お話し合い
第二王子との顔合わせから一週間後。どうやら今日某お話し合いをするらしい。朝起きた時から憂鬱過ぎて外面と内面の差で風邪が引けそうなほどである。
因みにだが壺についてはお咎めはなく、むしろとてつもなく心配された。まあ私は壊していないため当然であるが。ゼフィの方にも厳しい叱責は行っていないようで、両親の前で再度謝られ、それで雰囲気は元通りになった。
只今馬車の中でありそろそろ王宮へとつくのだが、もう今すぐにでも帰りたい。心做しかお腹が痛いのはコルセットのせいかな。
まあ、上辺を取り繕って話すのも日本にいた頃にはなかなかできなかった経験だ。それを楽しむ感覚で行こう!
うんそうしよう!
――なんて、ポジティブに考えられていた時期が私にもありました。
「本日はよろしくお願いいたします。皇帝陛下、皇后陛下、第一王子殿下、第二王子殿下」
「そんなにかしこまらずとも良い。楽にせい。ノア・アクシス」
「なんでお前がいんだよお前この婚約に全くの無関係だろこのどぐされ第一王子!!」と声に出さなかった私を全人類総出で祭り上げるべきだと思う。わたくしの弟も家で待機中で別に血縁者同席というわけでもなさそうなのに、なにゆえ第一王子殿下がいらっしゃるのかしら。
帰っていいかな、いいよね。ていうか瞬間移動魔法でも要求しておいたほうがもしかすると良かったのかなこれ。
……本気で逃げ出せたら、どんなに楽だろうか。
「初めてお目にかかります。アクシス家長女、ヴィオラ・アクシスと申します。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます」
嫌悪が表情に出るのを抑えカーテシを披露すると、国王ご夫妻から「おお……」と感嘆の声をいただいた。
「今は七歳じゃったか……素晴らしい行儀じゃのう」
「えぇ、とてもきれいね」
「お褒めに授かり光栄ですわ」
そんなことより第一王子の野郎を退出さてていただきたいですわ。
という願いは胸に秘めておくとして、今この状況である。人生四周もしておいてこの状況が全く理解できない。まじでなんで第一王子おるんだ。
「では、そうだな……先に移動するとしようか」
国王陛下の一言により、謁見室から談話室への移動となった。
……最初から談話室じゃ駄目なんかな。
◆◇◇◇◇
「さて、では婚約解消についてじゃったか」
「はい、そのとおりでございます」
談話室にて、余計な世辞もなくスムーズに会話に入った。これからどうするのか、両親に「任せなさい」といわれたきり何も聞かされていないのだ。そりゃ七歳の子どもにあーだこーだ言ってもわからないと思うのは当たり前であるので別にいいのだが。
「まず、ヴィオラ・アクシス。この婚約解消は主からの希望じゃと聞いたが、相違ないか?」
「は、陛下。間違いありませんわ」
「ふむ……なぜ婚約解消をしたいのか、理由が知りたい。言いたくないなら構わんがのう」
「お心遣いに感謝いたします。特に奇抜な内容ではありませんが、秘密にするようなことでもなのでよろしければお話させていただきます。というわけで――まず、独身の素晴らしさについて説明いたします」
私がそう宣言すると、両親と第二王子はやっぱりかと虚無り、その話が初耳である国王夫妻と第一王子が呆気にとられた顔をした。この世界の「女性は結婚するもの」という常識を根本から否定する主張なのだから、まあ気持ちはわからなくはない。日本で言えば「スマホがない生活がいかに素晴らしいか」を語っているくらいには奇抜なのだろう。
と、それはともかくつらつらと言葉を並べて話し始める。
「まず、独身のメリットについてですが、全てにおいて行動制限がない。これに限ります。貴族といえばマナーや立ち振る舞い一つで言及される恐れもある世界。家でも完全に気を抜ける空間というのは少ないものでしょう。社交の場であれば尚更です。そこに結婚だなんて。結婚をする相手というのは平たく言ってしまえば他人です。家族のような血縁関係もなく、普段見れないような一面を自分だけが知っているだとか、そういうのがない普通に他人です。社交辞令でしか話したことのない相手と同じ空間で毎日過ごすことのできる貴族たちに最大限の拍手を送りたいくらいに、私は他人と一緒に暮らすというのが無理です。幸せな家庭を築ける人も少なからずいるでしょう。ただ、その少数に私はなれる気がしません。それは私の多少ひねくれた性格のせいでもあるのでしょうが、普通に考えてみてください。夫が使用人に『今日私の妻は何をしていた?』と、これ一言聞いただけで妻のプライバシーとは無に帰します。なくなります。この場合使用人が悪いわけではなくデリカシーとプライバシー保護の概念がない夫が悪いのですが、それを悪気なく聞いているというのも普通に異常だと考えております。妻は夫の所有物でもある。こんな私にとって、あくまで私にとって嫌な常識が身についてしまっている方がこの世にはたくさんいらっしゃいます。考え自体は悪くないと思いますよ? 貴族に生まれた責任だ。と考えれば私も割り切れます。ただし、贅沢か自由か。この二つを天秤にかけたとき、私は迷わず自由を取ります。そもそも家族友人全人類含め、誰かと密接な関係で共同生活を送るというのは私はあまり好かず、家でくらいは何も気にせずのんびりしたいのです。ああ、自分の行動に責任を持てるようになってからの話ですので成人してからの話でございます。では二つ目、定住する必要がないことについてです。これは私が色んなところに行きたいという、少し趣味の話も関係しています。貴族というものは女性に限らず、領地から出ることはほぼないでしょう。ですが独身であれば、いつでも隣国にだって行くことが可能です。もちろん女性の一人旅なんて危険が群がる格好の餌食の如しですが、好きな時に好きな場所へ行けるという自由を前にそれに勝る代物はないと考えております。別に旅をしたいだとか、正直そういうわけではありませんが選択肢は多いほうがいいと思うのです。住む場所も好きに選べないだなんてあんまりですし。二つ目はこんなもんです。独身の良さについてはとりあえずこれで締めくくらせていただいて、次に結婚することのデメリットについてです。一つ目は親戚等からの干渉です。他人事ではないでしょうから子どもを産めだの女性らしくしろだの言いたい気持ちがわからなくもないですが、他人事ではありませんが他人事です。まあ、親戚が言う分にはまだいいのです。ですがそれを社交の場なので噂する不躾な輩もいます。そう言ったやつの話のネタを作ってやるのも癪ですし……いえ、独身を目指すだとか言っている今この現状の私が言えることでもありませんが、じゃあどちらがマシかと聞かれましたらそれは後者でありまして――」
こんな具合に語り続けた。そうしてどっぷりと日が傾き始めてきた頃に、私はやっと語り終えるのであった。
◇◇◇◇◇
「――と、こんな具合でございます。まあ平たく言ってしまえば、全部自由度に関するものですね。長くなって大変申し訳ありませんが。しっかりと理解していただこうという私の思いを汲んでくださると幸いです」
そういえばどれだけ時間が立ったのだろう、と時計を見て内心目を見開いた。私、どんだけ喋ってんだ。そういえば心なしか喉が痛い。
「まあ、なんだその、ヴィオラ嬢の独身への恋心は大変良く伝わった」
独身への恋心。
それじゃあ私が独身という概念に恋をしている変態みたいじゃないか……。
「第二王子が嫌という問題であれば第一王子を婚約者に……と思ったが。そういう問題ではなかったのだな」
陛下が一つため息を吐きながらそう言った。
……ん? 今このジジイなんつった? ダイイチオウジヲコンヤクシャニ?? 第一王子を婚約者に……?
なんだそのこの世の地獄を煮詰めあわせてできたアンハッピーセットみたいなものは。どんな地獄だ。よかった。独身への愛を語って本当に良かった。
あんなのと結婚するくらいなら死を目指すどころか本気で死んだほうがマシなレベルなんだからな。