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1‐1 現代の元令嬢

新作です。

ぜひお楽しみください<(_ _)>




 間違いなく私は今、人生で最低最悪な状況にある。それも二回目の。

 一度目は仲間に裏切られて、モンスターと一緒に串刺しにされた時。それは体感として十数年も前なのに、その時とまったく同じお腹の傷から血が流れ落ちていた。

 震えて歯がカチカチと音を立てる。頭から血の気が引いて、寒ささえ覚えて今にもまた倒れてしまいそう。なのにお腹は熱くてたまらない。これだけでも最悪な状況なのに、さらに最低なことに――眼の前には、私を犠牲にして倒したのと同じモンスターがいる。


「……まさかアースドラゴンがもう一匹いるなんて、ね」


 ギルドの分類でA級に位置する、モンスターの中でも最強の部類。それが今まさに、眼の前で私――ミレイユ・アークフィルツを荒い息で品定めしていた。


「……ほんっと、最悪。よりによって、こんなタイミングに戻ってくるなんて」


 絶望感が蝕む。十数年の時をさかのぼってきたはいいけど、一匹目のアースドラゴンを倒した時の仲間はもう立ち去った後だ。それが幸か不幸かはわからないけど、少なくとも今戦えるのは私一人。私をここに「連れ戻した」彼女は、さっきまでの私と同じように気を失って倒れていてアテにできない。

 ――神様ってのは、ホントクソッタレだわ。

 そう悪態をついて、私は冷たい金属製の義手を撫でた。




 二度目の絶望に打ちひしがれるちょっと前。

 私は深夜の会社でキーボードを叩きまくっていた。


「ん~……はぁ、やっとここまで終わったぁ……」


 眼の前のモニターには開発中ソフトのコードが表示されている。そこから視線を外し、メガネを取って目元を揉みほぐす。時計を見ればすでに日付が変わっていた。

 周りを見れば死屍累々。モニターに突っ伏して倒れてたり、床に寝袋を引いて仮眠してる同僚の姿が目に入って、みんなの机の上には栄養ドリンクが山になってる。

 私たちは納期まで後三日のデスマーチ中だ。この有り様もこの時期には毎度おなじみなんだけどさ。


「社長も営業もみんな仕事の持ってきかたがおかしいのよ。この規模の開発をあのコストと納期でやれって。一回テメェがやってみろっての」


 ソースコードに殺意がにじみそう。納品終わったら社長(阿呆)のパソコンにウィルス走らせてやる。

 そう固く決意はしたところで疲労感はなんともしがたい。

 背伸びして立ち上がると、自販機でコーヒーを買ってそのまま会社の屋上へ。社長の愚痴を漏らしながら階段を昇っていき、ベンチに座ってタバコに火を点けた。

 缶コーヒーの蓋を開け、すっかり馴染となった安い苦みに一息つきながら見上げれば、まん丸とした月が見下ろしていた。


「そういえば……この世界で目覚めた時もこんな月だったっけ」


 胸につけたブローチをそっと撫でる。これはかつての仲間からもらったパーティの証。十五年以上も前の話で、仲間に裏切られてモンスターと一緒に貫かれて死ぬ、なんて最悪の最期だったのに未だにこれを手放せないでいる。


 そう。何を隠そう私は、異世界人だった。


 こことはまったく違う世界。迷宮と魔法が存在する世界で、侯爵家の子女として私は生まれた。王子との結婚が決まってたけど、結婚目前で野盗に襲われて左腕を失い、顔にも消えない傷を負って婚約は破棄。

 それ以来、元々王族と繋がるための道具としか私を見てなかった家族との仲はいっそう冷え込み、家を飛び出して迷宮探索者になったはいいものの、パーティメンバーにお荷物扱いの雑な待遇になった挙げ句、最期は恋人だったはずのリーダーに刺殺された。うん、何度思い返しても最低最悪な人生よね。


「それに比べたら、こっちでの生活は天国みたいなもんよね」


 右も左も言葉も分からない状態で保護されて、佐藤・美玲という新しい名前ももらって。

 あっちじゃ考えられないくらいキレイな保護施設で勉強もさせてもらい、その過程で私にとって天職ともいえるプログラミングに出会って、無事に就職もしSEとして若干薄給ではあるけどお給料もちゃんともらって自立した生活もできてる。それまでの不幸が一気に反転したみたいに、私は運に恵まれた人生を送っていると心から思う。


「特にプログラミングに出会えたのは、本当に奇跡よね」


 開発環境さえあれば、どこでだって新しいものを生み出せる。その魅力に私は取りつかれた。

 コードを書いている時は、私らしくいられた。こっちの世界に来て新しい人生を謳歌してると思う。まあ結果、労働環境はブラック、無茶な納期に追われバグは深夜に踊っても働き続けてるわけで。いやホント、人生ってどう転ぶか分かんないもんだわ。


「……でも、社長も営業もマジで考えてほしいもんよ。いいソフト作りたかったらもうちょっと納期に余裕をもって、仕様がハッキリした契約取ってこいっての」


 だいたいあの阿呆はいつだって現場に無茶ばっか押し付けてくんのよね。文句言ってもヘラヘラ笑って誤魔化すだけだし。あー、あのクソッタレの個人パソコンをハッキングして初期化してやろうかしら。

 イライラを鎮めるためにもう一本タバコを取り出そうとした。その時。

 頭の上でパキン、と何かが割れる音がした。


「……は?」


 見上げれば、月が割れていた。

 いや、月そのものが割れてるわけじゃない。夜空にもヒビが入って、まるで世界がガラス細工の作り物だったみたいに、空間そのものが割れていっていた。

 ありえない光景に言葉を失った。背筋に戦慄が走る。根源的な恐怖感が押し寄せてきて、だけども視線はそっちに縛られて足は動かない。


「……っ!」


 やがて一際大きな音が響いた。中からは昼間みたいなまばゆい光があふれ出して、思わず目を背ける。そうして恐る恐る視線を戻していって、私は息を飲んだ。

 パステルカラーの光の奔流。その中にいたのは――どこか懐かしさを覚える服を着た女の人だった。

 





お読み頂き、誠にありがとうございました!


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どうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>


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