似神経を通じて私本体と繋がった。よし、いつもどおりね。

 目の前の小さなテーブルには朝ご飯が三人分。匂いにつられてあふれる唾液の飲み込んでると、エリーとユフィも私の向かいに座った。


「今日もありがとーッス、ユフィさん。美味しそうな匂いでもう我慢の限界だったッス」

「いえいえ。そう言って頂けると私もやりがいがあります」

「よし! それじゃ食べましょ。せーの」


 いただきます。

 私の広めた挨拶の声が三人分重なった。




 私が侯爵家を出て、半年が経過した。

 同じ王都・シュヴァルクでも貴族街からは遠く離れた北西地区の安宿。そこを仮住まいにして、エリーと二人で探索者稼業で日銭を稼ぎながら良さげな物件を探し続け、先々月に私たちはついに小さいながらも魔道具屋を開業した。いやー、いろいろと苦労したわ。


「女三人だと思ってどの不動産屋もぼったくろうとしてきたッスよね」

「明らかに曰く付きの物件を紹介したりね。ユフィが敏感な体質で良かったわ」

「そのせいでユフィさん、寝込んじゃいましたけどね」


 魔道具のメンテをしながらエリーと当時を回想する。

 相対的に貧困層が多い北西地区という土地柄のせいか、不動産屋も明らかに足元見てきてたのよね。他にも不埒な輩にカツアゲされそうにもなったっけ。不動産屋含め、そいつらにはもちろん相応の報復はしておいたけど。


「けど今やミレイユさんがそいつらの大将スからね。ホント、人間何がプラスになるか分かんないもんス」

「誰が大将よ」


 いや、まぁ確かにこの辺りの連中から一目置かれるようにはなったけどさ。今のこの家も彼らと不動産屋が最後に平身低頭して紹介してくれた物件だし。

 最初は連中が紹介するなんてどんな家かしらと高をくくってたんだけど、それがどうしてどうして。私たちは即決で購入した。

 仮住まいの安宿からもさらに離れた王都の端っこで、その中でも裏路地に面した古びてくたびれた家。場所柄もあって商売するには向かないんだろうけど、土地は狭くても半地下部分を含めて三階建てなので中は十分広いし、値段も王都内ということを鑑みれば破格のレベル。現代日本みたいにネットで物件検索なんてこともできない中で、こんな掘り出し物が見つかるなんて運が良かったわ。


「ほら、今日も子どもたちが来てるわよ。後はやっとくから行ってきなさい」

「エリー、エリー! 今日もアレ見せてよ!」

「えぇー、またッスか? しょうがないッスね」


 その後、家の掃除をしたり家具を買い揃えたり、開店の準備を進めたりとてんやわんやな時間を過ごして店が正式稼働したのが二ヶ月前。今はこうして店のカウンターに座ってエリーと子供たちの声をのーんびりと聞いてる。なんて素晴らしい時間かしら。


「じゃーいくッスよ。三、二、一……それっ!」

「おぉーっ!」


 エリーが簡単な氷系魔法を応用して空中で雨みたいに水を降らせると、日光に反射して虹ができる。雨をクルクルと回し、虹がきらびやかに輝いて、それを見た子どもたちが歓声を上げていた。

 やってる魔法それ自体はよくある簡単なものなんだけど、実はエリーのそれを解析してみたところ、魔法構成からして既存のものとは全然違ってることが分かった。

 彼女にもヒアリングしたところ、一般的な魔法構成だと魔法がほとんど発動しないらしい。それでも魔法が使いたくて本を読み漁ったところ、ある古い魔法書に書いてあるやり方だと唯一使えたんだとか。


「彼女の体質なのか分かんないけど、興味深い話よね。魔法書はこの時代でもどこかに眠ってるんでしょうけど」


 既存とは違う新しい魔法構成に、体質と魔法構成の関係。うーん、なんてワクワクする話かしら! なんとかエリーの体と彼女が学んだっていう魔法書を手に入れて研究してみたいわ。


「いくらミレイユさんでも体をいじられるのは勘弁ッスね。魔法書もコレクションするのは自由ッスけど、ちょっとは整理するべきッスよ。工房の中、本だらけで足の踏み場も無いじゃないッスか」


 あら、魔法書に埋もれて眠るなんて最高じゃない。それより、子どもたちの相手はもういいの?


「仕事はしないといけないスからね。お客さんッスよ。それも上得意の」


 エリーが親指で後ろを指したので、首だけ傾げて覗き込む。すると、頭にターバンを巻いた褐色肌の青年が笑顔で手を振っていた。あら、フリオじゃない。いらっしゃい。


「おはようございます、ミレイユさん。いつもお世話になってます」


 彼が差し出した手を握って挨拶を交わすと、彼の笑みがいっそう人懐っこくなった。

 彼の名前はフリオ・トビアス。一年中街から街を渡り歩く行商人で、私の開発した魔道具の取り扱い窓口をやってくれてる。

 彼と知り合った発端は、ギルドのカタリナさん。探索者向けに既存品を改良した魔道具を販売したくて彼女に相談したところ、多少なら探索者ギルドで代理販売してもらえるらしいんだけど、本格的な商売はNGらしいのよね。まぁそこは商業ギルドとの関係もあるからしかたないと言えばそうなんだけど。

 で、紹介されたのがフリオ。風貌には少年っぽさがあるけど二十代後半でキャリアはそこそこ。南方の国出身ながら、今はこのシュヴァルクを拠点として店を構えるのを目標に商売をしてるのだとか。カタリナさんとが懇意にしてるくらいだから、人柄も商売人としても申し分ないんだけど、彼には行商人としては致命的な欠点があって。


「『私はここにいる!』と『近寄らないで!』の調子はどうかしら?」

「いつも最大限活用させてもらってますよ。ネーミングセンスはアレですが」


 「私はここにいる!」も「近寄らないで!」も私が彼のために即席で開発した魔道具だ。前者は、地図上に自分の位置を示すもので、後者は悪臭を撒き散らして盗賊やモンスターを近寄らせないためのもの。

 というのも、彼は極度の方向音痴かつ何故か悪党やモンスターを引き寄せる「何か」を持っているらしいのよね。


「おかげさまで商いの方も快調です。以前は遅刻して商談をダメにしたり、野盗やモンスターに襲われて商材をパーにしちゃってましたから」

「それはなにより。私も開発した甲斐があったわ」

 

 もっとも、「私はここにいる!」は行ったことない場所だと使えないし、「近寄らないで!」は臭すぎて普通の人がしばらく近寄ってこない欠点はあるけど。でも気に入ってもらったようで良かったわ。


「あ、でもスイッチの調子が悪い時があってですね」

「あ、バカ。こんな場所で押したら――」


 そう言いながらフリオがポケットから「近寄らないで!」を取り出してスイッチを無造作に押した。

 その瞬間、凄まじい悪臭が店内に広がった。どのくらい臭いかって? そりゃもう今この瞬間にフリオの鼻に激辛パウダーを詰め込んでやりたいくらいよ!

 あまりの悪臭にのたうち回るエリーに命じて慌てて店中の窓を開け放させて、風魔法で中の空気を入れ替えた。外からも「ぎゃあ!」とか「またミレイユの店か!」とか悲鳴が聞こえてくるけど、今はそんな悪評を気にしてられる状態じゃない。


「ふぅ、やっと収まりましたね……大変失礼しました」

「……ちゃんと周囲の家にも頭下げておきなさいよ?」


 まあでもこんな間抜けでも商売人としての腕前は確かで。そんな縁があって彼の信頼も得られて、今は私の商品の代理店業務をしてもらってるってわけ。さて、今日は何の用かしら?


「もちろん、利益の分配ですよ。それと、少々気になる話をいくつか仕入れまして」

「気になる話?」

「ええ。でもまずは儲けの山分けといきましょう。こちらが今月分の支払いになります」


 そう言ってフリオがガシャン、と音を立ててカウンターに袋を置いたのだった。





お読み頂き、誠にありがとうございました!


本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!

リアクションだけでもぜひ!

どうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ