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弟という存在

「あ〜マジでクソが死ね」


 自室にて、貴族令嬢には絶対許されないであろう言葉を吐きながらベッドの天井を眺める。

 今までの人生を振り返って改めて第一王子の野郎に対して思った言葉であるのだが、誰かに聞かれたら大変だ……し……。

 ……おかしいな、私の自室って二階だよな。なんでカーテンの向こう側に人影が見えるのかな。


「ねえさま?」


「……おお、弟よ」


 カーテンをめくってみると、ガラスドアの向こうに私より背丈が若干小さい弟が見えた。

 若干と言っても、私と弟は十歳くらいまでは同い年にも関わらず私のほうが背が結構高めであった。私は同年代女性で高い方、弟は同年代男性で小さい方の部類に入るためである。

 にしても、どうやって二階に上がったのだろうか。普通にホラーなんだけれど。


「どうやてここまで来たの?」


「魔法を使いました!」


 七歳らしく元気に答える弟ことゼフィロス・アクシス。私の双子の弟だ。

 幼少期の頃は結構仲が良かったのだが、成長とともに私がゼフィにかまってあげられなくなるとゼフィ自身も私から距離を取るようになっていった。

 ゼフィはこの子の愛称です。ただ呼ぶときは弟とよんでいる。


「魔法は危ないから人目のないところで使うなってお父様に言われたでしょ?」


「うっ……だって……二階まで行けるようになったからねえさまに見てもらいたくって……」


 何この子天使かなかわいい。

 余談ではあるがゼフィが魔法を制限されている理由として、先ほどの危ないからだというのも勿論なのだが、魔法を使えない両親から私への配慮もあるそうな。私がなるべく劣等感などを感じないようにとのことらしい。

 三回目の時に小耳に挟んだ。本当にあの両親は人としてよくできていると思う。


「まだぼく以外の人とか物を浮かすことはできないけど、いつかねえさまと一緒に空を飛べるようにがんばるね!」


 この世界で計十回は聞いたであろうその言葉。どの人生でもついぞ叶うことはなかったが、今生では叶うことに期待してみようか。


 頭を撫でてやると目を細めてこちらを見上げた。いわゆる上目遣いというやつである。

 ……どうしよう、同い年なのにゼフィのほうが身長も低くて愛嬌もあって、なんか女子力で負けている気がする。

 無心で頭を撫でていると、ふとゼフィがはっとしたような表情を見せた。


「そういえばねえさま。さっきクソとか死ねとか言ってたけど、誰に向かって言ったの?」


 ……普通に聞かれてた……。死にたい……。


「弟よ、気にしなくていいのよ。ただちょっと暴言吐いてみたいなーって思っただけだから。ほら、普段真面目にしている反動。ね? だからこのことお母様とお父様、周りの人たちには内緒ね。二人だけの秘密。いい?」


「? ……うん! ねえさまだけとの秘密!」


 コテンと首を傾げそう言うと、嬉しそうに部屋を駆け回り始めるゼフィ。

 本当に可愛らしい。私も一回目のときはあれくらいの年相応の愛嬌があったのだろうか。……あれ、そういえば一回目からクソ真面目だったな。あのふわふわ両親とこの弟に挟まれてピシッと育った私って一体何なんだ……?

 でも弟も学園に入学する少し前にはだいぶ落ち着いた雰囲気になっていたし、まあそこまで不思議でもないか。


「ねえさまねえさま、もしかしてさっきの言葉って第一王子でんかに向けていったの?」


 思わず吹きかけたのを必死に抑えた。

 何を根拠に言ったのだろう……。ゼフィはまだ第一王子と関わりはないはずだ。なのになぜそこで第一王子が出てくる……?


「うーんと、なんでそう思ったの……?」


「お父さまが第一王子でんかの話を出したとき、ねえさま、お父さまが生のピーマン食べたときの顔してた」


 え……そんな酷い顔してたの私……。

 おそらくその顔を見たというのは今朝の朝食でのことだろう。その時お父様に第一王子の印象を聞かれたからな、うん。


「うーん、まあまあ、あの、あのね、絶対言っちゃ駄目だよ? 不敬罪で姉様殺されちゃうから、それ絶対誰にも言っちゃ駄目よ……?」


「ねえさまが第一王子でんかが嫌いってことを?」


「ああこら声が大きい! それと復唱はしなくて結構!! わかった?」


「はーい!」


 わかってるのかわかっていないのか、キャッキャと部屋を魔法で低空飛行し始めた弟を横目に小さく溜息を吐いた。

 幼児期健忘がうまく働いてくれて忘れることを祈るが、いや、七歳ともなると流石に難しいか……。


 弟の後継者教育は一年前、六歳の頃には始まっており、日々私よりも忙しく過ごしていた。一年以上、みっしりと授業を受けているのにこのような柔らか雰囲気が変わりないのには違和感を感じることが多々ある。案外、表に出していないだけでもう結構中身は大人びていたりするのかもしれない。

 ……え、やめてほしいなそれは。もしこの時点で素は達観しているのならば、成長した後さっきの言葉を盾に色々言われるかもしれない。まあ、その場合は最悪物理的に殴って解決しよう。死なない程度に。


「ねえさまねえさま〜! 見て見てー! 高速飛行ー!!」


「うっわぁ!?」


 少し目を話していたうちに、ゼフィがとんでもない速度で部屋を行ったり来たりしていた。こんな物の多い室内で暴れたら絶対なんかやらかすぞ此奴!!


「ちょ! 飛ぶなら外行って! 部屋の中は危な――」


 次の途端、ガッシャーンと、何かが割れる音がした。

 ……ああ、嫌な予感ばかり的中するのはどうしたものか。

 壊れたのは私の陶磁器であった。白をベースにふんわりとした色でバラが描かれており、特にお気に入りというわけではないが安くはないもの。


「あ、ぅ、その……」


「あれまあ……こりゃ見事な割れ具合」


 魔法により割れたというよりは粉々になったそれを横目に、割れた瓶の真ん中に座り込んでいた弟を、脇の下に手を入れ持ち上げた。

 くるりとこちらに顔を向けさせると、ぼろぼろと涙を零していた。


「ごめんなざいいぃぃぃ〜〜〜」


「ああ、もう泣かないで。特に思い入れもないものだし、気にしてないよ。ね?」


「うわああぁぁ〜〜〜ん!」


「……、……泣き止まないと首吊るよ? 私が」


 一瞬言うか言わぬか迷ったが試しに言ってみると、びっくりするほどピタリと泣き止んだ。スンッと虚無顔になり、先程まで泣いていたのが信じられないくらいに冷たい表情になった。もはやこれはロボットではなかろうか。

 無意識に、喉からひゅっと音が出た。


「姉様、死ぬの?」


「ま、まあいつかは」


 真っ黒な瞳で見つめられ、たじろきながらも答えると何かを考え込むような仕草を見せた。


「じゃあぼく、ねえさまが死なないようにする!」


「……えっと……?」


「ねえさまとずっと一緒に生きるー!」


「不老不死で精神崩壊の道しか見えんぞ、弟よ」


 言うだけ言うと、屈託のない笑顔でまたはしゃぎだし部屋をピューっと出ていった。

 子どもは嵐って言うけど本当なんだな。

 ……嵐じゃねえ風の子だ。全然関係なかったわ。


 そういえば、割れた壺。どうしよ。

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