結構な頻度で会話のネタに困る
心中とんでもなく安堵していると、こちらをものすごく睨んでいる第一王子と目があった。睨んでいるとは言っても、九歳の子どもに睨まれてビビるほど私は精神的に幼くない。気にせずに、緩んでいた表情を無表情に戻すと、第一王子がイラッとしていたのが横目でわかった。
……第一王子の名前なんだっけ。えーと………えぇと、駄目だな。嫌がらせで「レオきゅん」と影で呼んでたことしか覚えてない。まあレオきゅんでいいや。
「というわけですので陛下。ここはこのヴィオラの意思を尊重してくださいませんか?」
父が優しい口調で、加えて力強くそう言うと、陛下は少し困ったように「うーん……」と悩ましい表情を見せた後、私の方に向き直った。
「ヴィオラ嬢。結婚を拒むと言っておったが、一応聞いておきたい。第一王子はどうじゃろうか? 無理強いはせん。本当にただ聞きたいだけじゃ」
「父上……!」
「アレクシス、少し静かに」
私にそう問うた陛下に焦りの表情を向けた第二王子。それを諌めるように皇后陛下が、静かながらも威圧のある声を発した。そしてなぜか第一王子は自信満々にふんぞり返っている。殴っていいかなこいつ。
まあともかく。
「陛下、ないです。ありえません。人間をやめたほうがマシなレベルです」
「なっ……!」
私が笑顔で言った言葉に第一王子は固まった。そして両親はお茶を吹きかけた。なんかすいません。
「そこまでいう……?」
私の発言があまりにも予想外だったのか、陛下がすごい目が点になっている。
不敬罪で罰してもいい言葉がついポロリと出てしまったというのに怒らないということは、第一王子はこの年齢からクズ人間の片鱗を見せているのだろうか。
この言葉については私が第一王子が嫌いだという私情こみこみではあるが、そもそものこと自由を手に入れるために結婚しないっていうのに王妃だとか第一王子だとかなんて自由がない人間ランキング一位ではないか。
国の母なる王妃がより近い条件ならば私の心が揺れ動くと思ったのか、そんな訳はないのであるが。
「ともかく、誰であろうと同じです。何を持ち出そうと、私の中で自由に変わる代物はありません」
嘘です。多分スマホとかそのへん出されたら負けます。即落ちニコマかってくらい素早く寝返ります。
まあこの世界にはそこまでの文明はないので大丈夫だろう。それにスマホがあったところでゲームやSNS、絵描き技術などがなければ結局どうしようもないのだから。
「私からは、以上です」
「うむ。……そうじゃのう。アレクシス、お前はどう思っておる」
「私は、父上に従うのみです。……ですが、少し私情を挟んでよいのであれば、私は婚約解消したくありません」
……おっと!?
え、第二王子くん私と婚約解消……いやそりゃまあしたくはないか。わざわざ国内二位の権力持った家系の長女手放したくないか。
「理由を、ヴィオラ嬢に言えるかね?」
「はい。まず顔面がタイプです」
「ブフォッ! ……ごめんなさい続けてください」
まさかの吹いたのは皇后陛下。ちょっと意外。
だがまあ、たしかに私も第二王子の発言にはびっくりした。偏見百%で申し訳ないが結婚する時にビジュアルを見る人とは思えないからだ。しかもそんな真っ直ぐな瞳で何をまあ言いなさるのか。でもこの顔面だものね。仕方ないわ!
「それと……観察力に長けています。昨日会ったばかりなのに、僕の長所を一瞬で把握しておりました。まだ判断材料が少ない段階ではありますが、内面的にも外面的にも、私はヴィオラ嬢を好ましく思っています」
その言葉に私ではなく両親が頬を染めた。そうだよね、自慢の娘褒められたら嬉しいものですよね親って。
ていうか多分こっちが本音だな。さっきのは子供らしく見えるようにのわざとの演出だろう。……いや、でもヴィオラは顔面クソ良いし、あれも嘘ではないのだろう。ただ本命の理由がこっちというだけで……。……ヴィオラの顔面が性格が良いだけの女に負けるはずないし。なんか顔じゃなくて性格のほうが本命ってもやもやするな。普通逆なんだろうけど。
このイケメンからの告白じみたものに素直に喜べる状況だったらどんなにいいだろうか。まあなんだかんだ内心は「わーいわーいイケメンからの告白だうへへへへへへへへ」って感じで盛り上がっているのだが。
そんなことはおいておいて。
国王陛下は少し悩ましげな表情をすると、再び私に目配せした。
「……だそうじゃが、気持ちは変わらんかのう?」
「えぇ。ご好意は大変有り難いのですが、有り難いのですが……有り難いです」
「お、おぅそうか……」
そんな不思議そうな目を向けんといてください。思いつかなかったんですよ言葉の続きが。
「うむ……取り敢えずこの件は保留で良いかのう? 儂とてヴィオラ嬢の気持ちを汲んでやりたくもあるが、アレクシスの言葉を無視することもできん。それに、将来意見が変わる可能性もあるしのう」
「お気遣いありがとうございます。父上」
「わたくしもそれで差し支えございませんわ。ですが、嫁入り修行だとか、そういうのは免除していただきたく存じます」
だってヴィオラ、嫁入り修行なんてしなくても貴族としてもうすでに完成されているんだもの。今更貴族教育とかマナーを学ぶ意味がない。
何なら人生三周目はサボっていた。二周目のときは忘れていたこともあったりして「えぇ〜懐かしい〜!」なんて少しはしゃいだものだが三周目となると飽きた。四周目のときも授業そっちのけで家出計画を立てていた覚えがある。
「うむ……まあ、最低限の教養と振る舞いさえあればよかろう。だが、月一回の婚約者との茶会だけは出席してほしい」
「体調に不備ない限り出席いたしますわ」
交流がなければ意見が変わることもないだろうし、そこは陛下も譲らないだろう。
まあ第二王子の相手をする分には別に苦でもなんでもないので受け入れた。
……第一王子が凸って来ることなんかないよね。そこまで常識ない人じゃないよね。うん。
「では、これで良いな。あとは大人同士で話し合うとしよう」
陛下がチリンと手元にあった鈴を鳴らすと、使用人らしき人が部屋に入ってきて私と第二王子と第一王子を部屋から出るように促した。
そうしてどこかの部屋へと連れて行かれ、そこで待っているよう言われた後、使用人はどこかへと行った。
「……」
「……」
「……」
喋ることが……ない!
婚約解消を申し入れた女児と婚約解消しようと言われた男児とその兄って、状況最悪では……?
ここが地獄か。
「おいヴィオラ」
振り向くと、第一王子。
なんでほぼ初対面で名前で呼ばれているのだろうというという何回も繰り返した疑問は捨て置くとして、一体何用か。
「お前、なんでこいつと結婚した」
そう言った第一王子に指をさされたのは第二王子。色々語弊がある。まず結婚ではなく婚約。そして人に指を指してはいけません。
「結婚ではなく婚約ですわ。婚約をした理由は家同士の取り決めですので、何故と言われましてもこれ以上は特に」
「ぐっ……じゃあ、じゃあ結婚するのが嫌だとは何だ! まさか本当に誰とも結婚する気がないのか!?」
「陛下にお話したとおりですわ。ありません」
そういうと、何故かこちらをものすごく睨んでくる。えぇ……なぜ……。アクシスの権力が第二王子にも他にもいかないでフリーでいるなら、別にこの子に害はないはず……。
あ、もしかしてヴィオラのことを手に入れたいと思っているとか?
いや、それなら別に官職にでもつかせればいいし結婚に突っかかる理由ないよな……。本日が初対面の筈だし、特に一目惚れされたわけでもなさそうだった。
「〜っ! このクズ! 嘘つき! 最低! お前なんか一生独身で飢え死にしてしまえーっ!」
何故か急にキレだして暴言吐いて泣きながら部屋を飛び出していった第一王子九歳。
言い方が完全に振られた女子のそれなんだよな。情けなくていいと思うよ。狡猾にならずにその情けないまま育ってくれれば私としても万々歳だし。
「その……なんか、すいません。兄上が」
「いえいえ。大丈夫ですわ」
少し控えめに言ってきた第二王子に優しく返す。
「あの、婚約解消したいのは独身を貫きたいからであって私のことが嫌いだからとか……そういうわけではないんですか……?」
「? えぇ、貴方を嫌う理由もありませんし」
そう言うと、安堵のため息とともにきれいな笑顔を見せた第二王子。
「それならよかったです」
その言葉が政治的な意味無しに純粋な行為なら私も良かったです。
暫くの間、部屋においてあった本を読みながら暇をつぶしていると、やがて両家両親たちが部屋へとやってきて帰ることとなった。
あたりはもう真っ暗であり、田舎特有の星が綺麗に見える現象が起こっていた。やっぱ現代日本より空の景色いいな……。
「ヴィー。第一王子殿下と第二王子殿下とはお話したの?」
帰りの馬車にて母からそう声がかかった。
「第一王子殿下は途中で何故か退室してしまわれまして……第二王子殿下とは特に実のなる話は何も。ずっと本を読んでいました」
「そうだったの……。ねえヴィオラ、王室の機嫌なんて取ろうとしなくていいわ。そういうしがらみ抜きで、せっかく第一王子殿下も第二王子殿下も年が近いんだし、ただの友人として仲良くするといいわ。勿論強制はしないけど」
「考えておきます」
考えるだけだが。いや考えもしたくないが。
私の脳内に居座ってんじゃねえよ第一王子ってことごとく思うし。
まあ第二王子となら多少は仲良くできるか……。別に嫌いってわけでもないし、前回逃げた分、今回は少し関わる努力をしてみよう。