〜婚約破棄は両家の合意のもとで慎重に進められるべきものなのです〜高飛車な悪役は断罪されてから再起して心を知る。どん底へ押しやられたならば今度は自由になっていくまで〜
とある貴族の学園には、絵に描いたような令嬢がいました。
彼女の名前はニラ・デジ・エーレンフェルト。
「またニラ様がだれかをいじめてるわ……」
「今度はどこの令嬢が標的になったのかしら?」
そんなひそひそ話が日常茶飯事になるくらい、ニラは学園中で恐れられていました。
いつも高飛車で、気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らし、弱い者いじめも平気でする。
彼女の標的になったのは、学園に転校してきたばかりの平民出身の少女、リィナ。
リィナは少しドジだけど、だれにでも優しくて、学園の人気者。
ニラとは正反対のタイプ。
ある日、ニラはリィナが王子様と親しく話しているのを目撃してしまいます。
「なによあれ! あんな平民の女が、私の婚約者である王子と親しげに話すなんて!」
ニラの怒りは頂点に達しました。
そして、学園の卒業パーティーで、彼女はとんでもない行動に出ます。
「皆様にご報告がございますわ!」
高らかに宣言するニラ。
その場にいた全員の視線が彼女に集まります。
「このリィナという女は、学園の風紀を乱し、貴族の品位を貶める存在です! よって、彼女をこの学園から追放することを求めますわ!」
ニラの言葉に、会場はどよめきに包まれました。
リィナは顔を真っ青にして、震えています。
これまでずっと黙っていた王子様が、ゆっくりと前に進み出しました。
「ニラ嬢。君の言動は、もはや看過できない。私は、君との婚約を破棄する」
王子の言葉に、今度はニラが真っ青になります。
「そ、そんな! 殿下!?」
「そして、リィナ嬢。君には、私が責任を持って最高の教育を受けさせよう。そして、いつかはこの国の未来を共に担う、大切な存在になってほしいと願っている」
王子様はリィナに優しく微笑みかけました。
会場からは、温かい拍手が沸き起こります。
後から考えるとこの拍手がまずいとは、誰も思わなかったらしいです。
ニラは、その場で崩れ落ちました。
これまで自分がやってきたことの報いを受けていると、この時初めて自覚したのです。
これはまるで、乙女ゲームのシナリオのようで。
ニラは、ゲームの悪役令嬢そのもの。
王子とリィナは、ゲームの主人公と攻略対象。
しかし、これはゲームではありません。
現実です。
ニラは、学園を追放され、実家からも勘当されました。
どん底に突き落とされたとき、初めて自分の行いを深く反省しました。
しかし、時すでに遅し。
まずは生活費を稼ぐために、町で働き始めました。
最初は慣れない仕事に失敗ばかりで、周りの人からも白い目で見られがち。
でも、諦めませんでした。
少しずつ、本当に少しずつですが、周りの人たちの見る目が変わっていくのを感じました。
「ニラさん、今日はありがとう!」
「ニラさんがいてくれて助かるわ」
そんな言葉を聞くたびに、心は温かくなっていきました。
だれかに感謝されること。だれかの役に立つこと。
それがこんなにも嬉しいことだなんて、これまで知りませんでした。
ある日、偶然にもあのリィナと再会します。
「ニラ……さん」
リィナは少し戸惑った様子でしたが、真っ直ぐに彼女の目を見て、頭を下げました。
「リィナさん。あの時は、本当に申し訳ありませんでした」
リィナは驚いたように目を見開きました。
「もう二度と、あんなことはしません。本当にごめんなさい」
心から謝罪しました。
リィナは、少しだけ沈黙した後、ふわりと微笑んでくれました。
「いいえ、もう大丈夫です。ニラさんも、大変でしたね」
その優しい言葉に、目からは涙が溢れました。
悪役令嬢ではありません。
これからは、自分の力で、新しい人生を切り開いていきます。
ニラが新たな人生を歩み始めた頃、意外な知らせが飛び込んできました。
「王子が……罰せられた?」
街の噂話に耳を傾けると、衝撃的な内容が聞こえてきました。
王子が公の場で婚約破棄を宣言し、さらに平民の少女を庇ったことを。
王室の伝統と秩序を重んじる貴族社会では王族としての品位を欠く行為、と見なされたのです。
王子の独断専行は、他の貴族たち、特に婚約者の家柄であるニラの家とその支持者たちからの強い反発を招きました。
本来、婚約破棄は両家の合意のもとで慎重に進められるべきもの。
それを公衆の面前で一方的に、しかも感情的に行ったことは、王子の資質を問われる事態へと発展したのです。
結果、王子は一時的に王位継承権を剥奪され、謹慎処分となりました。
学園の生徒たちもこのニュースに驚きを隠せません。
「まさか王子様が罰を受けるなんて……」
「いくらニラ様がやりすぎだったとはいえ、婚約破棄の仕方がひどすぎたって話よ」
かつてそうだったように、王子もまた、自分の傲慢さの報いを受けている。
そう思うと、複雑な気持ちになりました。
ある日、街の広場で働く私の目の前に、見慣れた顔が現れました。
質素な服を身につけたその人物は、他でもない王子様。
「ニラ、なのか?」
彼はじっと見つめました。以前のような傲慢な輝きはなく、どこか影のある表情で。
もう向こうは王子ではないし、罪を被せてきた相手に軽々しく声をかけられるのは複雑と言えましょう。
「はい、殿下。ニラでございます」
頭を下げると、王子はふっと寂しそうに笑いました。
「殿下、ではない。もう、私は王子ではないのだから」
謹慎中の彼は、世間を知るために自ら街に出て、庶民の暮らしを体験しているのだと聞きました。
「君は、変わったな」
王子は、こちらの手についた泥を見つめながら言いました。
「以前の君なら、こんなことをしている自分を許せなかっただろうに」
「はい。私も、過ちを犯した報いを受けましたから。殿下も、ご苦労なさっているのですね」
奇妙な連帯感が生まれました。
立場こそ違えど、他人を顧みず、自分の思い通りに物事を進めようとする点で共通していたのかもしれません。
その結果、それぞれが報いを受けたのです。
それも、貴族を率いるためのスキルの一つなのですがね。
「あの時、君に一方的に婚約破棄を告げたこと、本当に悪かったと思っている」
王子は深く頭を下げました。
その姿に、驚きを隠せません。
頭を下げたように。
「私も、殿下やリィナさんにした仕打ちを深く反省しています」
お互いの過去を認め合い、静かに言葉を交わしました。
そこには、憎しみも恨みもありません。
王子はその後も街に残り、さまざまな仕事を経験しました。
以前のような尊大さは消え、人々のために何ができるのかを真剣に考えるようになりました。
学園を追放されたニラとして、私は彼に助言できることがたくさんありました。
「殿下、この仕事はもっと効率よくできますわ」
「その言い方では、相手に伝わりにくいかと」
遠慮なく意見を言いました。
王子も素直に耳を傾け、時には「なるほど」と真剣な表情で頷きました。
協力して街の人々の役に立つたびに、関係は少しずつ。
確実に変化していきました。
婚約という関係とは全く違う、もっと深く、対等なものへと。
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